第235話 くうちゅうせん
飛翔魔法があると言っても、飛び降りるのは怖いものだ。
しかも今回は下がどうなっているのかは分からない。
ちょっとしたスカイダイビングの気分だ。やったことないけど。
飛び降りて下を見ると、遙か下にオレ達の飛行島が見えた。
続けて、ハロルドの叫び声が頭上から聞こえる。
というか、ハロルドは飛翔魔法を使っていないから普通に怖いだろ。これ。
紐なしバンジーだ。
風切り音がして途中からハロルドの叫び声が聞こえなくなった。
それに、オレの使っている飛翔魔法も本当に大丈夫だろうな。自由落下しているのか、飛んでいるのかがよくわからなくなってきた。
「リーダ!」
すると背後からミズキの声がした。背中をぐいっと掴まれ、後ろに投げ飛ばされる。
地面の感触だ。正確には、板の感触がした。
次にハロルドの叫び声がしたかと思うと、ドンドンと大きな音がし、オレが寝そべっていた木製の床が振動する。
「なんとかなった」
ミズキが笑って言う。
見ると、オレ達は空飛ぶ海亀の背中にいた。
「こいつ、長時間飛べないんじゃ?」
両足をバタつかせ必死の海亀をみると不安になる。
「まだ大丈夫。それに、ちゃんと考えてるって」
オレの不安に、ミズキが笑顔で応じた。
直後、金色の鎖で雁字搦めにされる。
これは……と思うと同時に、一気にオレ達の飛行島まで引っ張られ着地した。
「あれ、この金色の鎖って?」
「ミズキが、世界樹にシューヌピアを連れて行ったら、リスティネル様が持っていけと……そういうことらしいです」
なるほど。
「死ぬと思ったでござるよ」
ハロルドが涙声で言う。
まぁ、ハロルドの立場から見ると普通に死ぬかと思うよな。
「さて、とりあえず世界樹の方へ戻るか」
「サムソンが随分と苦労してる。行ってあげたら?」
そう言われて二階へと向かう。
「サムソン?」
「無事だったか。つうか、これ相当むずいぞ」
サムソンがテーブル上に表示された地図に対して、ろくろを回すような手つきで肩をゆらしている。
「手伝えることあるか?」
「いや、1人で大丈夫だ。ところで、本当にこれで他の人って動かしてたのかよ」
「世界樹の方に戻れるか?」
「やってみる」
小さく地面が揺れる。
柱の陰から見える風景から、世界樹の方へと方向転換し、巨大飛行島をすり抜けスピードを増しているのがわかる。
「良い調子だ」
「慣性が働いてて凄くムズイんだよ、これ」
泣きそうな声でサムソンが弱音を吐く。
「まぁ、とりあえずじっくりいこうか」
「そうだな」
そう思ったのも束の間。
「サムソン! リーダ! 追ってきてる」
駆け込んできたミズキが言う。
「マジで?」
柱の影をすり抜け、一階の屋根の方へと上がり、外を見る。
スグ目前まであのお城のような飛行島が迫っていた。
「サムソン! スピード上げろ! 追ってきてる!」
「マジか!」
『ドォン』
巨大飛行島の体当たりだ。
大きな音がして、飛行島が大きく揺さぶられる。
『ビキキィィ』
張り裂けるような音がして、オレ達の飛行島、その地面に大きな亀裂が走った。
一回の体当たりでこれか。
こんな体当たりを何度も受けるわけにはいかない。
「このままではひとたまりもない! サムソン、スピードを上げろ!」
スピードを上げ、あの巨大飛行島から逃げるほかない。
「ワイバーン!」
混乱の中、ハロルドの大声が響く。
見上げたハロルドの視線の先には、急降下してくる一匹の飛竜が見える。
緑色の身体に、キラキラと輝く金属鎧が見える。
あれもミノタウロスと同様に武装しているのだろう。
『ドォン』
大きな音をたてて墜落するように飛竜が着地し、グルリと辺りを見回す。
その直後、飛竜の死角から地面を滑るように接近したミズキが槍を突き立てる。
槍のまとった青い雷が、飛竜の身体を駆け巡り飛竜の身体が一瞬大きく震えた。
ついでハロルドが横殴りに剣をぶつける。その威力はすさまじく、地面を掴みきれなかった飛竜がゴロゴロと大きく横に一回転し落下した。
「やった!」
「まだでござる!」
ミズキの弾んだ声をかき消すようにハロルドが叫ぶ。
飛竜はすぐに体勢を立て直したようだ。
やや離れた場所に、翼を大きく広げた飛竜が見える。
プレインが矢を放つも、届かない距離だ。
オレも魔法の矢を詠唱する。
飛竜は何とか近づこうとしているようだが、オレ達の攻撃は、それを許さない。
そんな飛竜との戦いの間、何度も何度も巨大飛行島に体当たりされる。サムソンも一生懸命に避けようとしているが、速度は似たようなものだから逃げ切れない。
直撃こそは何とか避けているが、ちょっとした接触でも、こちらの飛行島の受けるダメージは大きい。
そんな中、一階の屋根から下を見下ろすとハロルドの足元に巻物が転がっているのが見えた。
「ハロルド! 足下のやつ、それは?」
「カスピタータ殿の持ち物でござろ、足元に転がってたので一緒に持ってきたでござるよ」
ハロルドが、足下の巻物を投げてよこす。
広げてみると、大きな魔法陣が1つ、そして、その横にはたくさんの円が描かれていた。大きいものや小さいものもある。
大きな魔法陣の中に見慣れた文字が書かれている。見覚えのある文字の羅列だ。
意味のない文字の羅列だが、オレ達には意味があった。
間違いない。あのバックドアの記号だ。オレ達が改ざんする前に書かれていた文字の羅列。
それが書いてあった。
ダメ元で一文字ほんの少し書き換える。
そして、魔法陣を詠唱する。
左側に書かれていた大小様々な円形の印に、小さな変化があった。
一番大きな印を指差し、とりあえず念じてみる。
止まれと。
……当たりだ。
追ってきていた巨大飛行島は急ブレーキがかかったように止まってしまう。
「止まったでござる」
「助かったぁ」
「バックドアの魔法陣を逆に利用したんだよ。あの大きな飛行島を止めることに成功したようだ」
オレ達の飛行島は逃げるように、世界樹の方へと向かう。巨大飛行島は止まったままだ。
ぐんぐんと距離が離れる。
飛竜もオレ達の反撃を警戒しているのか、つかず離れずの距離で飛び回るだけだ。
「ともかく、あんな空中のど真ん中で止まらせたんだ。後はどう料理するかの問題だ」
望遠鏡でみると、巨大飛行島の中央付近、庭のようなところにミノタウロス5匹ほどウロウロしているのが見えた。
「大変だよね」
「あの飛竜を警戒しつつ、とりあえず戻ろう」
「そうっスね」
楽勝ムードに一安心していた直後「また動き出したでござる!」とハロルドが言う。
えっ、慌てて島を見る。
「本当だ、ゆっくり動いてるっス」
「城が……あの、中央、光ってるでござるよ」
ハロルドが、望遠鏡を片手に何かを見ながら呟く。
「光ってる?」
「あっ、ほんとだ! お城の所が光ってる」
目を凝らした表情のミズキが言う。
俺はハロルドから望遠鏡を受け取り、見てみることにした。
本当だ。
先ほど、この飛行島と城がぶつかった時に崩れた一角。その跡地に、綺麗な緑色に輝く巨大なノイタイエルがあった。
「あれって、魔導具ノイタイエル……だよね?」
「制御が効かなくなった……不味い。距離が近づいてきている」
すぐに柱をすり抜け丸いテーブルの前で、上手く動かせない飛行島と格闘しているサムソンの元へと行く。
「距離が詰められてる。スピードを上げられるか?」
「分かってる! 今やってる! 一度は止まったのに……バックドアが見つかったのか、それとも、バックドアで制御できないノイタイエルがあるのか」
サムソンがにらめっこしているテーブル上に表示される地図には、付近の様子も映し出されている。巨大飛行島がぐんぐんと近づいているのがわかる。
このままでは追いつかれるのも時間の問題になってきた。
「……なさい」
双子の声が聞こえる。
まるで拡声器で音量を上げたように、空に響き渡るツインテール2人の声。
「その巻物をお渡しなさい」
「愛するあの方が言われたとおり、その巻物は全てを統べるのですね」
「その巻物を止め、全てを委ね、お渡しなさい」
「そう、愛するあの方のプレゼントを渡しなさい」
「私達の愛のため。愛の証しを!」
「そう私は、私達は愛しているのです。みすぼらしい木の上で、永遠に変わらぬ暮らしをするよりも」
「するよりも。短くともあの素晴らしいあの方の側にて、過ごしたいのです。だから」
「だから。愛する私達を邪魔しないで。分かって下さい」
壮大な愛の告白しながら、追いかけてくる巨大飛行島。
「どうするんだよ、コレ。リーダ!」
サムソンが困ったような声を出す。
「とりあえず距離を取れ! このまま体当たりされ続けると終わりだ!」
大声でサムソンとやり取りをする。
その間も、双子は手を休ませない。
『ガゴォォ』
いきなりこの部屋と外を隔てる柱が吹き飛ぶ。
何があったのかと、吹き飛ばされぽっかり空いた空間の向こうに目をこらす。
巨大な魔法の矢が数本飛んできていた。
先ほどの一撃は、あれだろう。
手早く鎧を作る魔法を唱えるが、間に合わない。
不味い
サムソンはこの攻撃に気がついていない。
ところが、飛んできた矢は飛行島の手前で大きな火花を散らし消える。
「飛び道具は防げるから! 体当たりをなんとかして!」
カガミの叫ぶような声が聞こえる。
よく見ると定期的に巨大な魔法の矢が飛んできて、その度に何かにあたって火花を散らしている。
だが、それでは終わらない。
「次から次へと……」
悪態をつきながら、テーブルのある部屋から一階の屋根へと飛び出て、新しい問題を睨み付ける。
先ほど追い払った飛竜が再び、上空からオレ達の飛行島に向かってきていたのだ。
「ちぃ! めんどうな!」
追いかけてくる巨大飛行島を振り切ろうと上下左右に大きく動き回る飛行島では、空飛ぶワイバーンには分が悪い。
ミズキが上空に飛び立ち、向かってくる飛竜を迎撃するように動く。
ところが飛竜はそれを読んでいたかのように、するりとミズキの横をすり抜けて飛び抜け向かってきた。
加えて、首をグニャリとひねるようにまげた。
その視線が、オレと合う。
次の瞬間、飛竜から長い舌が伸びてオレが持っていた巻物に絡みついた。
大きく引っ張られ、バランスを崩しかける。
「世界樹に!」
なんとか踏みとどまるも、カガミの絶叫が聞こえ、地面が大きくゆれた。
辺りが急に暗くなり、草木の強い匂いに包まれる。
そして、背中をぶん殴られたような衝撃を受けた。
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