第217話 たびをしたハイエルフ

 労働……。

 楽しい旅行のはずが……仕事。

 待遇次第だが、揉める可能性を考えると頭が痛い。

 オレ達、まったく悪くないじゃないか。

 何をしろっていうのだ。

 ローブ姿のハイエルフが散会を宣言した後、残ったのは十名を超えるぐらいのハイエルフ達だった、うち1人がこちらへと近づいてくる。


「はじめましてニッフェオウスの娘シューヌピアと申します。まずは謝罪を」

「謝罪?」

「先ほど、ノアサリーナ様を呪い子と罵ったこと……に対してでございます。この里にとって、世界樹こそが最も大事なものです。ですので、世界樹にとって良くないと主張すれば同意が得られると考えましたが……私は甘かったようです」


 深々と頭を下げられたシューヌピアに何とも言えない。

 口先だけで嫌われるのと、口先だけで好意を持たれているのは、同じように意味がない。

 本心からノアを嫌っていないことがわかるだけで悪い気はしなかった。


「ところで、私達はどうなるのでしょうか? 何処かに捕らわれるのでしょうか? ご存じですか?」


 シューヌピアが知っているのかわからないが、とりあえず聞いてみる。

 できるだけ早く、今後の待遇は聞いておきたい。


「いいえ、当面は長老の家に滞在してもらいます」

「決まっているのですね」

「えぇ、別に私達のどちらの主張が通っても、客人としてもてなすことは決めていましたから。では、歩きながらご案内しますね」


 先頭を歩くシューヌピアについていき進む。聖獣に乗らず歩いての移動だ。

 世界樹の枝にそって建物や道が作られているので、上下の移動が激しい。


「サラマンダーがいる」

「世界樹には、いろいろな精霊が訪れます。あの子は、10年位前からずっといますよ」


 そういや、朝にはウンディーネを見たし、昨日はヌネフが他にもシルフがいると言っていたな。もしかしたら、モペアとは別のドライアドやウィルオーウィスプにも出会うかもしれない。


「長老の家にもどるの?」


 オレの側を歩いていたノアが不思議そうに言う。気がつかなかったが、言われてみると確かに長老の家近くだ。世界樹の上にもかかわらず滝があるので近いとわかる。あの滝は、ウンディーネが遊びでやっているそうだ。ちょっとした遊びでもスケールが違う。


「えぇ。長老の家で、簡単な説明をしたいですしね」

「あの男の人……カスピタータさん……あの人が仕事の説明をするのだとばかり思っていました」

「詳細は、兄がしますよ。里の案内は私が手配します」


 おかっぱ頭とは、兄妹だったのか。


「そういえば、お兄さんと、シューヌピアさんは、他のハイエルフの皆さんとは違う……格好をしていると思いました。兄妹だからでしょうか?」

「これですか?」


 カガミの質問を受けて、襟の辺りを指で摘まみ、シューヌピアは言葉を続ける。


「私達兄妹は、地上に降りて旅をしたことがあるんです。そういった者は、里で旅装することが決められているんですよ」

「へぇ。そんな決まりがあるっスね。そういえば、あの……髪をこう、ツインテールにした2人も旅装でしたっスね」

「ファシーアと、フラケーテアですね。フイナレスの双子も、私達兄妹と一緒に地上に降りたんですよ」

「結構沢山のハイエルフの皆さんが地上で旅されるんっスね」

「そんなことはないですよ。今日は会議だったので、私達が目立っただけ。今、この里で地上を旅した者は、私達4人の他に、長老と、あと2人。全部で7人ですね」


 7人か。長老は旅装をしていなかったが、引退したと言っていたし、違うのかな。しかし、言われてみると、長老は他のハイエルフとは雰囲気が違っていたな。

 なんというか、柔軟な考えをしているというような……あんまりハイエルフの事知らないけれど。

 長老の家について、概略を聞く。

 何千年という期間をかけて集めた飛行島のうち、うまく動かない物の魔法陣をメンテしてほしいらしい。

 概略だけで気が遠くなる。何千年……ハイエルフは、時間の感覚がかなりいい加減だ。シューヌピアが言うには、世界樹に住むと時間の感覚が希薄になるのだとか。確かに、のんびりとして過ごしやすい雰囲気は、人を駄目にしそうだ。人を駄目にするクッションなんてのが元の世界にあったが、人を駄目にする世界樹か。

 特に魔法陣の修復が必要なものは100程度らしい。修復についても、完全に動くものを参考にしていいそうだ。


「参考資料がすでにあるのに、なぜ私達がやる必要があるのでしょうか? 時間があれば、誰でも描き写すくらいできると思うんです。思いません?」

「飛行島の大部分は、人が描いた魔法陣でないと受け付けないのです」

「そんな魔法陣があるのか」

「太古の魔法陣には、そういったものが沢山あるそうですよ……それでは出発しましょうか。子供達は、ここでお留守番していてください」

「留守番?」


 ノアが不安そうに聞き返す。それをみて、少し考えたシューヌピアは、軽く首を振る。


「あぁ、ごめんなさい。特に意味はないの。ただ、子供がいると、あなた方の仕事の邪魔になると思って……」


 確かに、飛行島の整備といっていた。なにげに危ない場所なのかもしれない。一旦、オレ達だけで実物を見て判断してもいいだろう。


「それじゃ、一旦、オレ達だけでみてこようか」

「心配なら、私だけ残っとく?」

「大丈夫なの。ハロルドもいるし、皆で行ってきて」


 残ることを申し出たミズキをノアが大丈夫だと断る。そうだな。ハロルドもいる。いざとなれば呪いを解けばなんとかなるだろう。それに、モペアもいる。


「わかったよ。じゃ、チッキートッキーピッキー、ノアのことお願いね」

「はい。お嬢様のお世話をしっかりやるでち」


 手を振り、一旦別れシューヌピアの案内で現場へと向かう。

途方もない時間、集め続けた飛行島。楽な仕事を期待しよう。

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