第203話 つぼみのしれん

 それは都市ケルワテを後にする、当日のことだ。


「お嬢様、リーダ様。お願いがあります」


 ピッキーがオレに向かって言った。

 深刻で、真剣な顔だ。


「お願い?」


 なんだろうか。予想がつかない。


「そうです。これからケルワッル神殿で挑戦するので、もしうまくいったら、気球を買ってください」


 ケルワッル神殿で挑戦? 気球?


「ピッキー達が挑戦するの?」

「そうでち!」


 チッキーが両手を挙げて勢いよく返事をする。

 そういえば、獣人達3人は神殿でお勉強するって言っていたな。

 オレ達が観光したり、ダラダラしている時に、ケルワッル神殿に入り浸っていた。

 勉強するっていうことで、絵本でも読んで貰うのだろうなと漠然と考えていた。

 神官達も快く引き受けてくれたこともあって任せていた。

 何かを訓練でもしたのだろうか、気球を買ってほしいということから、気球の操縦方法でも習ったのかもしれない。


「あのさ、挑戦って何するの?」

「神様にお祈りして、気球を空に浮かべることができるかの挑戦でち」


 お祈りして気球を飛ばす?

 この世界では元の世界とは違って、お祈りすれば気球が浮くのか。

 なかなか楽しそうだ。それに挑戦を止める理由もない。


「もちろん。皆のお金で、気球くらい買うさ。大丈夫だよ。じゃあ、挑戦っていうのを見させてもらってもいいかい?」

「もちろんです!」


 キラキラとした目の3人の後をついていき挑戦する場所までついていく。

 着いたのは、最初にこの街へ入った時に使った神殿だ。

 地上に建っているケルワッル神殿の一角に、挑戦する場所はあった。多くの神官が詰めかけていた。気球を飛ばす挑戦というのはなかなか大きな出来事なのかもしれない。

 神官達の代表と思われる神官がこちらに歩み寄ってくる。


「随分と一生懸命、勉強とお祈りをされたそうですね」

「はい!」


 獣人達3人は声を揃えて思い切りうなずく。


「少し小さい気球ですが、これで試してみましょう。うまくいくように、私達もお祈りしていますよ」


 神官の言葉を聞いて、神妙な顔をして獣人達3人は気球に乗り込む。

 そして3人が揃って万歳するように手をあげる。

 上を見上げ、声を揃えて祈りの言葉を捧げ始めた。

 揃った声で続く祈りは、歌っているようにも聞こえる。

 ケルワッル神殿に伝わる祈りの言葉だ。

 祈りの言葉が続くにつれて、潰れて横たわっていた気球の胴体がムクムクと膨らみ、ふわりと彼ら3人の頭上へと広がった。

 まるで暖かい空気を送り込まれているかのように、気球の胴体は広がり続ける。


『パン!』


 軽く小気味よい、乾いた音が響く。

 洗濯物を乾かす前に広げたときに、響くやつだと思った。

 そんなくだらないことを考えられるほど、安心して見ていられた。

 パンと張った気球の胴体はゴンドラと一緒に、ゆっくり上に上がっていく。

 ただし、まだまだ安心できる状況ではないようだ。

 がんばれがんばれと呟き祈る神官がチラホラ見える。


「もう宜しいですよ!」

「おめでとう!」

「ピッキー君、できてるよ」


 気球に繋がれたロープがピンと張った直後、神官達が獣人達3人に声をかける。

 完全に成功したようだ。

 神官達もニコニコ笑いながらぱちぱちと手を叩く。

 しばらくユラユラと気球が飛ぶ様子を皆で見上げる。


「三人とも楽しそうじゃん」

「俺も乗ってみたいな」

 

 同僚も笑顔で見上げている。確かに、わいわい楽しそうだ。


「では、そろそろ降りてみてください」

「お祈りの言葉は覚えているかい?」

「だいじょうぶでーす」


 声を揃えて神官の質問に返事をした後で、獣人達3人は浮かせたときと同じように祈りの言葉を捧げる。

 フワフワと気球は降りてきた。

 またもや神官達の拍手が起きる。

 まるで自分のことのように喜んでいる様子に、オレ達も笑顔になる。

 ゴンドラから飛び降りた獣人達3人は、やりきったという顔で、トコトコとこちらに近づいてきた。

 そんな3人を祝福するのはオレ達だけではない。

 横から神官の1人、恰幅のいいおばさんの神官が、かっさらうかのようにチッキーを抱え上げた。


「ちゃんとできましたね」

「我々も教えたかいがあったものです」


 見るとトッキーもピッキーも、神官達に撫でられたり、褒められたりしている。


「あわわ。おいら達、お嬢様に報告しなきゃいけないです」


 困惑した様子のピッキーが、大きな声をあげた。

 名残惜しそうにチッキーを下ろしたあと、おばさんの神官は側にいた神官から小箱を受け取り、ピッキーに歩み寄る。


「では、皆さんにプレゼントを差し上げましょう。合格のお祝いですよ」


 そう言いながら、小箱を開いた。中には小さめの望遠鏡が入っていた。


「これは?」

「つぼみ乗りには欠かせない遠眼鏡です」


 3人分ちゃんとあったようだ。それぞれが、望遠鏡を片手に駆け寄ってくる。


「お嬢様、リーダ様。成功しました」

「これで、おいらたち気球を飛ばせるようになりました」


 ピッキー達が口々に今何をやったのかを説明してくれる。

 まとめると、ケルワッル神に祈り、加護の力をもって気球を浮き上がらせるという話だ。見たまんまのことだ。

 これが1人で自由にできるようになると、ケルワッル本神殿でお仕事することができるらしい。

 ピッキー達は3人がかりでやっと気球を持ち上げた。

 まだまだ1人前には早いということらしい。


「ですが、短時間でここまでやったのは立派なことです」


 トッキーが謙遜して3人がかりでなんとかやったことを話した時に、そばにいた神官が付け加える。


「では、これからもケルワッル神に感謝の気持ちを忘れないように、頑張ってください」

「はい」

「さて、皆さんは、つぼみを動かすことができたことになります。それは即ち、より強く神の加護が得られるということです。故に出来ることが増えています。簡単な怪我の癒やし、ちょっとした解毒の加護も願えるでしょう。それに水を油に変えて、燃やすこともできるでしょう。それらは、恵みなのです。皆さん3人が仲良くしていれば、常にケルワッル様は、強い加護を授けてくれます。仲良く。私達も、祈っています」


 どうやら、試験の終了を告げる言葉らしい。オレ達ではなく、獣人達3人に向かって厳かに神官は蕩々と伝えた。

 そんな、いいシーンの中、1人の神官が、オレの方に近寄ってくる。


「あのー、ですね。気球は、あのタダではないんです」


 まぁ、そりゃそうだろうな。

 なんだろう、いいシーンが台無しだ。ピッキー達が嬉しそうだから、別にいいけれど。


「ここに三つのパターンがありまして……」


 ああいつもの物販だ。

 とりあえず使いやすいものということで、おすすめの気球を買う。

 今後は、ケルワッル神殿であれば、獣人達3人が申し立てることによって、気球を購入することができるそうだ。

 慣れてきたら大型の気球を買うのもいいかもしれない。

 折り畳み式のものもあるらしいが、オレの影に投げ込むので、乗りやすく操縦しやすいものを買う。

 獣人達3人の成長をしみじみ感じる。

 クラーケンの時に魔法が使えたように、ノアも成長している。

 海亀に、気球。いろいろと充実してきた。

 このままどんどん進んでいこう。

 次は世界樹を目指すのだ。

 そんなことを思いながら、オレ達は都市ケルワテを後にした。

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