第156話 おみおくり

 全ての一件が解決した次の日、観光を始める。

 案内をしてくれるのはマリーベルとラノーラ。二人は以前ここで公演をしていたこともあり色々と詳しい。

 早速、魚のパンが美味しいお店を教えてもらう。


「あいよ。全部で銅貨20枚だ」


 威勢のいいおっちゃんから、調理された魚のパンを手渡される。本当は銅貨27枚のところ、おまけしてもらった。

 マリーベルさんは、値切りが上手い。

 味はやはり香りから想像していた通り、魚の練り物、かまぼこやちくわといった感じだ、ちくわの方が近いと思う。

 ただし食感はまさしくパンだ。食パンのように、小さい気泡が中に沢山あって、それが食パンのような触感を演出している。野菜の具がいっぱい入った甘辛いソースを、焼いた魚のパンにかけて食べる。見た目が何だかお好み焼きっぽい。熱々で美味しい。


「まぁまぁだ。あたしは肉のほうがいいけどな」


 店のおっちゃんを目の前にして、モペアがケチをつける。もっとも、コイツはこんなことを言いながらすでに4つ目だ。まだまだ食べるスピードが落ちない。


「そうかい、肉の方がいいんかい。んで、もう一個いくかい?」

「もちろん。そんなことより、ほら、おっちゃん、焼く手がとまってるぞ」

「へいへい」


 モペアはケチをつけつつ美味しそうに食べるので、店のおっちゃんは笑顔だ。

 しばらく店先で魚のパンを食べた後、ストリギの町を見て回る。

 この町には沢山の店がある。ギリアには無い物も多い。例えば、細かい芸術品や装飾品などだ。使うのは、領主ラングゲレイグから貰った金貨100枚だ。公爵から褒美に貰った短剣に適当な値付けをしたが、実はあれはかなり安かったのではないかと今になって後悔する。

 今更、いろいろ言ってもしょうが無い。

 この世界では金貨100枚もあれば豪遊できる。庶民的に暮らせばだけど。モペアは魚のパンを十個ほどたいらげて動けないと言って俺にしがみついている。ヌネフはいつの間にか居なくなった。

 こんな風にストリギを回っていると小さな神殿を見つけた。

 鍛冶の神様にまつわる神殿らしい。いつもの通り他の神殿と同じように信徒にならないかと勧誘を受ける。

 本当にこの世界の神殿はどこも同じだな。

 物販しているところまで同じだ。違うところといえば、品種の多さだ。何十種類あるのだろ……ここ。まるで小さなスーパーだ。

 絶対、布教は後回しになっている。

 売っているのは小さなハンマーやペラペラと紙のように薄い石製のノート。元の世界にない代物ばかりで興味深い。信徒の特典は沢山あるのが売りらしい。不思議な本やノートもあり、特に石造りのノートは、水に濡れても一日で元に戻ってしまうという説明を聞いて、金貨6枚で買う。

 他の神殿と同じように、いつもの大きな樽に祝福をかけてもらう。祝福の重ねがけを続けることで、樽の中に入っている聖水がどう変化するのか、宿に戻った後で確認したい。たのしみだ。

 そんな感じで、観光をしたり飯を食ったり、雑貨を見たりして、一日を過ごす。

 途中、ノアとミズキがおそろいの帽子を買って盛り上がっていた。


「どっちがいい?」


 2つの帽子を両手にもったミズキから質問を受ける。

 羽根飾りが違うだけで、同じ帽子だ。念の為、看破の魔法で詳細を見たけれど特に同じ表記だ。魔法の品物……というわけでもないようだった。


「どっちでもいいんじゃない」

「あちゃー」


 どちらも似たようなものだ。どっちでも良いと思う。

 そんなことを答えたらミズキにあからさまにあきれられた。


「そんなに褒められちゃ、オマケしないわけにいかないね」


 ラノーラの値切りに負けた店主が、帽子はかなりまけてくれた。

 ということで、おそろいの帽子は2セットある。ミズキの質問はなんだったという感じだ。


「ところでさ、ラノーラさん達はこれからどうするのですか?」


 ちなみに2人の今後については、ノアが本人達に聞いてみたところ、少し考えさせてくださいという返事だった。

 それもそうだろう、急に境遇を自分で決めろと言われても困るのも当然だ。


「では、一旦ギリアへ戻りましょう」


 観光も一通り済ませて1日ゆっくり休んだ後、宿を引き払い、ギリアへと戻ることにした。よくよく考えたら、この豪華な宿を無料で過ごせたのはラッキーだった。帰りは公爵に貰った船に乗る。

 貰ったのは、そんなに大きい船ではない。三角の帆が一本のボートといった風貌だ。だが設備などは立派なものだった。意外と船室は広く、立体的な配置になったハンモックが快適だ。寝室へと降りる扉を最大限に開くと、寝た状態で空が見える。

 船の操縦が少し不安だったが、ラノーラとマリーベルは元々船を使う商人のお嬢さんだったので、船の扱いは容易いそうだ。

 この船であれば2日はかかりそうですね。

 海岸線沿いに進みましょう。

 2人は、船をいろいろと調べたあと、そう言った。

 そんな2人に任せて出航する。サムソンが船の動かし方を2人に習っている。

 船が出るとき、声を上げながら、追いかけてくる子供がいた。

 何と言っているのかは聞き取れないが、笑顔だ。

 最初は、ラノーラかマリーベルのどちらかを呼んでいるのかと思っていたが、ノアだったことがわかり驚いた。

 キョトンとしたノアは、ミズキにせき立てられて、手を振る子供が見えなくなるまで手を振っていた。

 それから先、2日の船旅を考えていたら意外な事がおきた。


「私が風を操り運びましょう。お疲れさんは寝るべきなのです」


 ヌネフが唐突に現れ、風で運ぶことを提案してくれた。

 さすがシルフ。お言葉に甘えて船首でのんびりと過ごす、誰も動かしていないのに勝手に右へ左へと細かく動き、船は順調に進んだ。

 その様子に、ラノーラとマリーベルはひたすら驚いていた。精霊に船を動かしてもらうという発想はなかったらしい。

 もっともオレ達にもなかったけどな。

 当初二日かかると言っていた帰りの船旅は丸一日で終わった。

 夜は星空が綺麗だった。

 妙に感傷的なロンロが、お姫様を守る5人の騎士にまつわる冒険譚を話してくれる。ふわりふわりと浮きながら、慣れた語り口で話をする。

 ノアの知っている話らしい。メジャーな話なのだろう。


「お姫様を守る5人の騎士か……まるで、私達みたいだね」


 ミズキが楽しそうにコメントする。

 そんな感じで平和な船旅の後、ギリアへと戻る。

 久々のギリアは随分と静かだ。ここにきて初めて知ったのだが、馬車は案外うるさい。馬のいななきや車輪の音、ガタガタ揺れる荷物。元の世界の自動車が意外と静かだったことに驚く。馬車の量が少ないならば、風情があっていい。

 さて、マリーベルとラノーラは一座へと戻った。心配していた一座の人達は2人を見るなり駆けつけて取り囲んでいた。俺たちも一旦屋敷に戻ることにする。2人のことは、また後日話せばいいだろう。


「屋敷でのんびり過ごそうか」

「うん」


 今日は、獣人3人も一緒に屋敷へと戻る。

 トッキーとピッキーが帰りの馬車を準備する中、ノアとのんびりすごそうと今後の予定を話す。


「ところでさ、ラノーラさんとマリーベルさん、どっちが好きなの?」


 ミズキがサムソンへ唐突に質問する。


「いや、そんなことは……」


 サムソンが言い淀む。


「好きな人? サムソンお兄ちゃんの思い人って……ユクリンさんは?」

「それはね……」


 オレがノアに、元の世界にいたアイドルであるユクリンのことを説明しようとした時、視界の端にやばいものを見かけた。

 ラノーラだ。

 固まったオレを見て、みんなが一斉にオレの見ている先を見る。そこには走り去っていく、ラノーラの後ろ姿が見えた。

 多分……やっちまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る