第149話 きょうふのさけび

 やばい。

 落下する。

 オレが落下の衝撃に耐えられても、ノアは無理だ。


「ハロルド!」


 ノアにハロルドの呪いを解いてもらうよう合図を送る。

 オレの言葉とほぼ同時、ノアは魔力を放ち、ハロルドの呪いをはじき飛ばす。


「承知!」


 力強いハロルドの声が聞こえた。


『ガガッ』


 ハロルドにはノアを庇ってもらうつもりだった。だが、ハロルドはノアを抱えると側の壁を蹴ってオレの方へと飛び、そのままオレも抱えて、地面に着地した。

 落ちた先も、上層と同じような部屋だ。薄暗くジメジメした部屋だ。生ごみを彷彿とさせる腐臭がする。


「ありがとうハロルド。すごい」

「姫様、これくらい余裕でござるよ」

「助かったよ」

「なんの。それにしても、2段構えとは。して、あの声はストリギの領主でござったな」


 上を見上げる。男がこちらを見下ろしていた。

 ハロルドの言う通りだとすれば、あれはストリギの領主……名前は、ブースハウルだっけかな。


「どう言うことだ? 1人増えておるな」


 頭上から、よく通る甲高い声が聞こえる。


「ストリギの領主がどう言うことだ?」

「気が付いたか。どうでも良いことだ。……おい。いい加減働け! 今落ちてきたものを喰らうのだ」


 何かいるのか? 部屋の隅からズルズルと何かが這い寄る音がした。

 音がした方を見ると、部屋の暗がりから巨大な4つ足の魔物が現れた。

 その体は、虎かライオンのようで、尻尾は真っ赤だ。そして顔は、老人のようだ。薄暗い黄色、ところどころに白髪が目立つ長髪。目だけはギラギラと輝きオレたちを見ている。


「んー。マンティコアでござるな」

「そうだ! マンティコアだ。人を喰らう魔物。その子供以外は皆喰らえ!」


 逃げ道はないな……。


「どうしよう」

「ん? 大丈夫でござるよ」


 オレとノアが不安な中、ハロルドだけは余裕だ。


「何をしている早くやれ! こいつが欲しくないのか」


 ブースハウルが大きな声で再度命令し、何かを投げ落とした。


「呪い子の心と体を追い詰め、それからワシをぶつける予定であったなァ」

「お前、正気が……。正気が」


 何の話だ?


「デルコゼで、ワシの正気を奪ったと油断していたな。ギシシシ。バカで愚かなお前と、王の使いが話す様は愉快であったな」

「あ、あああ……知られた……しら、しら……」


 悲鳴のようなブースハウルの叫び声が聞こえる。

 こいつらの話を聞く限り、この目の前にいるマンティコアは、ノアの為に用意されたということになる。

 何のために? 追い詰めたあとで? 王の使い?


「ワシの予想を皆の前で話せばどうなるのか。どうなるのか。楽しみだ。あぁ、楽しみぃだァ」


 マンティコアは楽しそうに笑い、よだれがこぼれ、地面にポタリポタリと落ちる。

 ただし、その目はオレたちを見たままだ。


「その前に腹ごなしに、そいつらを食らってからだな」


 ひときわ大きな声で叫んだかと思うと、顔面を痙攣させ、衝撃を伴う音を発生させた。


『ギーギーピーィ』


 電子的なノイズにも似た音だ。


「姫様、リーダ、恐怖攻撃でござる。気を確かに持ってくだされ」

「うん」


 ノアの顔が、しかめっ面になる。何かを我慢するようだ。何かあるのか。


 ――治……の……果にもよ……し、カウン……で、見え……。


 昔のことを唐突に思い出す。嫌な思い出だ。軽く頭をふり、嫌な考えを頭から飛ばす。


「大丈夫、ノア?」

「うん……平気なの」

「リーダ……は平気でござるか?」


 ハロルドが驚きの表情でオレを見ている。


「あぁ」

「拙者が思っていたより、リーダは強者で……」


 オレを見たまま、ハロルドが顎に手をやったときだった。


『バァン』


 マンティコアが地面を蹴ってハロルドに飛びかかる。

 だが、次の瞬間、ハロルドの剣がマンティコアを捉え、後ろ足の片方を切り落とした。

 マンティコアの顔が苦痛に歪む。すぐに大きく後ろに跳びさり、姿が部屋の影に消えた。


「全くもう、拙者が楽しく雑談しているでござるから、倒されるのは後にしてほしいでござるよ」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 だが、巨大なライオンのような足がはじき飛んでいたことで、ハロルドがマンティコアの足をはじき飛ばしたことに気がついた。

 本当に、強いなハロルド。


「すごい」

「でも、不思議だな」

「何がでござるか?」

「魔物とはいえ、生き物の足が落とされたのを見たのに、何とも思わない。可哀想とも、酷いとも……何ともだ」

「リーダは本当に余裕でござるな。まぁ、魔物がいくら苦しもうとも、死のうとも拙者たちは何も感じぬでござるな。拙者たちは、どこかで魔物は、他の生き物と違うと認識してしているのでござろうな」


 本能的なものか。


「さて、そろそろ姫様も落ち着いてきたようですな。では反撃でござる」

「ごめんなさい。ハロルド」

「なんの! 拙者も、先ほどまで、少し震えていたでござる。あれはそういう攻撃でござる。そもそも、平然なリーダがおかしいでござるよ」


 ハロルドがのんきに見えたのは、ノアが落ち着くのを待っていたからか。確かに、先ほどまで震えていたノアが落ち着いて来たのがわかる。


「なるほどな」

「リーダ、あのあたりに魔法で火を起こしてくれぬか?」

「了解」


 ハロルドが剣で示した場所に、火球の魔法を唱える。

 濡れた手帳が開きにくくて苦労する。インクの滲みもあるので、対策したほうがいいだろう。

 魔法によって作った火球が部屋を照らす。

 火球は、マンティコアの立っている場所の側にある壁に当たる。魔法が制限されているためか、いつもに比べて半分以下の大きさだった火の玉は、マンティコアのコウモリに似た羽と、体の側面を焼く。


「グゥぉ……」


 マンティコアは悲鳴にならない声をあげ、オレたちの落ちて来た壁を登り、姿が見えなくなる。何度も何度も壁にぶつかっている音がしたので、必死で逃げたといった印象を受けた。

 さて、マンティコアは退けた。盗人を探そう。

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