第148話 ですまあけ

 再び訪れたストリギの町には、より多くの船が見えた。

 ゆっくり誘導されて、船着き場へと到着する。

 徹夜明けの朝日がすごくまぶしい。

 結局、徹夜したのはオレとサムソンの2人。他のやつらは無理だの限界だのと言って仮眠をとりやがった。

 そんなことでは、もっとタイトなスケジュールに対応できない。

 もっともこんな仕事は今回でおしまいだ。そう、仕事をしないのが一番だ。

 船から下りたとき、鎧姿とローブ姿の数人の男女が待っていた。


「魔法陣を検分したうえで、公爵に渡します」


 代表とおぼしき女性が、簡単な挨拶のあとそう言った。

 フラフラになりながら、丁寧に挨拶を返して、箱を取り出す。

 全部で4個の小箱。納品用に、屋敷にあった小箱を磨いて用意した。箱一つに魔法陣が一つ入っている。

 まとめるより、もっと厳かに価値があるように見せる演出だ。

 そういえば検分ってどうやるのだろうか。

 魔法陣に描かれた内容を調べる魔法でもあるのだろうか。オレ達以外が、魔法陣を作り出すことが難しい以上、内容を読み取るというのは考えにくい。

 もしかしたら魔法陣の中身を調べる魔法があるのかもしれない。そんな魔法があれば、魔法陣の記述ミスなど、問題点を発見し取り除く作業……デバッグが楽になる。


「検分というのはどのような方法を用いるのですか?」

「内容を確認するのです」

「どうやってでしょうか? もしかして魔法陣に描かれている内容から、どのような魔法か判断できるのでしょうか?」

「……私は沢山の魔法陣を見てきました。見ればわかりますよ」

「知らない魔法でも?」

「……」

「あの……?」

「奴隷の分際でグチグチと。いいから寄越しなさい」


 投げやりの口調になったかと思うと、ローブ姿の男が横から魔法陣の入った小箱をもぎ取ろうとした。

 オレは取られまいと箱を持つ手に力を入れる。

 おかしい。本当にこいつ検分役か。

 箱が手から滑り下に落ちる。


「だめー!」


 大声をあげ、抱きつくように箱に覆いかぶさるノア。

 少し遅れてムチがノアに当たる。やや離れていたローブ姿の女が振るったムチだ。

 バチンと音を立てて、生き物のようにノアごと箱にまとわりついたムチは、ノアを箱と一緒に空中に持ち上げる。そしてノアは、大きく弧を描くように宙を舞い、遠く離れた持ち手に引き寄せられる。

 まずい。

 ムチを操るローブ姿の女にタックルする。オレが直接向かってくると思っていなかったのか、ローブ姿の女はムチから手を離した。

 そのまま、ムチから解き放たれ落下するノアを、受け止めるようと動く。

 ところが勢いがついたノアは、オレとローブ姿の女を飛び越えて、湖と落ちてしまった。

 女を無視して、ノアのあとを追いかけ湖に飛び込む。オレの後ろから誰かが追いかけてきたが御構い無しだ。

 湖で溺れかけたノアを引き寄せ、そばにあった船の鎖に手をつく。


「箱が」


 ノアが必死に指差す先には、船着き場の影になってわからなかったが、大きなトンネルがあった。下水道?

 だが、考える暇は与えてもらえない。別の船から矢が打ち込まれてきた。

 このままではまずい。


「箱が奪われた! 取ったやつを追う! あとは任せた!」


 オレは大声で訴えると、ノアを抱きかかえたまま、矢に追い立てられるようにトンネルへと入った。

 トンネルはした3分の1が水に浸かっている。更に進むとひらけた場所にたどり着き。小さな船が止めてあった。船着き場のようだ。水から上がり周りを見回す。

 更に先に道が見える。


「洞窟?」

「さぁ、何だろうね……ところで濡れちゃったね」

「平気なの」


 スカートを絞りながらノアが答えた。もっとも着替える暇はない。


「ワン!」


 ハロルドもついてきてたのか。

 とりあえず盗んだやつを追いかける。危なくなったら引き返そう。


「カバンの中身は大丈夫?」

「魔法のバッグだから大丈夫なの。叩いても、燃やしても中身は綺麗なままなの」


 へー。何気なくたすき掛けしているバッグは魔法の品なんだ。

 オレ自身、そしてノアの不安を紛らわせたくて、雑談を小声でしながら、進む。

 さらに大きな部屋が見えてきた。


「あれ?」


 大きな部屋に入る直前の通路が、妙に抉れていることに気が付いた。

 床に等間隔のくぼみが見える。

 何かが落ちた後のように。

 念のため、ガラクタ市で買った石臼を置く。上から何かが落ちてきて、出入り口が塞がれないように、念のための布石。

 ついでに鎧を作る魔法と、身体強化の魔法を使い備える。

 ゆっくりと進む。


『ガンッ』


 オレ達が通路を抜け大きな部屋に入ったところで、向こう側の通路、そしてオレ達が今抜けた通路に金属製の柵が落ちてきた。

 予想通りだ。

 金属製の柵は、石臼に阻まれて途中で止まった。向こう側の柵がどうにもできなければ、一旦戻ることもできる。


「待っておったぞ」


 安心して大きな部屋を横切ろうとしたとき、頭上から声がした。

 声のした方を見ると、右手側に背丈の倍程の段差があり、男が見下ろしていた。


「誰だ?」

「んふふふふふ。誰でもいいだろう」


 呪い子よ。お前と関わったばかりに、その男は死ぬ。


『バタン』


 扉が開く音がして……床が消えた。

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