第147話 閑話 目が覚めて(マリーベル視点)

 闇に浮かぶ巨大な老人の顔が不気味に笑う。


「ギシシシシシ。ラ……ノーラなら死んだぞ。ボロボロだ。ギ……」


 ハッとして目が覚める。


「よかった。起きたね」


 薬飲んでもなかなか起きなかったから心配しちゃったよ。

 目の前には嬉しそうに笑う女性がいた。とても綺麗な人だ。

 何があったのかを思い出そうとする。

 ラノーラ?


「ここは何処? ラノーラは? ラノーラ?」

「落ち着いて、ここはストリギの宿。マリーベルさんは湖に打ち上げられていたの」

「貴方は?」

「そうね。私はミズキ。サムソンの仲間。サムソンが心配してたよ。んで、皆で追いかけてきたってわけ。見つけたときは大けがしてたからビックリしちゃった」


 笑顔が素敵なミズキと名乗る女性は、サムソン様の知り合いらしい。おそらく、あの呪い子の従者だろう。

 一座の皆は、サムソン様が私達姉妹の美しさにまいっていると言っていた。だが、それは思い違いだと、すぐにわかる。この人に比べれば私など、田舎くさいただの娘だ。

 本当はお礼を言い、できるだけ質問に丁寧な答えをすべきだったが、上手くしゃべれなかった。これはただの嫉妬だ。自分が嫌になる。


「まっ、ゆっくりしててね。ええっとラノーラさんの事は、多分リーダがなんとかするから、まずはしっかり体を休めて」


 そういってミズキという女性は部屋から出て行った。

 リーダ? なんとか?

 分からないことだらけだ。それに、私の体。あの魔物から逃げるとき、湖に飛び込む前に、受けた傷。お腹を刺された傷が治っていた。折れたはずの腕も、見えなくなっていた右目も、全部治っていた。練習中に切ってしまった腕の傷まで治っている。

 不思議だ。

 不思議……リーダ。

 思い出した。町の兵士がいっていた。

 橋の工事をしているときに魔物に襲われたそうだ。

 その時、ある意味、一番恐ろしかったのはリーダという男だったと聞いた。

 町の悪人を罠に嵌めて一網打尽にしたとも、敵対した奴隷商人を追い落としたとも聞いた。

 突然現れた呪い子を守る5人の魔法使い。

 その筆頭、リーダ。


「得体の知れない……不思議なヤツらだ」


 そんな兵士の言葉が、印象に残った。

 そう、そのリーダだ。

 サムソン様はともかく、そんな人がなぜ私達を助けてくれるのかが分からない。

 主である呪い子の利益にもならない。

 踊り子をしているといろいろな事を見聞きする。

 ギリアの町で一番よく聞く話は、呪い子と5人の魔法使い。


「ありゃ、きっと根は貴族だな」


 座長はサムソン様を評してそう言った。それは間違いないだろう、魔法の知識、音楽の知識をはじめとする芸術への造詣。

 私達の芸は、サムソン様のアドバイスで大きく洗練された。


「いつもより、客が多い」

「悪いお客も減ったよね」


 一座の皆も大喜びだ。

 私達姉妹にとっては、自由は無いが楽しい日々は、サムソン様のおかげでさらに充実していった。

 一時のことであったが、ストリギの領主を忘れることができた。

 ラノーラが連れて行かれるまでは……。

 どうにもならないと思ってはいたが、それでもいてもたってもいられなくて、ここまで来た。そして、やはり、無力であると思い知らされた。

 そんな中、急に現れたミズキという女性に、リーダという男性。

 サムソン様と同じ主に仕えるという仲間であるだけで、何も無い私達を助けてくれるというのだろうか。

 真意を探るため、リーダが1人になる時を窺う。

 夜中、1人外に出ていったので後をつけた。彼は船縁にたち、欠伸をして腕をグルグルと回していた。


「肩に来るなぁ……」


 ぼやきながら、空をみている。

 緩やかな風に、パタパタと帆が音を立てる。波も静かで、とても落ち着いた夜の闇。私は、ゆっくりリーダへと近づき声をかける。


「どうして私達を助けようとされるのですか?」


 飾らない本心から来る質問をなげかける。

 彼は、私を警戒するでもなく、少しだけ微笑んだ。


「そりゃ、サムソンの望みだからです」


 その答えは、思いもしない内容だった。主である呪い子を、危険にさらす行為の理由にしては、あまりにも不可思議だった。


「すみません、意味がわからないのですが……」


 もっと、その答えに別の意味があるのではと思い、質問を重ねる。


「サムソンは仲間です。彼が、気持ちよく仕事できるように手配する責任があります。なぜならば、仲間全員が楽しく仕事できないと、オレも……ノアサリーナお嬢様も悲しくなるでしょう?」


 あぁ、そうか。一座の皆と一緒なのだ。

 太鼓腹のデルダルさんが、困っていたら、皆で助ける。

 デルダルさんが楽しくないのに、私達の芸が楽しくなるはずがない。そうだ。同じなのだ。


「そうですか」


 理解したとき、私はとても嬉しくなった。

 そして、この方達なら、きっと私もラノーラも助けてくださるに違いないと確信した。

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