第139話 おどりこさん
ひときわ大きな声で応援するサムソンがいる。
踊りが終わったとき、テーブルの上に立ち大きな声で応援をしていた。
何かを叫んでいる。それから叫びながら周りを見渡す。彼の動きにあわせて酒場の人達は一体となって、踊り子2人を喝采した。
そんなサムソンと目があう。
一瞬、サムソンが真顔になった。なんとも言えない雰囲気になり片手をあげる。
目的は達成した。
すぐさま、酒場から出て、すこし離れたところに座り込んだ。
さて、どうしようかな……。
「サムソン様。また明日も来て下さいまし」
そんな声でふと顔をあげると、ちょうどサムソンが酒場からでるところだった。
苦笑しつつサムソンと合流する。
そして帰宅。
「彼女達は原石なんだ。応援が必要だ。ラノーラとマリーベル、あの2人は俺の生きがいなんだ」
「そうか」
どうしよう。
コイツ、自分で気がついていないのか……。元の世界でアイドル応援しているときと言っていることが一緒なのだけれど。
「彼女達は、不幸な身の上なんだよ」
「そうか。とりあえず、プレインやミズキにお金借りてまで踊り子見に行ったのはさすがに不味い。同僚同士での金の貸し借りはいいことじゃないだろ」
「分かっている。分かっているが」
「カガミが心配していたよ」
こんな会話を交わして屋敷に戻る。ちょうど晩ご飯だ。
食事が喉を通らなかった。気が重い。
「何があったか教えて下さい。隠し事はない方がいいと思います。思いません?」
カガミの追及が始まった。
ノアも神妙な顔をして同席している。
サムソンは、踊り子の事を一生懸命に語り出した。
彼女達は、元は船を持っている大店の娘、社長令嬢みたいなものだったそうだ。だが、あるとき、立て続けに船を失い、そして大店の主人だった父親を失い、莫大な借金を残して店は潰れたらしい。
結果的に、借金奴隷として売られるはめになったそうだ。
だが、幸運なことに彼女たちは代々家に伝わる剣舞ができた。ちょうど踊り子が高値で取り引きされる時代にだ。それが彼女たちにとって救いとなり、高値で売られることで全ての借金を返済し、なおかつ彼女達の待遇もある程度保証されることになった。
「それなら別に奴隷階級だけど、それなりに幸せってことじゃないっスか?」
「ところが、隣町で公演していたときに元々の所有者が急死したらしい。加えて、死ぬ間際隣町の領主に所有権をゆずったそうだ。んで、この領主に悪い噂があって、とりあえずギリアへと逃げてきた」
「逃げてきた?」
「そうだ。契約があるから、この契約を果たしたら戻りますって言ってな。だから、この公演中にお金を稼ぎ、せめてラノーラだけでも解放奴隷として自由になりたいそうだ」
世知辛い話だ。この世界は、一回転落するととことん酷い目にあうな。
隣町か。そういえば、ギリアは湖を挟んで隣にある町と競っているんだっけ。確か、ギリアのほうが劣勢だったはずだ。
「それで、お金を渡したってことっスか?」
「いや、申し出たが断られた。ラノーラ1人だけだと、あと金貨30枚あれば、今までの蓄えと併せてなんとかなるらしい。だからオレは応援したいんだ」
「そうですか……」
「彼女達は原石なんだ。応援が必要だ。ラノーラとマリーベル、あの2人は俺の生きがいなんだ」
サムソンが感情のこもった声で皆に訴える。
だけど、この言葉を、このイントネーションで聞くと、途端にうさんくさく感じてしまった。
「あのさ」
「ミズキ氏?」
「今の台詞って、あの……ユクリンだっけ? アイドルの人。あの人の話するときも決め台詞のように言ってない?」
そうだ。いつもの台詞だ。もう何十回も聞いた。
プレインもコクコクと頷いている。
「あいどる……でしたか」
「ユクリンってぇ、誰なのぉ?」
ロンロが間の抜けた調子で質問してくる。元の世界にいたアイドルの説明、意外と難しいな。
「えっと、皆の前で踊ったりして、人気のある人……サムソンの好きな人……かな」
なんとなくの感じで説明する。
「つまりぃ、サムソンの思い人って事ぉ?」
「思い人……なんだか綺麗な表現だけど、そうだね」
なるほど、思い人か。確かにそうだな。
「でも、違う。時間がないんだ。俺は彼女達を助けるためなら、ユクリンを後回しにする覚悟だってある」
「後回しって?」
「俺は、ユクリンの生誕祭に帰らない。覚悟がある」
ん? 生誕祭?
「あの……サムソン?」
「何でも聞いてくれ、カガミ氏の協力も得たいからな。そうだ。今度の公演を……彼女達の踊りを見たら分かってくれると思う」
「踊るのを見るの?」
ノアが興味津々といった風に身を乗り出した。
「どうせ半裸で踊ったりするんでしょ。教育に悪いと思うんです」
「そんなこと無い。今度の公演は青空市場でやるんだ。露出も控えめで子供がみても楽しい剣舞だ」
すごいな。演目や、衣装も把握しているのか。
子供がみても楽しくなる踊りってことなら、ノアでも大丈夫だ。
「今度、踊りを見に行こうか」
「うん」
ノアは頷き了承したかと思うと、タタッと広間から出て行った。モペアも誘いに行ったのだろう。
「ところで生誕祭には帰らないということですが、帰りたい理由って、生誕祭に行きたいからと?」
「今は違う」
「両親が心配……じゃ、なかったんですね」
ヒィ。
カガミが怒っている。怖い怖い。
そうだ。思い出した。サムソンの両親は、世界一周旅行中だったんだ。少し前に、怪しいチョコレートをもらった。
つまり、両親が心配というのは嘘で、ユクリンの生誕祭に行きたかった。
カガミはサムソンの言葉を信じて同情的だっただけに、怒りもひとしおといった風だ。
「リーダ……」
サムソンも自分の発言に気がついたようで、縋るようにオレを見ている。
無理に決まっているだろ、自分でなんとかしろ。
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