第132話 たりないちから
「ごめんねハロルド」
ノアが子犬のハロルドを撫でながら謝っている。
ハロルドの呪いを完全には解くことはできなかった。
「まだまだミランダの方が魔力が上ということでござるか」
呪いが解けたのも束の間、再び呪いの影が体に差し込む中、忌ま忌ましげにハロルドが言った。
ノアの魔力によって、ハロルドにかけられた呪いを一時的に解くことはできた。だがミランダにかけられた呪いは、時間が経つと元に戻ってしまう。
それから数日、呪いと解除時間を検証した。
サムソンが手持ちの腕時計で計ったところでは、2時間程度らしい。そして連続して呪いは解除できない。1日に一回だけ解除できるようだ。
「満月の夜にしか元に戻れぬよりよっぽどいいでござる」
制限付きの呪い解除だったが、ハロルドは嬉しそうだった。
それにしても、桁外れの魔力量を誇るノアよりも上とは、ミランダというのは凄いな。
ハロルドが屋敷にやってきた日、ミランダについてハロルドから教えてもらった。
ミランダは氷の女王という二つ名を持つ呪い子であって、名前に王とあるように、実際の国を統べる王らしい。
この世界では、各地方に対応する王剣という特別な魔導具があり、その王剣を持つ者が王を名乗れるのだとか。王は、貨幣を造る権利をはじめ特別な権利を持つことができるらしい。
ちなみにミランダが持っている王剣は、元々ベアルド王国が所持していた物で、ベアルド王国を滅ぼした後で奪い取ったそうだ。
つまり今、ベアルド王国を権限的な意味合いで統治しているのは、ミランダということになる。
王の権限をもち、魔力量ではノアを超える。どう考えても強そうだ。
「なれど、戦いには相性というものがあるでござる。ミランダの氷は、拙者には効かぬ。ゆえに、拙者はミランダに勝利できるでござるよ」
オレや、ノアの不安を察したためか、ハロルドがミランダに勝利できる理由を教えてくれた。相性がいいのか。
「あ! そうだ」
しばらくハロルドを撫でていたノアが急に立ち上がった。
「クゥン?」
「どうしたんだい?」
何だろうと尋ねるオレと、訝しげに鳴くハロルドにノアは笑顔を向ける。
「あのね、ハロルドのお家を立派にしたの。待っててね」
そんなことを言って厩舎に走って行った。
追いかけると前に作った犬小屋を一生懸命に動かそうとしていた。
代わりに運んであげることにする。
「ギャウゥゥ」
妙な声で鳴くハロルド。
なんとなく言いたいことはわかるが、あまりにも嬉しそうなノアを見るとなんとも言えない。
正体を知っているのに、この対応。割り切り凄いなノア。
観念したのか、犬小屋にハロルドはノソノソと入っていった。
「えへへ、よかったねハロルド」
「アウアウ」
笑うノアにハロルドは小さく鳴く。
「わぁ、よかったじゃん」
ミズキが楽しそうに言う。
だが、コイツはノアとは違う。分かって言っている。
ハロルドがガウガウ言いながらミズキを追いかける。
なんだかんだと言って馴染んでいるな。
トッキーとピッキーには、ハロルドが凄くかっこ良く見えるらしい。
「すごい。戦士様だ!」
「こんな強くて格好いいハロルド様がお仕えすることを望むなんて、お嬢様はやはりすごいお人です」
2人はすごく目をキラキラさせて、ハロルドを質問攻めにしていた。
「ガルダタロンの地竜と力比べをして勝ったのですか?」
「巨人の味付けパンを1人で全部」
ハロルドとの会話で、2人の驚く声がたまに聞こえていたが、ずいぶんと話が弾んでいたのが印象的だった。
そして、ハロルドは先生としても優秀だった。
「姫様にお仕えするのであれば、自らの身を守れるほどには強くあらねばならぬでござる」
そう言って、トッキーとピッキーを指導したのだが、少しの指導と半日分の課題で、二人は見違えるほど動きが良くなっていた。
ブゥンブゥンという棒を振るときの音が、ビュッビュという風切り音に、たったの半日で変わっていた。
ミズキもちょっとしたアドバイスが参考になると言っていたし、プレインも弓の練習方法を聞いたと言っていた。
「私も稽古をつけてもらって強くなるの」
ノアも乗り気だ。
新しい住人を迎え、穏やかな日が過ぎていったある日のこと。
「はーなせ! 離せったら離せ!」
聞いたことのない、甲高い女の子の声が響く。
「前々から、何者か潜んでいると思っていたでござるが、ついに捕らえたでござる」
ハロルドが抱えていたのは、女の子だった。
緑色の髪をして、青々とした緑の葉っぱや茎で編まれた不思議な服と靴。ノアよりもやや年上に見える女の子だ。
そして、ノアはその子を見て「お姉ちゃん……?」と呟いた。
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