第125話 かえりみち
信じられないほどの大声に一気に静まり返る。
ふとノアをみると、先ほどの恐怖はどこへやら、キョトンとした顔をしていた。
少し安心する。
「助けてもらったんだ礼を言え」
「だが……呪い子がいたら工事が……」
職人の一人が、ボソリと呟く。静まり返った状況では、ひどく響いて聞こえた。
「工事と、助けてもらったのは別の話だろぉが! そこのお嬢様は、自分の僕を労いに来ただけだ。工事が再開すればすぐに帰るつもりだった。その証拠にみろ! そこの一行は、昼食時に火を焚いていない。すぐに立ち去れるよう準備していた!」
ドスドスと足音をたてて、職人達を見回しながら怒鳴り続けている。すごい迫力だ。
その様子に誰もが何も言えない状況が続く。
「プハハ、そうだな。お前の言うとおりだ、クストン。なんだ、お前、親父さんに似てきたな」
年配の男性が、おどけたように前に出てクストンさんに近づいた。
「やめてくれ」
クストンさんは迷惑そうに手を振る。
それから二人は2・3言葉を交わしたかと思うと、職人の方を振り向いた。
「ま、今回は、まだまだ雪の季節だ。他が雪にうもってる所に、肉を焼いたりしたんだ。美味そうな匂いにゴブリンどもが集まるのも無理はねぇ。呪い子はともかく状況の問題だな」
穏やかな、それでいて大きな声で職人達に年配の男性は語りかける。
「そういや……、そうかも」
「そうか、匂いか」
その言葉に、職人達の納得の声があがる。
「魔物の襲撃は、そういうわけだ。珍しいことじゃねぇ。で……でだ。あの数の襲撃で、俺達がやられるわけがねぇ。だがよ。これほど、怪我人無しって状況にもならなかったと思うわけだ」
年配の男性が続けて語る内容に、ざわめきが起きる。
いつの間にか、職人達の空気が変わったのがわかる。そこには、ノアを……呪い子を非難するような感じは無かった。
「分かったら礼を言え!」
再びクストンさんの大声が響く。
「そうさな。俺達は、恩知らずじゃない。腕にも、魂にも自信があるれっきとした職人だ」
そんなクストンさんに、年配の男性も同意し声を上げる。
「すまねぇな、嬢ちゃん」
若い職人が、最初に声を上げた。それを皮切りに、次々にお礼の言葉が続く。
「あの、嬢ちゃんじゃなくて、ノアサリーナ様です」
「お、トッキーに怒られちまった」
しばらく、お礼の言葉が続いていたが、トッキーの声と、そんなトッキーをからかうような職人達の笑い声で、それも終わった。
皆が落ち着き、工事は再開した。ノアは工事を少し離れた馬車からこっそりと見ていた。とても興味深そうに見ていた。職人達は、そんなノアを非難したりはしなかった。むしろ、たまに手を振ったりしている。
そんな穏やかな空気のもとで、テキパキと工事は進み、すぐにオレの……ゴーレムの役目は終わりを告げた。つまり、明日からは出勤無しだ。嬉しい。
「すまないな。あんた達を怒らせるわけにいかなかった」
職人の人達と一緒に帰る、そんな帰り道でのことだ。
クストンさんから声をかけられた。
「いえ、とんでもありません。一喝していただいて胸のすく思いでした」
「そうかい。ピッキーにトッキーの今後を考えるとな、嬢ちゃんが、職人と険悪になるのは嫌だったのさ」
「お気遣いありがとうございます」
その言葉に、ノアの味方が増えたことを実感し、嬉しくなる。
「じゃ、そういうわけだ」
クストンさんは、職人達の方へと戻っていった。
入れ違いに泥だらけになったトッキーが戻ってきた。
「泥だらけじゃん」
「あの……ボーチル親方が、肩車してくれたんですが、倒れちゃったんです。その、腰を痛めたとかで」
みると、先ほど職人達を説得してくれた年配の男性が、若い職人に背負われて前を進んでいた。
その隣にはピッキーが、別の職人に肩車されているのが見える。どうやら、トッキーとピッキーは人気者らしい。
「はい、ノアノア」
そんな様子を眺めながら一緒になって歩いて帰っていると、ミズキがノアを抱えあげた。
「何やってるんだ?」
「ん? 何って、リーダがノアノアを肩車するんじゃん」
そのままノアをオレの肩に乗せようとする。
別に断る理由もないし、ノアを肩車する。
「なんで急に?」
「ノアノアが羨ましそうに見てたからね」
そういうことか。目の前をいく職人ほどに体格がいいわけでもないが、ノアを肩車するくらい問題ない。
「背が高くなったみたい」
すぐ真上からノアの楽しそうな声がする。
ノアを肩車したまま、トコトコと町への道を歩いてもどる。こちらの世界も、冬は日が落ちるのが早いらしい。短い昼の時間の終わり、夕日がみえる。
「それでは、おいらは親方達と一緒に町に戻ります」
「トッキー君、またね」
トッキーや、職人達とはお別れだ。職人達は、町へと歩いて戻り、オレ達は馬車にのって屋敷へと帰る。
「ノアもぉ、リーダも嬉しそうねぇ」
ノアを肩車から下ろしていると、オレ達の側をフヨフヨと浮いているロンロが、見下ろして言う。
「あのね、肩車してもらうとリーダみたいに背が高くなったみたいなの」
「そうなのぉ」
ノアは肩車が気に入ったようだ。こんなに喜んでくれるなら、またいつでも肩車してあげたくなる。
オレはともかく、職人がノアを受け入れてくれたのが嬉しい。
そう考えると、早起きして工事の手伝いの通勤生活も悪く無かったかもしれない。
馬車へと駆けて戻るノアの後ろ姿をみて、そんなことを考えた。
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