第115話 さるぞり
「エレク君、魔法が使えるようになって相当嬉しいみたい」
「早く元気になるといいっスね」
翌日。エレク少年が倒れた。そして今は、客間で横になっている。
少しだけ調子に乗りすぎてしまったのだ。
「これが氷剣創造の魔法です」
「あんまり冷たくないっスね。でも、結構使い勝手よさそうっス」
「こちらが水を燃やす魔法。それで、これが……」
エレク少年は、多種多様な魔法を知っていた。なんでも、何か自分でも使える魔法があるのではないかと、魔法陣を見る度に、憶え、試していたらしい。
何年も、何年も。
その努力に脱帽する。
そして、憶えた魔法のうちいくつかを実践してもらった。
結果的に、魔力が切れてしまい。倒れた。
楽しそうだったので、魔力が尽きかけていることに気がつかなかった。
彼も、オレ達も。
でも、いろいろな魔法を自らの手で起動したことは相当嬉しかったようだ。
「どれくらいで回復するでしょうか?」「回復したらまた魔法を練習してもいいでしょうか?」
こんな調子で、様子を見に行った同僚に何度も聞いていたようだ。
おれもその質問を受けたが、いつものような冷静な態度でなく、年相応な明るい調子だったので、寝ている彼をみて、なんだか嬉しくなった。
「リーダ様、私は魔法が使えたのです。あはは、魔法が使えたのです」
そんなエレク少年の言葉がとても印象に残った。
夕暮れには、吹雪も収まった。雪はとんでもなくつもり、オレの背丈の2倍は楽にある。
テレビで北国の様子をみたときに雪の壁に挟まれた道路を、車が走るシーンをみたことがあるが、あんな感じの壁が目の前にできていた。
吹雪の収まった日の夕方、エレク少年あてに手紙が届いた。差出人は、ヘイネルさんだ。
オレ達宛ての手紙もあった。内容は世話になったという事と、2日後の昼にエレク少年の迎えを送るという内容だった。
迎えにくるまでは、最初のテーマだった数学の勉強はどこへやら、魔法の練習をしてすごした。
「とても調子がいいのです」
そんなことを何度も言いながら、エレク少年は熱心に練習をしていた。
加えて、空き時間にいろいろな事を教えてもらう。
「こちらとこちらは、大型の魔物用に作られたバリスタですね。あと、これは調理器具……魚をミンチにする道具です」
特に、ガラクタ市で買った何だか分からない代物の正体が、解明できたことは朗報だった。加えて分かる範囲ではあったが、壊れている品物の修理方法も習うことができた。
大半がガラクタだったけれど、使えるものも沢山あった。
最終日には、魔法の盾を使いながら魔法の矢を放てるほどになっていた。一瞬で追い抜かれたノアは少しだけショックをうけていた。もっとも、ノアとエレク少年では年の違いがある。特に子供の頃は1年の違いが相当な差として現れる。そんなもんだよと、ノアを慰める。
「皆様にはとてもお世話になりました」
「またおいでね」
昼前には門のところで迎えをまつことになった。
「エレク様、雪の中どうやって帰るのでしょうか?」
馬や馬車がこの雪を進めるとは思えない。馬は預かっていて欲しいと申し出があったので、来たときに乗ってきた馬で帰ることはない。
「ヘイネル様が、力をお貸しくださります」
町を真っ白にするようなヘイネルさんだったら、魔法で解決するのだろうな。あたり一帯の雪を魔法で消し去ったりしてさ。さすがファンタジーな世界。
「なるほど、ヘイネル様であれば魔法で解決されるのでしょうね」
「魔法……ですか?」
「えぇ、例えば一帯の雪を魔法で消し去ったり……」
「ははは、さすがにヘイネル様といえどもそこまではできません。ほら、音が聞こえてきました」
何かが走ってくる音が聞こえてきた。音はどんどん大きくなる。
馬鹿でかい猿だ。肩にそりを担いでドンと降りてきた。魔物かと思い、緊張が走った。
「あれは?」
「ドゥースカ猿です。普段は工事などの補助に使います。長距離移動は、苦手なので調整が必要なのですが……今回は、わざわざ私のために用意してくださったそうです」
そりのエレク少年が乗ると、猿はまたそりを担ぎ、雪の崖をのぼって去って行った。
すごいなあんな猿がいるのか。
それにしても、そりもいいな。
犬ぞりとかで滑り回りたい。
「うわぁ」
オレが物思いにふけっていると、ミズキの声がした。エレク少年を見送るために、飛翔魔法で目の前にそそり立つ雪の崖をのぼったようだ。
「すごい、あたり一面真っ白」
カガミも浮遊魔法で上がる。オレ達も続く、ノアはオレが抱きかかえて宙に浮く。
チッキーはプレインが抱えていた。
おー。本当に真っ白だ。
さっき来たあの猿の足跡と、そりの跡がどこまでも続いているだけだ。
「素敵。素敵だと思いません?」
カガミの言葉に皆が頷く。
急遽、あり合わせでそりをつくって、ノアとチッキーを乗せ、みんなで動かしてあそんだ。
「犬がいればな」
思わず呟く。
そういやハロルドは今、どの辺りにいるのだろう。
きっと春頃には会えるだろうと、そんなことを考えた。
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