第106話 らんにゅう
遙か遠くにクローヴィスが見える。
今日は銀竜の姿だ。ロープの束を抱えて、優雅に飛んでいた。
あの重いロープを抱えて飛ぶのは本当に凄い。
自慢するだけはある。
ここからではわからないが、ノアが背中に乗っているのだろう。
「本当、自由に飛べるんだな」
なんとなく独り言を呟く。
山の中腹にぽっかりと空いた、温泉のある空間の端に腰掛け、銀竜クローヴィスを見やる。
オレがいるのは温泉の側につくられた乗り場だ。
トッキーとピッキー、それにレーハフさんが作ってくれた。
屋敷にあるものより立派な乗り場だ。さすがレーハフさんと言ったところだ。
ピッキーは、これを目標に屋敷にある乗り場を作り込むらしい。
「親方は凄い人なんだ」
この乗り場からの風景を眺めていると、目をキラキラさせながら語っていたピッキーを思い出す。
昨日で工事は一通りおわり、明日からは運営スタッフが入りリハーサルを始めるそうだ。
「リーダ、そっちの調子はどうなんだ?」
まったりしていると、後ろから声をかけられた。
バルカンだ。
「順調だよ。良い感じだ」
「そうか、それならよかった。そうだ……昼を一緒にどうだ? デッティリアが簡単な料理を作っているぜ」
「そっか。じゃ頂こうかな」
笑顔で頷き了承する。
温泉には今、オレとバルカン、そしてバルカンの知り合いであるデッティリアさんしかいない。もうすぐノアにクローヴィス、そしてロンロが合流する予定だ。
バルカンとデッティリアさんは、幼なじみらしい。
紹介のついでに、温泉宿が上手くいったらオレ結婚を申し込むのだとか言いだして驚いた。
元の世界だと、普通に死亡フラグだ。
オレの返事を聞いて、温泉そばにある小屋へと戻っていったバルカンを見送った後、再びまったりと空をみる。
「リーダ!」
物思いにふけっている間に、ノアはずいぶんと近くに来ていたようだ。
声のする方をみてとても驚く。
ノアはクローヴィスの背に乗っていなかった。
前足でつままれるように、空飛ぶクローヴィスにぶら下がって、ロープの端っこをもっている。リール状の物に巻き付けられたロープはクローヴィスが後ろ足で抱えている。
「危ない!」
見た瞬間に、冷や汗がでて、反射的に声をあげる。
「大丈夫!」
明るい調子でノアが返してきた。ここからは見えないが、多分満面の笑顔だろう。
「この辺りで止まればいい?」
「もうちょっと棒に近寄って」
「了解!」
ノアはクローヴィスとの短いやりとりの末に、乗り場に設置されたポールへ、上手くロープを通して絡めてから着地した。
「みてみて、上手くできたよ」
つままれた状態のまま、ノアは両手をパタパタ動かして大はしゃぎだ。
見ているオレはヒヤヒヤしっぱなしだ。
フワリと軽やかに着地したノアがこちらへと駆け寄ってくる。
「危ないなぁ」
「あのね。私がロープを結ばないと駄目だったの」
「そうなの?」
「クローヴィス、竜の姿だとロープを結んだり細かいことできないんだって」
なるほど。細かい作業はノアが、重いロープを持ち運ぶのはクローヴィスと役割分担したわけか。
ともかく大きな作業はこれで全部終わった。
「ともかく、うまくロープを絡めることができたね」
「うん!」
あとは、絡めたロープをしっかりと固定するだけだ。あと一歩だ。
そんなとき。
「空から! 空から、何かがくる!」
クローヴィスが叫んだ。
それは、オレ達が見えていないかのように温泉に飛び込んできた。
大きな水しぶきが上がり、視界が湯気で覆われる。
そんなかすむ視線の先にいるのは竜だった。
クローヴィスより一回り大きい。不格好な暗い緑のトカゲに似た外見で、コウモリに似た羽が生えている。大きな目がギョロギョロと辺りを見回し、すぐにバルカンを捉えた。
「あの時の飛竜……なんでだ!」
バルカンが叫ぶ。
その声に呼応するかのように、竜はその場で大きく足踏みしたあと、バルカンへと飛びかかった。
『ガン!』
金属質の塊がぶつかる音がした。
「ヒャァ」
ほぼ同時にデッティリアさんの叫び声が聞こえる。
よく見ると、バルカンが大きなハンマーを両手で持って、飛びかかってきた竜を殴りつけたのがわかった。
飛竜は殴られてもひるまず、大きく羽ばたく。
そしてオレ達の頭上へと飛び上がったかと思うと、大きく旋回してバルカンめがけて飛んでいく。
『ゴォォン』
そこに割り込むように、駅で列車が通過するような音を伴い、青い光が走った。青い光は飛竜の脇腹にぶち当たり、次の瞬間バチバチと黄色い火花を飛竜の体中に引き起こす。
空中で、ブルブルと細かく痙攣したあと、羽ばたきを止めた飛竜は山の下へと落ちていった。
青い光が放たれた方、オレの後ろを見やるとクローヴィスとノアがいた。
あれはクローヴィスの攻撃だったのか。
「大丈夫?」
ノアが駆け寄ってくる。
「あの飛竜が生きていたなんて……冒険者が討伐したんじゃなかったのか」
バルカンが苦々しいといった調子で呟いたあと、溜め息をついた。デッティリアさんは、座り込んだバルカンのズボンを掴んでいた。酷くショックだったようで、青い顔をしている。
「大丈夫?」
もう一度、ノアがもう一度不安そうに声をかけてきた。
「大丈夫だよ」
笑顔でノアをみて答える。
「あれくらいだったら、ボクが何度でも倒すよ」
人の姿になったクローヴィスが得意気に言いながら、温泉の端へ駆けていき、飛竜の落ちていったあたりをみていた。
余裕の表情だ。
その余裕な様子をみて、以前の大鹿を思い出した。あの時は油断して、突如起き上がったヤツにやられたんだ。
今のクローヴィスがその姿にダブる。
「クローヴィス! まだだ、気を緩めるな!」
思わず叱りつけるような口調で声をかける。
「大丈夫だよ。倒したよ。手応えがあったんだ」
オレの方を振り返り、笑って返答した瞬間。頭上から飛竜が落ちてきた。
この温泉は、テストゥネル様の攻撃によって山が囓られたような場所にある。
その温泉の天井に、いつの間にか這い上がりチャンスをうかがっていたのだ。
『パァン』
乾いた音がした。
事態は一瞬で変わる。
落ちてきた飛竜は、あっけにとられるクローヴィスを、大きく振り回した尻尾で攻撃し、温泉のある場所から叩き落とした。
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