第105話 てびょうしとまどうぐ

「頼もしいじゃん」


 お茶請け代わりにカロメーを囓りながら、ミズキが軽い調子で賞賛する。


「うん。このお家から、温泉までロープを張るんでしょ」

「ところでクローヴィスは、空中で止まったりできるっスか?」

「止まることも、宙返りだってできるよ」


 とても自信のある様子だ。

 ミズキがパチパチと手を叩き、それをみたノアも習って手を叩いている。


「マジか……。それなら、早速ロープを張る準備をしよう」

「あれ? ロープってまだ買ってないよな」


 オレの一言に、椅子から立ち上がりかけたサムソンがしまったという顔をする。


「ピッキーが買い付けして、次に戻ってくるとき持ち帰る予定っスよね」


 次にピッキーが帰ってくるのは、4日後か。

 今日のことにはならないな。

 次にクローヴィスを呼んでもいい日を確認する……10日以上先だ。ずいぶん先になる。


「今日すぐにロープ張るってわけにはいかないようだ。次の機会ってことになるな」


 テストゥネル様からの手紙をプレインに渡し、延期となる見込みを皆に伝える。

 クローヴィスが、がっかりした様子で肩を落としていた。


「それじゃ、残りを進めよっか。今日は、クローヴィスのおかげでサムソンの作ってるやつが完成するんでしょ」


 サムソンの作っているやつ……環境転移を利用する魔導具か。


「まかせろ。転移先の座標を確認できたぞ。これで一気に進めることができる」


 頼もしい言葉だ。


「クローヴィス君のおかげっスね」


 それから夕方までは、環境転移の魔導具作りを皆ですすめることにした。

 オレの膝くらいまでの高さがある壺に、環境転移の魔導具を仕込む。

 魔導具を起動させると、壺の中は灼熱の空間になる。

 その灼熱の空間に、温泉のお湯を流し込むことでお湯の温度を上げる。ついでに流し込むお湯に含まれる魔力を使うことで、環境転移の魔法を起動させ続ける魔力をまかなう予定だ。

 お湯で環境転移の魔法を起動させ続けることができるのは実験済みらしい。

 ちなみに今回使う壺は、ガラクタ市で買った代物で、やたら重くて不格好な代物だ。

 設置してみて駄目なら、ふさわしい物を改めて準備すればいいだろう。


「よし。これで材料は全て揃った。魔法陣も用意した。あと少しだ」


 空き部屋に、魔法陣が描かれた布を敷く。それから次々と材料を置いていく。


「いっぱいあるっスね」

「岩塩に、石灰、鉄粉に水、貝殻に、琥珀……大量の鳥の羽、それから……」


 延々と説明される材料は、本当に多種多様だ。

 次にサムソンは皆に紙を配った。

 書いてあるのは呪文だった。環境転移の魔導具生成の呪文だが、これが結構長い。さすがにゴーレムを創造した時ほどでは無いが、なかなかのボリュームだ。


「なんだか、途中で噛みそうな気がするよ」

「失敗しても、触媒は消えない。実験済みだ」


 早速、皆でそろって詠唱する。ところが詠唱に苦戦する。

 ゴーレムの時も思ったが、ある程度皆の詠唱を揃えないと言い間違えをしてしまう。どこまで詠唱したのか分からなくなるのだ。

 加えて初見の魔法だ。ゴーレムの時は、ゴーレムを研究する中で何度も唱えたり、他人の詠唱を聴いたりしていたので、練習なしでも揃えられたが、今回は違う。


「意外な落とし穴があったな」

「リズムをとって詠唱するのがいいと思います。思いません?」

「……リズムっスか……じゃ、ノアちゃんにクローヴィス君、それにチッキーに手を叩いてもらうのはどうっスか」

「いいじゃん。なんか盛り上がりそうだし」


 カラオケで手拍子入れている風景が目に浮かぶ。なるほど、手拍子でリズムか。

 プレインの提案を聞いて、ノア達3人は話し合いを始めた。

 しばらくして、ノアがパチンパチンとリズミカルに手を叩きながら話始める。


「あのね、草笛の歌はこうやって手を叩いて歌うの。こんな風に手を叩けば良いの?」


 草笛の歌? 有名な歌なのだろうか。クローヴィスにチッキーも知っている歌なら問題ないだろう。


「そうそう。そんな風にリズムを取って欲しいと思うんです。お願いね」

「じゃ、スタート!」


 ミズキが手を叩き、それを合図に詠唱を始める。

 一定のリズムで手を叩く音が聞こえ、その音に合わせて詠唱する。

 ちょっとした合唱だ。

 詠唱しているうちに、楽しくなってきて不思議な一体感があった。そして誰も間違えず詠唱できたこともあって魔法は成功した。

 空中に小さな青い球体が出現し、床に置いた材料が吸い込まれていく。吸い込む間に幾度となく点滅するように色を変えた球体は、やがて白い半透明な球体になり、ゴトンと音を立てて地面に落ちた。


「キュペンモーア水晶玉……ですか」


 カガミが地面におちた球体をのぞき込むように見て声をあげる。看破の魔法で、読み取ったのだろう。


「成功したようだ。これを真っ暗な空間において一晩おくと、置かれた空間が入れ替わる」

「魔力は使わないんスか?」

「少しだけ使う。だから水晶に蓄積された魔力が尽きると……、環境転移は終わってしまうな」

「駄目じゃん」

「この球体に、魔力吸収の魔法陣を直接書き込む。あとは次々注がれる温泉から魔力をとれば半永久的に動く……はずだ。試しに作ったやつだと上手くいった」


 あとは実際に温泉で動かして確認することにした。

 魔導具が完成し、後片付けが終わってみれば夕方だった。

 そろそろクローヴィスが帰宅する時間だ。


「クローヴィス、また遊ぼうね」

「そうだ。クローヴィス君……テストゥネル様に、念のため、ロープを張る手伝いしていいか聞いておいて欲しいと思うんです」

「よくわかんないけど……いいよ。それじゃ、またね」


 そんなやり取りをして、クローヴィスは帰っていった。

 カガミとしては、クローヴィスに手伝ってもらって大丈夫なのかが心配なのだろう。

 オレは心配していない。

 テストゥネル様の手紙にも好きにさせていいとあったわけだしな。

 そして4日後にロープを受け取る、ピッキーが買い付けた丈夫なロープで、金貨20枚もした。馬車に積むのが大変だと連絡があって、オレが受け取りに行った。このようなロープは通常は帆船に使うそうだ。

 そんなオレ達が好き勝手に魔導具を作ったり、ロープウエイの準備をしている間も、温泉にかかる工事は急ピッチで進む。

 気がつけば、温泉の工事も終わり、隣接する宿も完成という日になった。

 その日は、クローヴィスがやってくる日、オレ達のロープウエイが完成する日だった。

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