第89話 おきらくなひとたち

「諦めるなんて、とんでもないと思います。思いません?」

「思う。がんばろうよ」


 帰ってきたカガミとミズキに、温泉は諦めようと伝えたら、即座に反対された。

 ミズキはともかくカガミにも反対されるとは思わなかった。

 そんなに楽しみだったのかと、驚く。


「ハードルが高いんだよ」


 ヘイネルさんに言われた課題を説明する。

 つまり、ノアサリーナ商会以外が温泉の運営をすること。運営をする者は、自らが運営できることを証明し、貴族などの圧力に対抗できること。


「大丈夫じゃん」


 オレの熱弁に、ミズキは楽観的な返事をした。

 どういうことだ、何か秘策でもあるのか?


「え? ミズキ氏はどうするつもりなんだ?」

「どうせリーダがなんとかしてくれるでしょ」


 こいつ、オレの話を聞いていなかったのか? というか丸投げじゃないか。領主といい、ミズキといい、最近は丸投げが流行っているのか。困ったものだ。


「まったくもう……ミズキはともかく、最初に解決する必要がある事は決まっていると思うんです。思いません?」


 まるでとっかかりが無い状況だったが、カガミには解決策があるのか。


「最初に解決すること?」

「ノアサリーナ商会……つまり私達以外の誰に温泉を任せるかを決めることが大事だと思うんです」


 言われてみれば、それは大事というか、絶対解決しないといけない話だ。だが、あてがない。まるでない。


「誰か頼れそうな人しってる?」

「……いないっスね」

「俺を見るなよ。いないぞ」

「知ってそうな人に聞けばいいじゃん。バルカンとか」


 バルカンか。顔の広いあいつなら、頼れる人を知っているかもしれない。

 ついでに何かアドバイスもらえる可能性もあるな。

 もっとも、あいつが何処にいるのかよく知らない。昔、なんとか商会所属と自己紹介していたから、どこかの職員だと思うけれどちゃんと聞いていなかった。


「とりあえず明日からさ、交代で町に探しにいこうよ」

「探してアドバイスをもらうっスね」


 なんだかんだと結構会うことも多い奴だから、町に毎日いけば会えるだろう。

 とりあえず、バルカンを探してアドバイスを貰う方向で話はまとまった。


「毎日、私が行ってもさ、いいんだけどね」


 初日、ミズキはこんなことを言っていたが、2日目にはオレが行くことになった。

 きっかけは2羽のトーク鳥だ。

 一羽目は昨晩のこと、帰りは明日になるというミズキからの伝言。

 二羽目は今朝にあったミズキが動けないという伝言。

 そんなトーク鳥が話す片言の伝言を聞いたときは、皆が騒然となった。


『二日酔いで辛い。エリクサーをもってきて byミズキ』


 トーク鳥が運んできた手紙を読むまで、戦慄した空気は続いたものだ。


「ハァ……」


 溜め息がでる。

 皆でじゃんけんをして負けたオレが薬を持って行くことになった。

 ミズキは何をやっているのだか。

 不安がるノアをなだめて、そそくさと、支度もほどほどに屋敷をでる。

 今日はロバさん任せで荷台でゴロゴロしながら町へと向かう。

 御者がいなくても、任せておけば町につくので賢いロバさん様々だ。

 揺られる荷台で空をみる。今日は晴れだ。やや肌寒いが、冬という感じはしない。

 こんな時に温泉はいれたら気持ちいいだろうなぁ。

 ガタゴトとリズミカルに揺れる荷台の中で、そんなことをふと思った。

 鳥の鳴き声が遠くの方で聞こえる。

 のんびりとした良い天気だ……。


『ペシペシ』


 唐突に、誰かがオレのほっぺを叩く。荷台で寝ていたようだ。

 目をあけると、兵士のおっちゃんと目が合う。


「起きたか!」


 嬉しそうな声だ。何かあったのだろうか?


「えぇ。まぁ」

「そうか、一体何があったんだ? 御者のいない馬車、荷物もなくお前一人だけが気を失っていたんだ? 仲間は、仲間はいないのか?」


 そこは西門だった。寝ている間に、町へと到着したようだ。

 なんだろう。

 まるで大事件にでもオレが巻き込まれたかのような言い方だ。

 荷物が無いのは、もともと手ぶらで来たから。つまり、元々カラ。

 もっともポケットに、お金とエリクサーは持っているわけだが。

 影収納の魔法を使っていなくてよかった。下手したら中身ぶちまけていた。

 対策を急がなくてはならないと思う。

 それにしても寝ていましたとは言いづらい雰囲気だ。

 どうしようかと考えあぐねていたら、遠くから知った顔の人がやってきた。

 エレク少年だ。助かった。


「エレク。リーダ殿は目を覚ました」

「それは良かった。あとは私が引き受けます」


 エレク少年が来ると、役目はおわったとばかりにオレの周りにいた兵士は立ち去っていった。


「正直なところ、困ってました」

「差し支えなければ何があったか教えて頂けませんか?」


 酷く心配そうに質問されたエレク少年をみると、少し気まずい。


「知人を探しに町へ来る途中寝てしまっただけです。今日は良い天気ですね」


 うまい言い訳が見当たらないので正直に話した。

 あきれるかと思ったが、予想とは違い驚愕の顔でオレの言葉を聞いていた。


「魔物も獣も恐れず町の外で熟睡できるとは、さすがリーダ様です。ところで知人とは、どなたをお探しで? もしかしたら、お力になれるかもしれません」


 なんだかオレを高すぎる方向で誤解している気がする。


「バルカンという名前の男です。少し商売のことで相談しようと思いまして」

「バルカン……様……ですか」


 エレク少年の顔が、曇った。


「ご存じなのですか?」

「えぇ……。おそらくその方は、今であればタイウァス神殿にいるかと思います」


 居場所もピンポイントで知っている。

 口調から友人といった感じもしない。なんとも居心地が悪い。


「寝てったって、まったくリーダは何やってるんだか」


 ミズキの声がした。ふとエレク少年の後ろをみると、ミズキがいた。


「大丈夫なのか?」

「リーダが倒れたって宿屋のおかみさんから聞いて、頭が痛いなか来たのよ。あーしんど」


 いつの間にか西門に来て、オレ達の話を聞いていたらしい。そんな青い顔をしたミズキと合流する。

 バルカンの居場所を教えてくれたエレク少年にお礼を言い、タイウァス神殿に行くことをした。

 すれ違いになってはかなわない。急がなくては。

 それにしても、タイウァス神殿とは……つくづく縁がある。

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