第88話 よびだし

 がっかりしたまま帰途につく。

 残念なお知らせを持ち帰ることになるのもあって、足取りは重い。

 宿に戻ると、サムソンとプレインだけがいた。


「残りの皆は?」

「呼び出された」

「誰に?」

「イザベラとかいう貴族だ。仕事を頼みたいのだと」

「チッキーだけは、レーハフさんの所行ってるっス。今日は向こうで泊まりっス」


 仕事を頼むのか。夜までに帰ってくるかな。

 ミズキとカガミがいれば大丈夫なはずだ。もし、助けが必要ならロンロが来るだろう。

 せっかく町に来たので酒場で時間を潰すことになった。

 適当に料理とお酒を頼む。


「領主の呼び出しはどうだった?」

「テストゥネル様が襲来した一件は、大丈夫だったよ。すぐ終わった。ただ、温泉は王様のものだってさ」

「そうなんスね」

「そりゃ、そうだろうな」


 プレインは残念がっていたが、サムソンはあっさりとしたものだった。


「サムソンは、予想していたのか?」

「元の世界でもそうだったろ? 地下資源ってのは、公共のものだぞ」


 そうなのか。

 第一発見者のものだとばかり思っていた。


「発見者のものかと思ってた。せめて一割欲しいよ」

「そうだな。運営する権利を一割くらいもらえれば、月1で温泉いけるな」


 なるほど、利用する権利か。

 誰の者でもいいから、貸し切りで月1回つかえれば満足できる。

 それは良い考えだ。


「明日、温泉まで案内する約束だから聞いてみるよ」


 せっかく見つけた温泉だ。少しくらいは貸し切り状態で使いたい。


「とりあえず任せる。もっとも屋敷から温泉までの道がなぁ……」

「直線距離だったら近いんスけどね」


 せっかくの温泉なのに、なんだかネガティブな意見しかでてこない。

 ここでミズキがいれば、もうちょっと前向きになるのに……何をやっているのだろう。


「こんなところにいたわぁ。もう探したのよぉ」


 グダグダと話をしていると、ロンロが酒場の壁をすり抜けてオレ達に近づいてきた。


「仕事って何だったんスか?」

「ドレスと装飾品をプレゼントするのでぇ、身につけて社交の場ではギリア特産だってアピールするんだってぇ」

「広告塔か……で、社交っていつやるの?」

「さぁ」


 詳細は3人が帰ってきてから聞けばいいかな。

 社交か。イメージとしては、音楽が奏でられている広場で踊ったり喋ったりしている印象だ。

 少なくともオレはやりたくない。

 自分じゃなくてよかったとホッとする。

 しかしながら料理は気になる。今、目の前にある魚料理もそうだが、この世界は美味しくて食べやすい料理が多いのだ。

 オランド亭で食べたカニ鍋も美味しかった。


「社交は嫌だが、料理は食べたい」

「同感っス」

「俺もだ」


 オレ達3人の意見を聞いて、ロンロはあきれたようにノアの元へと戻っていった。

 そして、その日は野郎3人で寝る。

 二部屋借りていたので、オレは一部屋独占した。カガミから、帰宅は明日になるが、屋敷まで送ってもらうので、先に帰って欲しいとの伝言があったからだ。

 仕事のために一泊するとは、がんばるものだ。

 かくいうオレも最近働きづめだ。明日が終わったらゴロゴロしよう。

 独占した部屋のベッドで横になり、そんな決意を胸に秘めて寝る。


「よく眠れたかね?」


 翌日、一人トボトボとお城に行ったオレを、寝不足で目の下にクマのあるヘイネルさんが迎えてくれた。


「はい。今日は温泉まで案内すればよろしいのでしょうか?」

「そうだ。案内してくれれば、後のことはこちらで行う」


 お城で用意された馬に乗り先へと進む。護衛の兵士を除いてみても10人を超える一団で、オレとヘイネルさんが先頭を進む。


「温泉を調べたあとは、どのような流れになるのですか?」

「ふむ。使えると判断されれば、領主が王へと報告する。今回は温泉だ。鉱山などとは違う。すぐに領主に任されるだろう」


 王様の物なんて言っていたが、実質は領主がなんとでもできる物なのか。

 ヘイネルさんの口ぶりから、温泉の利用権はたいしたことなさそうだ。


「そうなのですね。では、領主様がお城の誰かに命じて、温泉を利用することになると」

「ふぐ……。ふむ。そうだな。それから先は、おそらくギリアにいる大商人にでも任せることになる。そのうえで、利用の対価として金銭を毎年献上してもらうことになるだろう」


 オレの質問とほぼ同時に、お腹を押さえてヘイネルさんが答える。

 やっぱり今日のヘイネルさんは少し体調が悪いようだ。ご自愛いただきたい。

 王から領主、領主から大商人か。実質、大商人が温泉の運用は左右できるってことか。

 もしオレ達が、大商人の代わりができれば、温泉が独占できるかもしれない。

 そんな話をしつつ温泉まで到着する。

 温泉についた後は、お城の役人が温泉を調べるのをボーッと見るだけだった。

 小瓶を取り出したり、木札を取り出したり、調べているのは分かるが何をやっているのかさっぱりわからない。

 作業風景をみるのはすぐに飽きて、温泉からの景色をみることにした。

 こうやってみると屋敷までは結構近いことが再確認できる。

 飛べばすぐだ。飛翔の魔法ってのがあったんだっけ……後で調べてみよう。


「ふむ。眺めはすばらしいな」


 いつの間にか、ヘイネルさんがすぐ側でギリアの町を眺めていた。


「確かにそうです。ここからはギリアの町が一望できます」

「この場所から見るギリアの町は、普段より一層歴史を感じさせてくれる」

「歴史……ですか。ギリアの町は、有名な画家が王より領土を賜ったのが始まりだとか」

「ふむ。その通りだ。知っていたか……」

「テストゥネル様がギリアの絵とそれにまつわる話を、教えてくれたのです」

「ギリアの絵? そうか、なるほど、テストゥネル相談役ならば当然かもしれぬ」

「テストゥネル様は有名なのですね」

「ヨラン王国は、ロウス法国と親交があるのでな。もっとも、龍神たる真の姿があれほどとは思いもしなかった」


 なるほど、いつもおばちゃん形態なのか。


「いや、いきなり山を吹き飛ばしたときは驚きました」


 見上げつつ言葉を発したオレをみて、ヘイネルさんが同じように見上げた。

 攻撃によりえぐられた山の断面が、溶けて固まった様子が見て取れる。


「すさまじいものだ。かつて世界の三分の一を荒野に変えたという伝説も頷けるものだ」


 テストゥネル様、そんな物騒なことをしていたのか。

 怖い怖い。怒らせないようにしなくては。


「ヘイネル様。こちらを」


 風景を見ながら話をしていると、役人が何やら書面をもってやってきた。

 調べ終わったようだ。

 ヘイネルさんは、書面を見ながら役人に質問をしている。

 役人への質問はすぐに終わった。


「ふむ。理想的だな。問題なく王都に報告できる」


 言葉とは裏腹に、苦々しい顔をしてヘイネルさんが呟いた。


「それは良かったです」


 表情から理想的かどうか疑わしいが、とりあえず同調しておく。


「ギリアの絵か……、私も一目みたいものだ」


 それからの城へと帰る道すがら、ヘイネルさんに話しかけられる。


「見たことがないのですか?」

「ふむ。画家ギリアの絵は、王都に数枚あるのみだ。全てが王の所有物だ。簡単に見ることはできない」


 屋敷に掛かっていた絵は、そんな貴重な物だったのか。

 売ればいくらになるのだろう。


「ギリアの町なのに、1枚もないのですね」

「かつては……あった。だが、ギリアの町で起こった大火災で失われたのだよ。ギリアの絵にはじまり、多くの命、財産が失われた大火に、王はお怒りになった。そして、領土は取り上げられ、この地は王の直轄領となった」

「今の領主様は?」

「立場は代官にすぎない。そう考えると、独立した領土としてのギリアは、画家ギリアの描いた絵に始まり、ギリアの絵により終わったともいえる」


 あの領主様は、代官なのか。

 人事異動よろしく、そのうち変わるってことかな。

 でも、そんなに貴重な絵だったら相当高い値段がつくはずだ。

 あとで看破の魔法を使って価格を調べてみよう。


「では、この度の謝礼だ」


 城へ着いてすぐに、ヘイネルさんから小袋を手渡される。

 中には銀貨が8枚入っていた。


「ありがとうございます」

「ふむ。今日はご苦労だった。私は、これより仕事があるので失礼する」


 それだけいうとヘイネルさんは立ち去ろうとした。


「最後に一つ、教えて頂きたいことがございます」

「ふむ。なにかね?」


 せっかくなので温泉について聞いてみることにする。


「温泉について、私どもに任せて頂ける方法はないのでしょうか?」

「ないな」


 即答だ。


「どうしてでしょうか?」

「君達の主は呪い子であるノアサリーナだ。領地の事業を呪い子に任せるわけにいかない」


 確かにいわれればそうかもな。商業的な意味合いで、その言い分はしょうがないと思う。

 ヘイネルさんは、右手をあげて指を2本立てた後、言葉を続けた。


「仮にだ。君達が、傀儡となる商会を表に立たせたとしよう。その場合にも、その商会が事業を行うことができることを証明しなくてはならない」

「それは必要でしょうね」


 権利は欲しいです。もらった権利は使えません。そんな話は通用しないというのは納得できる。

 そして、ヘイネルさんは指を一本倒す。


「最後に、大商人やその後ろ盾となる貴族の圧力に対抗する方法が必要だ。しかも、それは領主に説明できなくてはならない」


 大商人の後ろには貴族がいるのか。言われてみれば当然か。利権をもっている人達ということかな。そんな人達を説得もしくはねじ伏せる何かが必要と……。

 うん、面倒くさいな。止めよう。そうしよう。


「私には荷が重いようです。ご教示いただきありがとうございました」


 笑顔でお礼を述べ、城から立ち去る。

 そんなオレをみて、ヘイネルさんは満足したらしく頷いて仕事へと戻っていった。

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