第83話 りそうにはまだまだとおい

「私達は、多重命約奴隷として異世界より召喚されました」

「そのようであるな」


 やはり気がついていたか。

 まぁ、人の思考が読めるくらいだから、それくらい簡単なのだろう。


「術者の望みを全て叶える他に、帰還する方法はないのでしょうか?」


 皆が、驚いたようにオレをみる。


「リーダは、帰りたくないと思っていました」

「オレは帰りたくないよ。でも、帰りたい人間がいることも知っている。皆を代表して質問しだだけだ」


 オレの回答を聞いて納得した同僚もいるが、視線を外す者もいる。

 それぞれ思うところがあるのだろう。


「妾の力をもってすれば、禁術により結ばれた契約を破壊することは容易い。契約さえ破壊すれば、其方らは今すぐにでも帰還できる」

「……と、いうことだ。元の世界に帰ることを希望する人がいたら教えてくれ」

「ノアノアは?」

「オレから説明するよ」


 ノアは悲しむだろうな。

 だからといって、同僚が絶対に残らないといけないわけでもない。

 泣かれても、怒られても、ノアにはできる限り納得するまで説明するつもりだ。


「何日か考えてもいい……ことなのでしょうか?」


 両手に包むように持ったカップを見つめたまま、独り言のようにサムソンが問いを発した。


「妾は、別にいつでもかまわぬ。しかし、クローヴィスが帰ってきたら妾は国に戻る。もし、帰るのであれば、妾の元まで来て貰わねばならぬ。其方らの為に、こんなところまで来る気はないのでな」

「テストゥネル様のいる国は遠いところなのですよね?」

「人の足では、半年といったところか。まぁ、多少の手助けはするよう領主には言い含めておこうかの」


 半年かかるというのは相当な距離だ。

 今すぐ決断するか、それともしないのかで今後の方針もかわってくる。


「そっか。じゃ、私はもうちょっとだけ、この世界にいようかな」


 ミズキが軽い調子で続ける。


「何時でも帰れるなら、ちょっとした海外旅行みたいなもんだしさ。この世界で、遠い距離を移動するのも旅行みたいで楽しそうだしね」

「そうっスね。ボクも、別にこの世界嫌いじゃないし、ミズキ姉さんに同感っス」


 プレインもそんなミズキに同調する。


「そうか。俺は……今日は帰らない。でも、少し考えさせてくれ」


 苦笑しつつ考えたいと意見を言ったあと、サムソンは席を立った。

 そして、テストゥネル様に会釈をして部屋から出て行った。


「サムソンは……両親が心配だと言っていたと思います」


 そういえば、そうだった。ただ、その発言に少しだけ引っかかりを感じる。

 何かを忘れている気がしたが、後で考えることにする。

 遠い異国か。テストゥネル様は飛んで来たんだよな。

 あれ?

 あの人はどうやって来たんだろう……、もしかしたら、簡単に移動できる方法があるのではないかと閃く。


「テストゥネル様、あの女の人はどうやってこの場所に来たのでしょうか?」

「ジタリアかえ? あの者は妾の影に潜りこみ共に参った」


 残念。瞬間移動的なものではなかったのか。

 考えてみれば、テストゥネル様の背中に乗ってもいいわけだし、瞬間移動は高望みだったかな。


「瞬間移動の魔法があればと期待していました」

「刹那にて、遙かな隔たりを駆ける術は、召喚魔法か禁術くらいじゃの。そして召喚されたものを、重ねて召喚はできぬ。ゆえに、其方らが望むは諦めたほうがよいであろ」


 つまりオレ達は召喚されてこの世界に来ているから、召喚魔法で長距離移動は無理ということか。

 結局は、テストゥネル様の所へ行きたければ旅をすることになる。


「物事なかなか上手くいきませんね」

「そうさな。其方は、これで我慢しておれ」


 どこからか取り出した掌くらいの大きさをした布を投げ渡された。布には魔法陣が描いてある。


「これは?」

「影に潜る魔法じゃ。其方は、影を使った面白い魔法をつこうておるからな。お似合いであろ」


 影収納の魔法のことか。確かに、影にまつわる魔法を使いこなすってのは格好いいかもしれない。


「ありがたく頂きます」


 とりあえず帰る方法と、その協力に関する約束は取り付けた。

 後は……。

 オレがもう一つだけ質問をしようとしたときに、チッキーと赤い髪のジタリアさんが戻ってきた。


「お茶をお裾分けしてもらったでち」


 チッキーはニコニコ顔だ。


「お茶、欲しいと思っていたんです。ありがとう」


 カガミが笑顔で答える。本当に嬉しそうだ。

 水ばかりは飽きていたのだろう。


「チッキーも嬉しいでち。あと、ジタリア様からお茶の苗木を送ってもらえる事になったでち」

「ありがとうございます。頑張って育てたいと思います」


 苗木か。育てればお茶の葉が採れるってことなのかな。

 一列にずらっとお茶の木が並ぶ風景が頭に浮かぶが、将来的にはあんな風になるのだろうか。


「さて、そろそろ戻ってきたようであるな」


 オレがお茶畑の風景を想像していると、テストゥネル様が思い出したように広間の扉をみて声をだした。

 ほどなく、扉がひらき笑顔のノアが入ってきた。


「あのね。すごかったんだよ。みーんなが小さくなってね」


 手を大きく振り回し、何かを伝えようとノアはしていた。

 その様子から、クローヴィスと仲直りできたようだ。


「小さくなったっスか?」

「そうなの。クローヴィスにね、背中に乗せてもらって、空を飛んだの。高く高く飛んだらね。お城が小さかったの」


 なるほど。テストゥネル様が言っていた景色とは、空からみた景色のことだったのか。


「城が小さくみえるなんて、相当な高さだな」


 オレだったらそんなにはしゃげないと思う。

 怖い。

 それから遅れて部屋に戻ったクローヴィスに、ノアは笑いかけたあと。

 オレ達をみて、意味ありげに微笑む。


「それにね、すっごいもの見つけたんだよね。クローヴィス」


 すごいもの?

 なんだろうか。

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