第82話 こころからのしゃざいを

 オレの感傷的な気分はさておき、広間は微妙な空気につつまれた。

 そんなとき、いち早く動いた者がいた。

 ノアだ。

 先ほどの笑顔はどこへやら、無表情でツカツカとクローヴィスの方へ歩み寄る。

 そして、倒れた椅子を元に戻そうとした。

 少しばかり力がたりず、手をこまねいていたが、側にいる赤い髪の女性に手伝ってもらい元に戻した。

 それから、クローヴィスを睨み付ける。


「どうして、そんなこと言うの?」

「ノア……?」


 ノアが怒っている。

 クローヴィスは、ノアの怒っている姿に気圧されているようだ。


「お母さんが迎えにきてくれたんだよ」

「ボクは……」

「なんで迎えに来てくれたのに、どうしてそんなこと言うの? 私なんて、私なんて、ママが……ママが……」


 怒ったままノアがポロポロと涙を流す。


「ノア……ボクは……」

「嫌い。クローヴィスなんか、一人で帰れ! 知らない!」


 呆然としたクローヴィスを両手で押し出すように突き飛ばす。

 よろめき尻餅をついた彼を見ることなく、ノアは部屋から飛び出していった。

 その様子をテストゥネルは、カップを片手にじっと見ていた。

 しばらくしてカタリとカップをさげ、クローヴィスに向き直り語りかけた。


「クローヴィス。其方は、ここで、この部屋で心細い思いをしたときに、あの娘に助けてもらったのであろ? 少なくとも、あの娘にだけは礼と謝罪はせねばなるまい」

「おか……母上」

「謝罪は……そうじゃな、お前しか見たことのない景色を見せるのはどうじゃな。背にでものせて、あそこならしっかりと礼も言えるであろ」

「……いいのですか?」


 テストゥネルの言葉に、信じられないといった様子でクローヴィスが聞き返す。


「妾が許す。少なくとも其方は、それだけのことをあの娘にしたのじゃ。はよ行け」

「はい」


 ポンと背中を叩かれたクローヴィスは元気よく返事し、はじかれるように部屋から出て行った。

 その様子を見届けた後、テストゥネルは、部屋の隅に片付けられた魔法陣へと歩みよった。


「妾も頭に血が上っておったわ。よくよく考えれば、このような魔法陣でクローヴィスが、意思に反して呼ばれるなどということは、あり得ぬことだったのじゃ」

「どういうことでしょうか?」

「いくら子供といえど、龍神に連なる者。抵抗することは容易い」


 つまり望んで召喚されたということか?


「抵抗しなかったというのは、考えにくいと思います」

「いや、あの子のことじゃ。好奇心にまけて、召喚の誘いにのったのであろ。そして、誘いにのったのは良いがすぐに不安になってしまった……どうせ、そんなところじゃ」

「そうですか」


 ノアが大魔力で無理矢理つれてきたわけでないのか。

 今更のことだが、すこしだけホッとする。


「そして、これもじゃ」


 逆召喚の魔法に使うために作った木製の短剣を、テストゥネルは手に取る。


「理由があって帰るのを嫌がったようであるな。それで、あの子は逆召喚の魔法に抵抗したわけじゃ」


 魔法が失敗したのは、クローヴィスが抵抗したからだったのか。


「クローヴィス様は、寂しかったのでしょうか」


 カガミが呟くようにテストゥネルに問いかけた。


「さてな……、そうかもしれぬ。国の者は皆が特別扱いしておるからの。同年代の友人がいるかと言われれば……おらぬな」


 そう考えるとクローヴィスの行動が納得いく。

 いろいろあったが、しょうが無いか。寂しかったんじゃな。


「クローヴィス様、ノアお嬢様とお話してて楽しそうだったでち」


 とても小さな声で、チッキーがそんなことを言った。


「だがしかし、迷惑はかけておる。自らの子供がかけた迷惑じゃ、妾も何らかの詫びをせねばなるまい」


 詫び、か……。

 聞きたいことはあるが、詫びといわれても、特にないな。

 いや、もしかしたら龍神の力とやらで元の世界に戻ったりできるのか?

 それなら、帰りたいという同僚の希望も叶えられるかもしれない。


「それではテストゥネル様、一つ質問があるのですが……」


 そんな最初のオレの質問は頭に響いた声に遮られる。


『其方の質問は、あの獣人に聞かれてもいいものかえ』


 やばいやばい、そうだった。

 というより、テストゥネルは……いや、テストゥネル様は思考を読めるんだった。


「あのハロルド様……じゃなかった。ハロルドという子犬を探しているのですが、何処にいるか教えていただけますか?」


 オレの質問をうけて、テストゥネル様は上を見上げてボーッとした様子をみせる。

 探してくれているのだろう。


「うむ。其方らが探している子犬は、ここより西にいるな。海上か。多数の男女と一緒におるな……そうか船に乗っておるのか……」

「何処にいるのか分かったっス……いや、分かったのですか?」

「そうさな。遙か西にある船に乗っておるな。おそらく、こちらへと向かっておる」


 遙か西か。しかし、何で船に乗っているのだろう。


「もしかしたら、誰かがギルドの依頼をみてくれたんじゃない?」

「そうっスね。それで連れてきてくれてるとか」


 なるほど、それなら船に乗っている理由もわかる。世の中には親切な人もいるものだ。

 望みのある回答に、皆が笑顔になる。


「ジタリア、茶が切れておる。かわりを」


 そんななか、テストゥネルはカップを指で軽くはじき、後ろに控えていた女性に命じる。


「畏まりました。では隣室をお借りします。チッキー殿、少し手伝ってもらえませんか?」

「はいでち」


 二人は隣室へと移動した。


「さて、あの獣人の娘はしばらく席をはずしておる。もう一つの質問に答えてやろう」


 どうやら気を利かせてくれたようだ。

 その気遣いに感謝する。

 こうして、オレ達にとって大事な質問ができる時間を得られた。


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