第77話 もんぺ

 そそくさと、皆を隣の部屋へと誘導する。

 あらためて作戦会議だ。


「モンペだ」

「モンペダ? なにそれ?」


 ミズキが理解不能という顔でオレをみる。他の奴らも同様だ。

 なんてことだ。

 ノアやロンロにチッキーはともかく、他の同僚が分からないのが情けない。

 いつも仕事のことばかり考えているから、世の中で起こっている事に気が回らないのだ。

 社畜というのは、悲しい存在だな。


「モンスターペアレントのことだ。学校などに対して、理不尽な要求をする親のことだ。親が怒り心頭で押しかけることも往々にしてあるらしい」

「それで?」

「いま、学校現場では、このモンスターペアレントに悩まされる事例が散見されるそうだ。そして専門家が、どう対処するのかについて解説していたのを見たことがあるんだ」

「……うん」


 この期に及んでもミズキは分からないといった調子だ。


「つまりだ。今回の件は、銀竜クローヴィスの親がブチ切れて苦情を言いに来るという話だ。つまり、これはモンスターの親が来襲する。リアルモンペ事案だ!」

「モンペ……」

「言われれば、まぁ……そうだな、モンスターのペアレントが来るには違いないが……」

「そんな場合の対策を知っているなんてぇ、リーダはぁ、博識ねぇ」

「で、どう対処するの?」


 そうだ。それが問題だ。

 真偽はさておき、専門家が言っていたことを忠実に実行することにする。


「まず傾聴だ」

「傾聴……」

「ケイチョウ……でしたか」

「そう。まず相手の話に耳を傾けて、じっくり話を聞くんだ。少なくとも話が通じる相手だ。相手の話をしっかり聞いてから、弁明するべきだと思う」

「それは一理あると思います」


 カガミが同意してくれる。

 あの銀竜クローヴィスの親で、先ほどの声だ。

 戦って勝てる気がまったくしない。逃げることも多分無理だろう。それなら、あとは話し合いでの解決を求めるしかない。


「次は、誠意だ」

「誠意って、なにするんスか?」

「とりあえずは今と同じようにおもてなしだな。それから、今回の召喚は事故だという証拠に、できるだけ早く帰還させたい。帰還を早める方法があれば……だが」

「おもてなしは……ノアちゃんが、銀竜クローヴィスと仲いいみたいだから、お願いできる?」

「うん。頑張る」


 ノアは笑顔で頷いた。

 そうか、銀竜クローヴィスは子供だったから、ノアと馬が合っているのか。


「クローヴィス様は、リンゴが無いのを残念がってましたでち」

「そうっスね。ボク、買ってくるっス」

「だったら俺は、召喚魔法をもう少し調べてみる」

「私も手伝います。人手は多い方がいいと思うんです。思いません?」


 確かに。複数の方がいいだろう。


「それじゃ、サムソンとカガミは、至急に帰還できる魔法。強制送還の魔法を探してくれ」

「えぇ、強制送還かどうかはわからないけど、探そうと思います」

「モンペとか言い出したときは、どうしようかと思ったけどさ、案外まともじゃん。で、それで終わり?」


 案外まともなどと、上から目線の評価をミズキがする。なぜか、同僚が頷いているのが気になる。

 思いつかなかったくせに。


「いや、まだある。毅然とした対応だ」

「戦うんスか?」


 プレインが驚いた声を上げる。さすがに戦う気はない。


「戦いはしない。でも、防衛の準備はしておいた方が良いと思う。具体的には屋敷に貯めておける魔力を可能な限り貯めておきたい」


 この屋敷はいろいろな事が出来る。強化結界は、外部の攻撃からの強力な防御として機能する。

 ただし、屋敷の権能は、貯めている魔力に依存する。長い時間、強化結界を張れるように、できるだけ速やかに魔力を貯めたい。


「なるほど、それじゃチッキーも避難しておいた方がいいかもね」


 ミズキの言葉に、皆の視線がチッキーに集中する。

 確かに、レーハフさんの家にでも避難したほうが良いかもしれない。


「あたちは、お嬢様と一緒にいますでち。怖いけど怖くないでち」


 チッキーは首を大きく振り残ることを宣言する。

 力強い口調に、それを押して避難を促す気にはなれず、残ってもらうことになった。


「それじゃ、カガミとサムソン以外は、魔力を貯める作業をすすめることにしよう。倒れるギリギリまで毎日魔力を貯めていきたい。少なくともオレはそうするつもりだ」


 戦えば負けるだろうが、防御の準備に十分すぎるという事はないと思う。

 少なくとも、最初から完全に降伏状態にあるより、抵抗の意思を見せられるようにはしておきたい。


「そういえば、ロンロ」

「なぁに?」


 一つ聴き忘れていたことを思い出した。母親竜が言っていた言葉だ。


「ロウス法国の守り神とか、龍神とか、あの母親竜の言っていた内容でわかることはあるか?」


 相手の情報が不足している。少しだけでも不足している情報を補っていきたい。


「そうねぇ。ロウス法国は、今いるヨラン王国の北西、海を渡った先にある国の名前よぉ。少し珍しい国ね」

「珍しい?」

「そうなのぉ。貴族より、王様より、法律が一番偉い国なのぉ。法律の下に王様がいて、他の国とは違って王様も法律に逆らえないのぉ」


 法治国家なのか。

 メジャーな存在だと思っていた法治国家だが、ロンロの口ぶりから大抵の国は、王様の考えのほうが法律より上の存在らしい。


「龍神ってのは?」

「なんだか聞いたことあるような、ないようなぁ……よく憶えてないわぁ」


 残念。そこまで何でも知っているわけでもないのか。


「ちなみに、この辺りからロウス法国まで距離はどれくらいあるんスか?」

「うーん……そうねぇ。はっきり分からないわぁ。たぶん、何ヶ月もかかると思うけどぉ」

「だったら、今日明日来るってことはなさそうっスね」


 移動に何ヶ月もかかる場所なら、すぐには来ないかもしれない。

 準備できる時間があるのはいいことだ。

 うまく行けば、銀竜クローヴィスを帰還させることも出来るかもしれない。


「そうだな。でも……だからといって油断せずに、とりあえず出来ることやろう」

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