第76話 てれびでみた

 銀竜は首を持ち上げ、片目を開けて周りを見渡した。

 綺麗な金の瞳だ。見た感じは、ロールプレイングゲームで出てくる洋風のドラゴンそのもの。鼻先に金属質の小さな角が生えている。

 竜か……間近でみると迫力あるな。


「ここは……どこ……だ? 室内?」


 まるでオレ達が目に入っていないかのように、呟く。


「初めまして、私はリーダと申します。召喚魔法を使ったのですが、上手く作動しなかったようでして……その、貴方様を召喚してしまったようです。申し訳ありません」


 まずは自己紹介と、謝罪をする。

 必要以上の事は言わないようにすることにした。


「召喚魔法……か。ここは何処だ?」

「ヨラン王国にあるギリアの町、その近くにある屋敷にございます」

「ギリア? 知ら……ぬ、我をすぐに元の場所にかえせ」

「それが……その、時間が経つと元の場所に戻るのですが、すぐは無理なのです」

「……そうか」


 そう答えたきり話は終わりだと言った風に、持ち上げていた長い首をさげ、開いていた片目を閉じた。

 ……やばい、どうしよう。

 下手に刺激したら殺されるかもしれない。

 皆と話しあうことにして、ジェスチャーで隣の部屋に行くことを提案する。

 全員が頷いたのを確認して、音をたてないように隣の部屋へと移動した。


「ごめんなさい……」


 隣の部屋に皆が異動した直後、ノアがボソリと謝罪し深々と頭を下げた。


「ノアちゃんは悪くないっスよ」

「大丈夫よ。今回の件は事故だと思うんです。思いません?」

「そうそう。リーダあたりが、なんとかするって」

「ノアちゃんは、俺の描いた魔法陣を使っただけだ。悪いのは俺の方だぞ」

「びっくりしただけでち」


 皆が口々にノアを慰める。ノアは下を向いたままコクコクと頷くだけだ。


「ほら顔をあげて。皆、ノアをぉ心配しちゃうわぁ。それに、リーダはこれからどうするか考えてるでしよぉ。いつもみたいにぃ」


 ロンロに促されるようにノアは顔をあげてオレを見る。

 他の皆も同様だ。

 正直なところ何も考えていなかったが、この流れでは、それを言うことがはばかられる。

 さて、どうしたものか。

 あの竜は、召喚された存在なので、つなぎ止める魔力が切れれば帰還する。

 どのくらいの時間が必要なのかは分からない。

 竜の正体も分からない。現状において判明していることはこれくらいだ。


「接待かなぁ」


 とりあえず思いつきを口にしてみる。

 目的は時間を潰すこと。他の手は思いつかない。


「せったい……でしたか」

「ノアちゃんは接待ってわかる?」


 プルプルとノアは首を振って否定する。


「つまりだ。あの銀竜を接待……おもてなし、お世話して気分よく過ごしてもらうんだ」

「そうね。召喚魔法で呼ばれた者は、時間経過で帰って行くから、それがベストだと思います」

「カガミ氏の言葉でようやく理解できた。俺も銀竜がでて気が動転していたようだ。それで接待か」

「それじゃ、あの銀竜の好みなんかを教えて貰って、楽しく暮らしてもらうのが当面の計画ってことでいいじゃん」


 オレの接待して、時間を潰す計画は特に問題なく受け入れられた。

 そうと決まればやることも明確になる。


「あの銀竜の好みなどを、どう調べるかだな」

「人間じゃないから、必要な物がわかんないっスよね。違う部屋がいいのか。そのままでいいのか」


 最初の一歩をどうするのかを皆で話しあう。

 あーでもない、こうでもないと、中々話はまとまらない。

 竜がどういう時に気分を害するか分からない。

 ロンロも、竜のことはあまり知らないそうだ。


「あのね」


 そんな時に、ノアがオレ達を見上げて声をあげた。


「ん? なんだい?」

「あのね、クローヴィス様がね、果物欲しいって」

「クローヴィス様……っスか?」

「うん。あの銀の竜って、クローヴィス様っていうんだって」

「え? ノアちゃん、お話したの?」

「うん……私が、間違えて召喚したから、謝りたくて……」


 オレ達が、これからどうするのかの話に夢中になっている間に、ノアは銀竜と話をしていたようだ。

 考えてみれば本人に聞くのが一番いいか……。

 接待するときに、相手の好みを直接聞くのは最後の手段。先手をうってこその社会人という社畜の考えが、駄目な方に作用していたようだ。


「そっか。ノア、ありがとう」

「えへへ」

「グラプゥと……リテレテ出しましょう」

「倉庫に、ブラウニー用にオレンジあるよ」

「それじゃ、オレンジも。その上で欲しいものを聞こうと思います」


 最初の一歩として果物をお供えしてみることになった。


「なに……いや、なんだコレは? リンゴは無いのか……」


 目の前に置かれた果物のはいった籠をみて、銀竜クローヴィスは質問してきた。

 リンゴが無いのが残念そうだ。


「えっとね、これがリテレテで、こっちがグラプゥ。あとはオレンジ」


 質問については、ノアが馴染んだ調子で、それぞれの果物を説明する。


「リテレテ? グラプゥ? どちらも、知ら……ぬ」

「どちらも美味しいの。私は、グラプゥの方が好きなの」


 銀竜クローヴィスは、ノアの話を聞くやいなや、バクリと一口でグラプゥを食べた。


「おいしい?」

「う……む、悪くはない」


 続けて、リテレテもオレンジも、パクパクと銀竜クローヴィスが続けて食べた。

 一通り食べると、頭の先を器用につかって籠をノアの方へと押しやると、目をつぶって寝てしまった。

 この調子で銀竜クローヴィスが帰還するまで、なんとか進めばいいな。

 そんな事を思っていた時。

 屋敷が小さく揺れた。

 ピリピリと小さな音を立てて窓ガラスが軋む。


「地震っスか?」


 プレインがそんな感想を漏らした、その時。


『ミツ……ケタ……』


 屋敷の揺れが一段と大きくなって、低く底冷えする声が頭に響く。


「あわわわ……」


 チッキーがぺたんと尻餅をつく。


「ヒィィィ……」


 銀竜クローヴィスも、小さく悲鳴のような声を上げる。

 揺れはすぐに収まったが、声と同時に感じた底冷えする感覚はまだ残っている。


「何だ、これ、この声?」

『あぁ、可愛そうなクローヴィス。すぐに……すぐに、この母がお前の元へ向かうから、まってておいで……』


 続けて、低く底冷えする声が再び頭に響く。

 母? この銀竜の母親か。


『許さぬぞ! 人間共よ!』


 いや濡れ衣。これは事故だ。


「あの、これは事故なんです」


 とりあえず反論してみる。


『このロウス法国の守り神にして龍神たる妾の子を拐かしたる罪、その大罪は、必ず償わせようぞ』


 どうにも一方通行の通知らしい。


『ほんの欠片ほどの時間……だ、自らの罪、後悔し、頭を垂れ、覚悟し、そして待つがよい』


 その言葉を最後に、底冷えのする感覚は消えた。


「なにこれ……どうしよう」

「なんか、かなりやばそうっス……」

「寒気がまだ残っている……気がします」


 確かに不味い事態だ。

 オレ達が銀竜クローヴィスを誘拐したと判断しているようだ。

 そして怒り心頭の母親が、こちらに来ると。

 銀竜の母親が迎えに……母親がぶち切れて迎えに……ぶち切れた親?

 親?


「なんとかなるかもしれない」


 閃きがあった。

 そうだ。このような事態を知っている。

 当事者になったことはないが、対策についての解説を聞いたことがある。

 専門家の意見だ。大丈夫だと思いたい。

 元の世界で、関係無い事柄にも興味をもっていて良かった。


「なんとか……できるっスか?」

「あぁ。こんな事態について、オレは知っている。対策も聞いたことがある」

「対策って何処で? 何処で聞いたんだ?」

「聞いた……違うな。テレビで……そう、テレビでみた」

 

 オレの言葉に、同僚もノアも、ロンロもチッキーも、ただ無言なだけだった。

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