第50話 リーダ、いえでする

 籠をもって応接室より外に出ると、すでにカガミ達は買い物が終わっていたようだった。

 バルカンと談笑していた。

 ピッキーとトッキーは、レーハフさんと一緒に彼の家へ行ったようだ。


「カガミって、すげーな。俺が頼んだ手紙の翻訳をパパッとやってくれたぜ」


 バルカンはオレを見つけると小走りに寄ってきて、そんなことを言った。


「へぇ」と軽く応対して、カガミ達の元へと進む。

「代わりに牛車の買い付けと見立てをして貰いました。なかなか可愛い毛むくじゃらの牛だと思うんです」

「チッキーがお世話できます」


 皆と合流して話を聞く。馬車の代わりに牛が引く車を買ったようだ。

 バルカンの仕事を手伝う代わりに、選んでもらったそうだ。彼の見立てなら大丈夫だろうと漠然と考える。

 外へ出ると、ギルド職員に引かれてロバの引く馬車と、2頭の牛が引く馬車がやってきた。


「布製の日光や風よけになる幌がついた物に変えました。乗り心地にもこだわってもらったので、快適になると思うんです」


 なかなか立派な布製の幌がついた4輪の馬車だ。中古なのだろう、布も木製のタイヤも、煤けていて年季を感じさせるものだ。

 ロバの引く荷台も、布製の幌がついた立派な物に代わっていた。こちらの方は、真新しい布製の幌が張られている。

 その馬車を引く牛は、とても長い毛に覆われている。まるで犬のマルチーズのようだ。それに長い毛の他にも、どこか普通の牛と違ってみえる。


「テーヤク牛だ。毛が長くて、角がないんだ。寒さに強いが暑さに弱い」

「2頭で引くんだな」

「あー。一頭でも引けるぜ。馬車を引くだけでなくてミルクがとれたり便利だから、2匹まとめて買ったんだぜ」

「毛を刈ってあげると夏でも平気でち。刈った毛でいろいろ作れるので、チッキーも良いと思ったでち。ミズキ様も可愛いって言いました」


 動物の善し悪しは分からない。

 さすが異世界、牛が馬車を引いたりするのかと不思議に思う。馬車ではなくて、だから牛車なのか。

 でも、牛に引かれているあの荷車は馬車って呼んでいたような……どちらでもいいか。

 バルカンにお礼を言う。


「いいってことよ、俺も助けて貰ったからな」


 そう言ってバルカンは去って行った。それから皆で帰る。

 やはり馬車はとても楽だ。歩かなくていいので、ゴロンと横になったまま帰れる。

 牛はトロそうに見えたが、案外速く走り、夕方には屋敷へと帰ることができた。

 それからの日々はのんびりとしたものだ。

 たまにプレインがマヨネーズ作りの指導に呼ばれて町に行くくらいで何事もない。

 定期的に帰ってくるトッキーとピッキーの話を聞く限り楽しそうだ。

 オレは、チクチクと弓を作ったりして過ごしていた。

 そろそろ、レーハフさんの所でトッキー達が修行を始めて一ヶ月になろうというときに、その事件は起きた。


「オレはのけ者っていうことか?」

「というより、先輩には審判になって欲しいっスよ。だから、終わるまで何処かに行ってて欲しいっス」


 きっかけは、サムソンの一言だった。


「新しいオリジナル魔法を作るにあたってハッカソンをやりたいんだ」

「ハッカソンって、チーム組んで、集中してプログラムするアレと思って良いですか?」

「そうそう。それ。カガミ氏のイメージ通りでいいよ。最近行き詰まっててさ。んで、ふと思ったんだよ。そういえばハッカソンに参加してみたかったなって」


 前にサムソンから聞いたことがある。

 皆で集まって、チームに分かれて、ソフトウェアやゲーム作るイベントだとか。

 技術者がマラソンのように、集中して作業して、結果を競う様子がマラソンのようだから、ハッカーのマラソンということでハッカソンとか言うんだっけかな。

 憧れるけど、延々デスマーチの我々には無理なんだよなと言っていた。

 今ののんびりとした環境なら、そういったことも可能だ。

 うん。なんだか面白そうだ。


「私達でチームに分かれて、オリジナル魔法を作ろうと?」

「そうなんだ。5人しか居ないから、2チームに分かれて作業することになるけど」

「オリジナル魔法。面白そうじゃん。じゃ、私、カガミとチーム組むね」

「ボクはサムソン先輩と組むっス」


 さっそくチーム分けが進む。

 オレはどうしようかな……。


「うーん。オレは、どっちにしようかな」

「え? 先輩は審判っスよ」

「そうそう。せっかくバランスのいいチーム分けなんだから、リーダが入るとバランス崩れちゃう」


 オレの意思はどこにやら。皆の中では審判に決まっているらしい。

 ちょっと寂しいけれど、今回は審判でいいかと思い直す。


「わかったよ。審判をやろう」

「ありがとう。それじゃ、リーダ、しばらく何処かで時間を潰していて欲しいと思うんです」


 ん? どういうことだ?

 ここで同僚達の頑張る姿をみていれば良いはずだ。


「いや、ここで皆の頑張りを応援しておくよ」

「駄目っスよ」

「なんでだよ?」

「だって、リーダ、うろちょろして、いろいろ言うでしょ……例えば、あーそう来たか。なるほどなるほど……とか、なんとか」


 気が散るってことか……。

 しかし、ここに居るのはオレだけではない。


「ノアだって、チッキーとロンロだって居るだろ。3人ともどっかに行けって言うのか?」

「いや、ロンロは静かだし、ノアノアとチッキーは可愛いから居てもいいよ」


 オレだけ出て行けと?


「可愛いから良いって……オレは可愛くないのか?」

「当たり前でしょ」

「鏡みろよ」


 なんて言い草だ! ふざけやがって!


「オレはのけ者っていうことか?」

「というより、先輩には審判になって欲しいっスよ。だから、終わるまで何処かに行ってて欲しいっス」


 そして今がある。


「あー、分かった。オレはどうせ皆の嫌われ者さ! もう出て行く」

「ありがとー。あ、リーダ。夕方頃に戻ってきて欲しいと思うんです」


 オレは同僚達に背を向けて、ドスドスと足音をたてて外へでる。

 怒っているのだ!

 まったくもう、好き放題いいやがって。

 そとで、チッキーにばったり会った。彼女は、家畜に食わせるのだろうか、天日干しした雑草を抱えていた。


「おでかけでちか?」

「そうだ。オレは家出する!」

「家出! え? 家出でちか?」

「そうだ。もう我慢ならん」


 バサリと手にもっていた雑草の束を落とし、あわあわと口に手をやってキョロキョロしだした。少し心配させてしまっているかもしれない。ごめんなさいと心の中で謝っておく。

 だが、決意は固いのだ。


「あの、今日は、今日はちょっと雨が降りそうでち、家出は明日にしたほうがいいでち。雨がザーザーで濡れるでち」


 言われて空をみるが、今日は晴れている。雨が降りそうな気配はない。

 ただし、獣人達の天気予報は結構当たっている。山の天気は崩れやすいとも言うから、雨が降ると言われると心配になる。傘も無いこの地で雨に降られるのは困る。


「そっか。ありがとう。でもどうしようかな……」


 今更何もなかったかのように戻るのも嫌だ。せめて、言い過ぎたよゴメンって言葉は貰わなくてはならない。


「そうでち。あの、その、そうだ! 今日はポカポカ日和でち。裏庭の一本木の下でゴロンとお昼寝が気持ちいいと思うでち。おすすめでち」


 迷っているオレをみて、一生懸命にどうすればいいのかを考えてくれた。

 特にいいアイデアもないので、とりあえず従うことにする。


「そっか。じゃ、そうしよう。家出はちょっとだけ延期するよ」


 そういって、オレは屋敷の裏にある大きな一本だけ生えている木の元でゴロンと横になった。

 遠くで「お嬢さまー」と叫ぶチッキーの声が聞こえた。


 さて、これからどうしようかな。

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