第47話 じゅうじんず
「ハーイ」
獣人の声が聞こえる。多分、あの声はトッキー。
彼らがやってきてもうすぐ1ヶ月になる。
末妹チッキーも大分回復してロバや馬の世話をしている。他の二人も今日は庭の雑草を刈ったりと庭仕事に精を出している。
庭の荒れ方が気になっていたのか、最近は、家の補修はそこそこに庭仕事ばかりしている。
用意した補修のための資材も大分余っているから、まだ終わっていないはずだ。
今日は、少し肌寒い。
収穫祭のあとから寒さが増してくるという話だったが、今年はどうやら寒くなるのが遅かったようだ。収穫祭が過ぎても快適だったが、とうとうそれも終わりかもしれない。
寒くなる前に修繕を終えて欲しい。あとで進捗を聞くことにしよう。
それにしても彼らは本当によく働く。目の前の庭も、雑草がずいぶんと刈られ綺麗になってきた。
生態もなかなかに楽しい。耳が良く聞こえるらしく、ずいぶんと遠くから呼んでも「ハーイ!」と両手を挙げて駆け寄ってくる。
獣人の子供は、尻尾とのバランスを取るために両手を挙げて走るほうが早いそうだ。
ミズキもカガミも、わざと遠くにいる獣人を呼んで駆け寄ってくる姿を楽しんでいる。ミズキ曰く「レッサーパンダみたい」だそうだ。
今も、そんな風にトッキーが呼ばれてミズキの方へ駆け寄っていた。
獣人達も楽しんでいるようなので「まぁ、いいか」とその様子を見ていたら、トッキーと目があった。一瞬ビクッとしたように見えた。
オレはどうやら獣人達に怖がられているらしく、ちょっと寂しい。
いや、ちょっとだけ……だけど。
「あの、リーダ様にお話があります」
トッキーに声をかけられたのは、そんな出来事のすぐ後だった。
ピッキーもチッキーもいる。つまりは、獣人3人勢揃いだ。
「ミズキの用事は終わったの?」
「はい。馬を用意して欲しいとのことだったので、すぐに済みました」
「ミズキ様は、遠乗りにいくらちいです」
いつも以上に3人とも畏まっている。何か深刻な話なのだろうか。
チッキーに至っては、緊張してプルプルと震えている。
「どんな話?」
「あの、その、おいら達じゃ、お屋敷の修繕ができないです」
「頑張ったけど、どうすればいいか分からないです」
「ノアお嬢様にごめんなさいしたら、リーダ様に相談したら解決してくれるといわれたでち」
修繕ができない? どういうことだろうか。
来た当初、買ってきた資材で、コンクリートのような物を作って、壁に塗ったりしていた。確か、モルタルと呼んでいた気がする。その様子をみて、手際がいいと思ったものだ。
「見ていたら、なかなか手際よかったと思ったけど」
「おいら達、出来るところまでやったけど、使い方の知らない材料があって……天井の所とか、階段とか、どうやればいいか分からなくて」
「あの、おいら達、お家建てるの手伝ったり、村長様の家を直したりするの手伝ったことあったから……できると……思って……」
そうか。言われてみるとバルカンもオレ達の屋敷を見たこと無かった。ここまで大きい屋敷とは思わずに農村出身でなんとかなると判断したのかもしれない。
立派な屋敷だけあって、修繕にも特別な知識が必要なのだろう。
そもそも、獣人達はまだ子供だ。高度な知識を求める方が間違っている。
オレがそんなことを考えていると、ピッキーが一歩前にでて、土下座した。
「あの、嘘ついてた罰ならおいらが受けます。だから、だから、他に出来ることなら何でもするから、お賃金もいらないから、ここに置いてください」
「お願いします」
「お願いちます」
いつも元気そうだったから、そこまで思い悩んでいたとは夢にも思わなかった。
それに土下座なんて文化が異世界にもあるのか。
加えて、給料だ。この世界の奴隷には給料が支払われていることを忘れていた。危うくタダ働きさせるところだったと、反省する。
「とりあえず、起きて」
そう言って、立ち上がるように促す。おずおずとピッキーは立ち上がった。皆下を向いて震えている。
「別にピッキー達を追い出したりしない。まぁ、屋敷の修繕が無理だったら。無理でないように勉強すればいいと思うけど」
「勉強?」
「勉強というより修行かな。町の大工に弟子入りして、そこで屋敷の修繕に必要な技術を習ってくれると嬉しいかなぁ、と」
オレの返答を聞いて、3人の顔がぱっと明るくなった。3人がそれぞれ見合って笑い合っている。その様子をみるとオレまで嬉しくなってきた。
「おいら、やります。やりたいです」
「おいらも、大工になりたいです」
「あたちも」
「それじゃ、今度町で大工仕事を教えてくれる人を探そう」
「ハイ!」
大工仕事を習わせるのは元々のプランにもあったから、想定内の話だ。寒くなる前に補修を終えることはできないだろうけれど、仕方が無い。どこまで大丈夫かわからないが、サラマンダーに頑張って貰おう。
「あとは、給料だけど」
「あの、おいら達いらないです。仕事できないし」
「庭仕事に、家畜の世話を十分にしてる。無給というわけにはいかない」
「はい……」
奴隷の給与は、10年くらい働いたら仕入れ値になるように設定するらしい。確か、奴隷商人から買った冊子にそのような事が載っていた。
大体0.8%といったところか。3人で金貨10枚だから、1%で銀貨2枚と少しか……。計算面倒くさいな。
「月あたり銀貨1枚にしようか。働き具合によってまた話をしよう」
「そ、そんなに?」
すごく恐縮している。相場の計算を間違えたのだろうか。
彼らは、自分がどれだけの値段で買われたのか知っているはずだが。
「村で聞いたときは、毎月銅貨15枚って聞いた」
「あたちは10枚だって」
「銀貨1枚だと、おいら達ひとりで、えと……15枚より多い」
あれ? 3人で銀貨1枚って話になっている?
「いや、一人銀……」
オレが補足説明する前に「おいら達、今日もいっぱい頑張るです」と勢いつけて去って行った。
とてもいい笑顔で万歳のポーズをとって走り去っていく獣人達を呼び止めることは出来なかった。
しょうがない。不足分は、美味しいおやつでも付けてカバーしよう。
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