第35話 ひのおどり

 グラプゥを堪能したあとも、串焼きを食べたり、不思議な装飾品を手に取ったりしながら祭りを楽しむ。

 今日は、日が落ちるまで祭りを見物して遊ぶ予定だ。

 泊まるところは、前に泊まった宿屋にした。

 バルカンが空き部屋なんかを含めて手配してくれた。ただし今日は祭りの日なので割高になり銀貨2枚もした。


「湖の上に船がみえるか? あの辺りで魔法を使った火の踊りが始まるんだぜ」


 日が落ちて夕暮れになってきた頃バルカンが湖に浮かぶ船をさして説明を始める。

 収穫祭の一番の見所、フィナーレとして、お城付きの魔法使い達が魔法を使って催し物をするらしい。色とりどりの炎の粒が空に舞う姿がとても綺麗なので、暗くなると人が集まってくるとか。

 夕方になるとご主人様のために席を取りに来る奴隷が増えて来るらしい。


「ここで夜まで待つのか?」

「あー、ちょっと無理だな。こういう良いところは奴隷が居座って良い場所じゃねえんだ。俺も、ご主人様に迷惑かけちまう」


 言われてみれば身分制度がある世界だった。奴隷が主人には逆らえない仕組みがある以上は、良い場所を取ることは無理なのだろうと納得する。

 ノアは奴隷ではないが、あまり好まれない立場だし、変な軋轢をうむ必要もない。


「バルカン氏は、お勧めできる場所があるん?」

「そうだな。金が……銀貨2枚かかるけど良い場所と、タダだけどジメジメした場所があるな」

「お金かかる方で良いと思います。せっかくだから良い場所で見てみたいと思いません?」


 カガミの提案に誰も異論なく決定する。バルカンは、先払いといってお金を受け取ると船着き場のような場所にオレたちを案内した。そこは倉庫だった。

 倉庫番にお金を渡して、場所を貸すように交渉してくれたようだ。

 到着した頃には、日はすっかり落ちて暗くなってきた。


「良い場所だね。やるじゃんバルカン」

「まぁな。もう少ししたら始まるから、それまでのんびり待ってようや」

「せっかくだから教えて欲しいんだが、住んでいる屋敷が色々傷んでるから、修繕しなきゃいけないんだよ。そういうのを業者に手配するのってどうすれば良いんだ?」

「業者? ……あー、屋敷を補修する大工ってことか、普通なら商人ギルドか商会を通じて職人に声かけるが、無理だろうな」


 そう断言した後、とても小声でオレにだけ聞こえるように続ける。


「お嬢様は、呪い子だからな。正直なところ、俺だって怖い。気配が違う。氷の女王ミランダが振りまいた悪名のせいで、恐れられてるんだとばかり思ってたが、そんなことはなかった。今日1日で呪い子の持つ呪いが本当なんだと確信しちまった」


 オレには実感がない。嘘や迷信でそう言っているわけでもなさそうだ。

 困った……気配の違いなんて言われても対策が取れない。

 もう少し具体的な話が欲しい。


「それにお嬢様の近くでは魔法がうまく使えないんだ。リーダは、実力あるから大丈夫かもしれねえけどよ。俺には辛かった。大工とか職人連中はそういうのに敏感だ。そういうわけだから、無理だろうよ」


 魔法が使いづらくなるのか……前に歪んだ魔力を撒き散らすとか聞いたな。

 その辺りをカバーすれば何とかなるかもしれない。とりあえず魔力の質みたいなものを測る手段が欲しい。


 ドーンという音とともに空にパッと光が広がる。


 バルカンと話し込んでいるうちに、時間が経っていたようでフィナーレのイベントが始まった。

 大きな爆発音と、大気の震えを伴って暗闇に大きな火花が飛び散る。花火だ。


「花火じゃん。へー。へー」

「たまやー」

「あー、なんだお前らみた事あるのか?」


 バルカンは、がっかりしたような風体で頭をガリガリとかきながら聞いて来る。


「昔住んでいたところでちょっとな。こんなに近くで見たのは初めてだよ」

「うんうん。迫力あるっスよ。しかもこんな空いてるところで見たのは初めてっス」


 人がごった返すところでしか見たことないという点はオレも同感だ。この倉庫にはオレたちの他に10人くらいしか人がいない。スカスカだ。木箱を椅子にして花火をしばらく眺めて堪能した。


「そろそろ終わるな……。あー、お嬢様はどうでしたか? ん……あれ、おい、リーダ、お嬢様寝てるじゃねーか。こんなとこで寝てちゃ風邪引いちまうぜ。なんかかける物ないか」

「毛布とか……持ってないな」


 呆れたように、バルカンは何処かに走ったかと思うと、毛布を担いで持ってきた。プレインに投げて渡す。


「お嬢様に被せて差しあげろ。全くもう、特に幼子なんだから健康には気をつけないと大変なことになるぜ」


 カガミがノアを毛布にくるみ、ロバの荷台に抱いて乗る。オレ達はそのまま宿へと戻ることにした。


「バルカンさんって、良い人っスね」

「ったく。おだてても何も出ねーぜ。……そうだな、大工の話なんだが、お嬢様に頼んで奴隷を買うって手があるな。大工として屋敷の修繕くらいなら出来る奴隷が見つかるだろうぜ」


 奴隷は十把一絡げってわけではなくて、技術を持っていたりすると高値で取り引きされるって前に聞いたことを思い出した。

 なるほど、技術を持っている人を買うのなら、嫌とは言えないということか。


「他の方法がないなら、そうするしかないのかもな。ところでバルカン、オレ達は奴隷についてあんまり詳しくないんだが、色々教えてもらっても良いか? 宿で酒でも飲みながらとか……もちろん奢るし、礼も出す」


 この際だから、バルカンに最低限の知識を教えてもらうことにした。こちらの奴隷は元いた世界の認識とは違う気がするので、そのあたりの補正もしておきたい。


「おぉ、良いぜ。店は俺が選ぶぜ?」

「超高級店とか無しでな」

「ハッハ、そりゃオランドの蟹鍋とかねだらねえよ。宿の近くにうまい店があるんだ」

「蟹鍋? それちょっと気になる」

「その辺も、おいおい説明してやるよ」


 宿でカガミとノアと別れて、そのままバルカンの勧める店に行くことになった。

 思い返せば、元の世界でのことを合わせても、飲み会は随分と久しぶりだ。

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