第19話 あいさつとまなー
この世界には魔法によって定められ、時には強制力を持つ身分関係がある。
「領主に会うに当たって礼を失することがないようにするのは大事でしょ」
そんなロンロの指摘は至極当然の話だ。
特に、今回は契約内容の確認だけではなく可能な限り楽な仕様にするための交渉も含まれる。資料にあった当初の仕様通りのゴーレムを作ることになることだけは避けなければならない。
無理だからな。
ゴーレム開発は、他の人に任せてオレは礼儀というかマナーの特訓に領主と会うまでの残り2日を使うことになった。
ちなみに元の世界でもマナーや礼儀関係はダメだった。
何とかなっていたのは周りもダメだったからだ。とりあえず穏やかに丁寧を心がけて波風が立たないよう気をつけていたのが功を奏していたと思っている。
最初は、みんなのいる部屋で練習を始めようとしたが、なんというか見られていると恥ずかしくなってくるので、隣の小部屋に移って練習する。
「見られてもいいように、マナーを練習するのに、恥ずかしいってどういうことなのぉ?」
ロンロはやれやれと言った調子で半笑いだ。
しかし、近しい人にジロジロ見られるのは別の話だと思う。
「人に見られると、気が散るんだよ。集中して練習したいからな」
「まぁ、リーダがぁ、そんな考えなら、それでぇいいけどぉ」
言い訳なのだが、気が散るというのも嘘ではない。
「ロンロ先生、よろしくお願いします」
先生はロンロだ、本人曰く「わたしぃ、殿方のマナー詳しくないのよねぇ……少ししか教えられないけどごめんねぇ」
ロンロはふわりと側にあった椅子に腰掛けた。横になっていないロンロを初めて見る。気だるそうに背もたれに寄りかかりこちらを眺めている。マナーを教えるとかそういうの以前の問題ではないか。
その終電に乗っているサラリーマンのような、だらけきった態度が少しだけ気になる。
「それではぁ、挨拶してみてくれるぅ、ええと、シチュエーションは領主に初めて会いました。さぁ、始めて。悪いところあったら指摘するからぁ」
「え?」
「え?」
いやいや、この世界の常識がないのに挨拶しろとか無理だろうというオレの反論にもピンときていない様子だ。
しょうがないので適当に挨拶してみる。
「じゃぁ……初めてお目にかかります。リーダと申します。本日は、よろしくお願い致します」
ぺこりと頭を下げた姿を、困った感じでロンロは見ていた。
お互いしばらく無言になる。
「えっと、ロンロさん、手本見せていただきたいなぁと」
オレのその言葉に、ハッとした感じでこちらを見る。ようやく理解してくれたのか、すっと目の前に立った。そのあと、しばらく無言で立つ。
「あーぅん。どうしようかしらぁ。うーん……そのまま、少し待っててもらえるかしらぁ」
そう言い残しどこかへ消えていった。
しばらくしてロンロが戻ってきた。格好が変わっている。
あの布切れ一枚の姿ではなくて、黒のパンツスーツ姿に着替えていた。
「ロンロ、お前、着替えられたの?」
「あの格好だとぉ、お手本見せられないでしょぅ。頑張ってみたの」
とりあえず布切れ一枚よりそっちのがいいと褒めておいた。ついでに、今後も布切れ一枚はやめてほしいとも伝えておく。あれは目のやり場に困るのだ。特に、カガミとかミズキの前では。
それからオレの前に降り立ち、スッと膝をおりかがんだ。
「お初にお目にかかります。公正なるギリアの領主様。本日は我が主人、ノアお嬢様の代理として参りました筆頭の僕リーダと申します。学のない奴隷の身なれど、命に代えて主人に言葉を伝えますので、主人と同じ言葉をいただきますよう御願い致します」
つらつらと挨拶の言葉を述べ出した。姿勢は、膝をおってかがんだまま微動だにしない。
左手は胸元に置かれていて、右はだらんと垂れ下がっている。
「こんな感じねぇ。本当は季節の挨拶とかちょっとしたお世辞の言葉を混ぜたほうがいいんだけど、あんまり複雑だと大変だしねぇ」
「そうだな。複雑なのは無理だ」
「本当なら、穏やかな気候と湖のほとりにあるこの領地の美しさを詩的に表現するといいんだけどぉ。リーダ、余裕なさそうだしぃ」
余裕がどれだけあっても、そんな詩的な表現はできないと思う。
「それではぁ、やってみてもらえるかしらぁ。お手本みせたから簡単よねぇ」
さぁやってみてやってみてと囃し立てられて、同じように真似てやって見る。
「もう少しだけ、ゆっくりと……」とか「フラフラしてるように見えるわぁ」などなど指摘される。それはもう毎回毎回、やるたびに頭が動きすぎとか、もっとゆっくりと挨拶してとか色々指摘される。普段はもっと適当なのに、やたら細かい。
何十回もやらされてようやくOKがでた。最初の挨拶だけで疲れる。
この後は立ったままでの挨拶も練習する予定だ。
「どんなところで交渉することになるのか、ロンロはわかるのか?」
「そうねぇ、領主と謁見するのならぁ、謁見の間、客間、執務室。この3つのうちどれかかしらぁ。でも、謁見の間だとまずいのよねぇ」
「まずい?」
「謁見の間では、普通交渉しないのよぉ。下知だけ。言葉を交わしてもせいぜい2・3言葉かしらぁ。もともと陳情を聞いたり、恩賞をあたえたり、予定のあることをする場所だからねぇ」
領主と謁見するのは、謁見の間、客間、執務室の3つが考えられるそうだ。
謁見の間で挨拶することになった場合は、下知だけになるので交渉の余地がない。
客間と執務室では、入室した直後に立って挨拶するのが習わしらしい。例外がある場合は、必ず側にいる者が、どうすればいいのかを伝えてくれるのそうだ。そしてこの2つの部屋で謁見することになれば交渉ができると考えられる。そうロンロは続けた。
「はぁい、休憩はおしまい。次は立って挨拶するわぁ」
右手を胸に左手を下にだらりと垂らした状態でお辞儀する。どちらの手を胸に当てても大丈夫らしい。挨拶の言葉は先ほどと同じ。楽勝だと思ったら、立った挨拶でもダメ出しされた。指が優雅じゃないとか、わけがわからなくて泣きそうだ。
隣の研究は順調のようで「すごい立った。立った」「ノアちゃん連続で成功だね」などなど楽しげな声が聞こえてくる。
みんなの努力を無にしないためにも、万全を尽くしたい。
「領主はどんな人なのかな」
「冷たい人なんじゃないの。だって、ゴーレム作れなきゃ住まわせないだなんてぇねぇん」
「そうなのか、ゴーレムって有名なんだな」
元いた世界のゲームでゴーレムを知ったオレとしてはそんなにすごい物だとは思っていなかった。割とどのゲームにも出てくる敵といったイメージだ。防御力が高いけれど魔法に弱い敵、もしくはその逆だったり、結構メリハリの利いたステータスを持っている敵。
「ゴーレムはこの国でも数体しかいなんじゃないかしら。んー作るとしたら国をあげての事業になるでしょうしねぇ。たくさんの魔法使いが集まって数年を費やして初めて作れるようなものよぅ。この街にゴーレムがいたら、きっと街も賑やかになるかもしれないわぁ」
「ゴーレムがいたら街が賑やかに?」
そんなに人気のある存在なのか……オレの常識とは違いすぎる。
「絶対裏切らない逃げない強力な存在が街にあるってだけで、安心するでしょぅ。街は盗賊とか魔物に狙われることが多いしぃ。それに、土木事業とかにもすごく役に立つの、ゴーレムはぁ」
なるほど、それなりに大きそうな挿絵だったしな。クレーンなんかの代わりにもなる上に、街の防衛機能も持ってくれるってわけか、それはあったら心強い。
「でも、それと領主が冷たいってのはどう繋がるんだ?」
「領主をやるほどの人だったら、ゴーレムが国家事業ってくらい知ってるわぁ。それなのにあえて課題として出すなんて、できないことを条件にするなんて、酷い人に違いないわぁ」
何だろう、ふと、ロンロの言葉に怒りがこもっているようなそんな感じがした。
確かに言われる通り、できないことを条件にしたような気がする。
呪い子のノアを追い出したかったのだろうか……だったら出て行けの一言で終わりそうだしなぁ。
あんまり考えてもしょうがないさそうだ。
ただし、そんな会話を進めつつもマナーの練習は続いていく。
「次はぁ、退出時の仕草かしらぁ」
そういって、お手本を見せてくれる。相手を見て胸に手を当ててお辞儀。結構簡単だ。
早速真似てやってみたが「ペースが速い、やり直し」とあっさりダメ出しされた。
簡単に見えることの方が難しいものなのか、最初の挨拶以上にダメ出しをされてとっても疲れる。
そういえばと練習しつつ兼ねてからの疑問を思い出したので聞いてみる。
「ヘイネル……さんだっけ? あの人って看破の魔法を唱えたところを見なかったけど、なんでオレが奴隷の階級にあるとわかったのか、ロンロには心当たりあるのか?」
「看破の魔法を使っていたからでしょおぅ」
「魔法を唱えたところを見てないんだが……」
「あらかじめ看破の魔法を唱えて、起動したままだったのよぅ」
いくつかの魔法は使ったままの状態でいることができるそうだ。看破の魔法も、唱えたあと魔力を流し続けることで、好きな時に対象の事を知ることができるという。
それなりに素質があれば、朝に看破の呪文を唱え、そのまま1日を過ごす者も数多くいるらしい。
街に初めて行った時に話しかけてきた男が、オレの事を奴隷といったのは、そうやって見ていたからなのかと気がつく。
魔法を使いっぱなし、常時起動か、あとで試してみよう。
そんなこんなで、気がつけば日が落ちていた。1日かかって形にはなったと思う。
明日も練習して、明後日は本番の領主への謁見。付け焼き刃も大概なものだが、ないよりかはマシだろう。
うまくいけばいいな。
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