第3話 おいしいたべもの

 異世界か……。

 真偽はおいておこう。


「ロンロさん、ちなみになんですが、どうやったら元いた場所に帰れますか?」

「知らないわぁ、帰れないかもぉ」


 気軽に、帰れないかもしれないと言われてしまった。

 とはいえ、まずは情報収集だ。

 そのまま指さされている子供のほうへ歩いていく。

 目の前にきたとき、体育座りしたまま見上げた女の子と目があった。


 「あっ」


 小さな声をあげ女の子は、すぐにうつむいてしまった。銀色っぽい髪とつむじが見える。

 何歳くらいだろうか?

 部屋が薄暗いので、はっきりとわからないが小学校低学年といった感じだ。

 とても細身だ。栄養失調という言葉が頭に浮かぶ。彼女は、頭からすっぽりかぶる服……茶色いワンピースっぽい服を着ているように見える。


「こんにちは」


 声をかけてみるが反応がない。


「こんにちは、お名前は?」


 もう一回、できるだけ優しい声で声をかけなおす。

 ぱっと顔を上げて「ノア」とボソっと呟いた。

 驚いた顔をしているが、怖がっていないようだ。

 そこでふと気が付く。職場にいたときは深夜だった。今が夜であれば、こんにちはの挨拶は変だな……。


「ごめん、今は夜だっけ。ありがとうノアちゃん。オレ……いや私は……」

「リーダ?」


 ノアと名乗ったその女の子は、不安そうに問いかけてくる。


「そうだね、みんなからはリーダーって言われてる、今は、だけどね」


 否定して雰囲気が悪くなるのも嫌だったので、とりあえず話をあわせる。


「えへへ。リーダ」


 小さく笑って応えてくれたが、すぐにうつむいてしまった。

 笑っていたので、嫌われてはいないと安心した。


「ここはノアちゃんのお家らしいね。ここにはノアちゃんだけがいるのかな?」

「悪魔もいる。ノアちゃんじゃなくて、ノアでいい。ちゃんは嫌……です」


 少しだけ顔をあげて、目を合わせないように女の子……ノアは答えてくれた。

 悪魔?

 ロンロのことだろうか、あいつ管理人と名乗っていたが、悪魔なのか?

 わからないことだらけだ。それに、二人だけ? 両親は、どこにいるのだろうか、聞いてもいいのだろうか?

 いや両親について聞くのはやめておこう。

 後であの自称管理人にでも聞けばいいだろう。

 とりあえず話を続けることを目的に、あたりさわりのないことを聞くことにする。


「今は、何時くらいなのかな?」

「わからない……です」

「今日の天気はどうなのかな、晴れてるといいけど、知ってる?」

「知らない」

「今日は何を食べたの?」

「あの……食べ物。魔法でつくった食べ物。魔法の食べ物」


 相変わらず目はあわせてくれないが……魔法でつくった食べ物?

 魔法、食べ物?

 興味がでてきた。魔法が存在する世界なのか?

 いや、空に浮いている人がいるわけだし、魔法の存在する可能性は頭の隅にあった。もしかしたらと思うとテンションが上がる。


「魔法の食べ物? それって見せてもらえる?」

「うん」


 ノアは立ち上がって部屋の片隅に移動した。

 そしてしゃがみ込むと床を両手の掌でパンパンと叩く。

 床には魔法陣のような模様が描かれていて、その模様が淡い黄色に点滅し、ポワンと音が鳴った。

 それから何もない空中から細長く黄色いブロックが落ちてきた。

 

『カラン』


 床に落ち、乾いた音を響かせた複数のブロック。

 そのうち、ノアは一つを掴んで見せてくれる。

 

「すごい!」 


 思わず感嘆の声がでる。

 いきなり何かでてきた。まるで映画のワンシーンのようだ。


「これが魔法の食べ物。糧食創造の魔法で作る……作ります」


 おずおずとノアはブロックのようなそれを差し出した。

 どこかで見たことがあるな、コレ。細長く黄色く長方形だ。匂いは……しない。


「なんかカロメーに似てる」いつの間にかすぐ後ろでみていた同僚の一人がそう声を上げた。


 カロメー? あぁ、栄養食品のアレか。箱に4つ入っている栄養補助食品のやつだな。


「魔法、マジか……」「うわ、本当にファンタジーみたい」「食べれるの? それ」「ちょっと先輩、味どうっすか?」


 さっきの光景を見た同僚達のテンションが上がる。オレもだ。

 ノアは、急に盛り上がった雰囲気に驚いて、さっと同僚達から隠れるようにオレの後ろにまわった。小さい手でオレのズボンをつかんで足の陰に必死に隠れようとしていた。


「今から、まずは、一口だけ」


 さすがに食べられないものを出すことはないだろう。

 囓ると……思ったより硬くない。

 口に入れると、ボロリとほどけて少しだけ香ばしいような風味がひろがる。

 湿気たビスケットのようでもあり、言われてみればブロックタイプのカロメーだ。

 味はビスケット、ふつうのビスケットの味で、少しだけ甘い。


「あ、これ結構うまいよ。湿気たビスケットみたいだ。うん。おいしい」


 そのまま思ったことを言葉にだしたとき、ノアが視界に入った。

 ポカンと口を開けてノアは、オレをしばらく見ていた。

 それから笑顔で「いっぱい出せるから、みてて!」と何度かパンパンと床を叩いて、その魔法の食べ物を出してくれた。

 同僚のみんなも、オレの感想を聞いてすぐに、拾い上げて食べだした。


「バター味のクッキーって感じね」

「結構美味しいっスね。こういうのをバター味っていうんすね」

「お菓子のショートブレッドに……似てる」

「思ったよりパサついてないな、悪くはないな」


 なかなか好評のようだ。

 オレがちょうど3つ目に手を伸ばそうとしているとき「なんだか拾い食いしてるような気がしてきたから、場所うつさない?」と同僚の一人が提案してきた。

 言われてみれば、しゃがみ込んで、床に落ちている物を拾って食ってるな。うん。


「ノア、どこかにテーブルあるかな? お皿とかも……」

「あっち」


 ノアは、オレのズボンをぐいぐい引っ張ったあと、壁に向かって歩き出した。

 

「案内してくれるの?」

「こっち」


 引きずられるようについていく。相変わらずズボンを掴まれた状態なので、歩き方がぎこちなくなる。

 ノアは、こちらを見ることなく目の前の石壁にズンズン進んでいき、そのまま突き抜けた。


「うわっ」

 

 オレもそのまま壁に突撃する形になって、驚いて声を上げる。

 止まることなく壁につきすすみ、すり抜けた。

 まるで壁などなかったようにすり抜けた。

 ぶつかる瞬間に、目をつぶってしまったが開けたままだとどう見えたのだろうか、少しだけ気になる。

 いつの間にか、ノアはオレのズボンから手を放していた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 少し前に立ったノアは俯いてつぶやいていた。


「大丈夫。びっくりしただけだよ。びっくりして喉がかわいちゃったかな」


 笑って答えると、ノアはまた笑顔になって「こっち」と、目のまえの廊下を進みだした。

 廊下は大人一人分の幅の狭い道だった。床はいつの間にか板張りになっている。

 ノアの後をついていくと階段があって、上がった先には木製の装飾が施された古い扉があった。


『ガチャリ』


 背伸びしたノアがノブを捻りドアを開けると、大きな部屋があった。

 木製の壁に囲まれた部屋はあらゆるものが古びて見えた。

 とても長い間放置していたようなところだ。天井近くにはちらほらと蜘蛛の巣も見える。

 中央には10人くらいは囲んで食事ができるような大きなテーブルと、何脚かの椅子が置いてある。

 テーブルも椅子も、足の部分に模様が彫ってあって高そうだ。

 そのテーブルにはボロボロになったテーブルクロスがかけられている。

 壁には棚が据え付けられていたり、剣や杖もしくは絵がかけられていたり、立派な暖炉まで備え付けられている。

 暖炉なんて初めて見るが、ずっと使われていないようで空っぽで綺麗なものだ。


「こっち……です」 


 ノアは、さらにその部屋から扉をあけて奥へと進んでいく。

 後を小走りで追いかけると、隣の部屋にあった小さめのテーブルに、木製のお皿やコップが置いてあった。

 こちらは、手入れされているようで、部屋の調度品類とは年代や雰囲気が異なっていた。

 ノアは、部屋においてあった小箱をテーブル脇におくと、よじ登って、テーブル上のお皿を器用にとったあと差し出してきた。


「はい、リーダ。お皿です」


 いままでとは違ってはっきりとした口調でノアはそういった。なんだか得意げだ。


「ありがとう」


 お皿をうけとり、先ほどの部屋へと戻ることにした。

 隣の部屋も、この部屋も、物が豊富にあって安心する。

 絶望的な状況ではない事がわかり一安心。

 食べるものも、住む場所も確保できそうだ。

 家主のノアとは友好関係が築けそうだし、いい感じにすすんでいる。

 

 それに魔法。オレにも使えるのかな。

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