問答

萩原マツ

問:わたしは誰か

「博士! まさかこのような場所で会えるとは」

 所用のために席を立っていたリウに向けられた声は歓喜に満ちていた。

 振り返れば、今まさに運ばれようとしていたゴミ山の隊列から飛び出し、こちらへ走り寄る人型がいた。

 異常な脚力で迫るそれを周囲の作業員は止めようとするが、下手をすれば被害が及ぶため、手を出しかねている。

 それを悟り、リウは己の役目を全うすべく懐へと手を伸ばした。

 ドーム状の室内にその声が反響する。

「えぇ、もうお傍を離れません。ですから、お願いです、もう一度機会を」

 その続きを聞くこともなくリウは小銃を構える。そして、懇願から困惑の表情を作ったそれへ、迷うことなく引き金を引いた。


 銃から鉛は発射されない。

 そもそも、この銃は破壊を目的としていなかった。


 代わりに飛び出すのはリウには見えない光線である。それはとっさに自己を守ろうとする腕を乗り越え、目標へ到達すると、機械の活動を止めた。

 耳障りな音と共に崩れ落ちたそれ。その目に光が宿っていないことを確認し、リウは声を張った。

「ネッシちゃーん、これ持って行ってー」

 周りは次々とゴミを運ぶ機械の音で満ちている。

 その中でリウの声に反応するのは、アームの立派な、ここの作業員である。さきほどまで様子を伺っていた作業員は安全を確認すると、滑るような動作でリウの元へやってきた。

 ネッシもといネシティ四号はその剛腕で鉄の塊を掴みあげ、ゴミ山へと繋がるラインへと運び込む。そのラインの先には小窓があり、大小関係なく運ばれたゴミは次々と外へと放り出されていた。

 それが暗闇に消えゆく最後を見届けて、ようやくリウは小銃をしまった。


 廃棄処分予定のアンドロイドが処分待ちの列から飛び出す事案は、これで十件目であった。

 ここに送られてくるからにはどこか不備があるからだろうに、人には逆らわない機械相手だからと外部の担当者が電源確認を怠ったのだろう。

 廃棄するロボットはすべて電源を切っておけ、という再三の申し入れも聞き届けられていないらしい。

 そのことが分かり、リウは再度作成中であった文章を破棄することに決め、そそくさとその場から退散した。

 周囲で働くネシティたちに誤認され、ゴミ山に放り出されるのは御免だった。



 故郷である地球から遠く離れた位置にあるその惑星は、ゴミ処分場として日夜稼働している。

 定期的に運ばれてくるゴミの量は年々増加するばかり。生ごみの処分場でなくてよかった、と思う程度には着実に惑星の表層を鉄くずが覆いつつあった。

 その処分場にて、唯一の生命体であるリウは処分場の受付嬢という役職に就いていた。

 とはいえ、こんな辺境な惑星にやってくるのはゴミを運ぶ無人船やさきほどのような狂ったロボットばかりで、受付嬢という肩書はただのお飾りになりつつある。

 処分したゴミの量などその日の業務報告は優秀なコンピュータが済ませてしまう。ゴミの処分も、ネスティたちがテキパキとこなす。

 リウができることと言えば、惑星を飛び交う無人カメラから送られる映像を眺めつつ、彼らの活動に不備がないか確認する程度であった。

 しかし、そんなリウも一日中室内に籠りつづけているわけではない。

 毎日三回、必ず外へ出て、ゴミ山を散歩するのである。


 アンドロイドにからまれたために多少時間は経過したが、いまだ太陽は沈んでいない。そのことを確認して、リウは専用のマスクを装着して外へ出た。

 この惑星は草木もなく、ただ荒涼とした砂地が広がるばかりである。今はそこに鉄の山が出来上がっているが、風景として楽しめる要素は全くない。

 そんな散歩道を黙々と進んでいると、ふいに人影が見えた。

 すり切れた衣をまとい、鉄の山と山の間にできた道を歩く男。その者も風景に感じ入っている様子はなく、ただ他にすることがないために歩いている、といった風であった。

 この酸素濃度の薄い中、マスクもなしに活動しているとすればそれはロボットで間違いない。

 迷うことなく懐にしまった小銃を掴んだ。

 リウの肉眼で確認できるほどの距離である。さらに優れた目を持つ彼は、もちろんリウの姿も警戒もいち早く察知することができただろう。

 小銃を手にした姿を見て、己を守るために逃げるのであれば追いはしない。リウとて、好んでロボットを処分するわけではない。

 だが、この処分場でのんきに歩くアンドロイドが正常である可能性がどれだけあるのか。

 その疑いは、逃げることもなくリウの顔を確認して、驚いた様子で近寄るアンドロイドによって深まった。

「博士……? なぜ、このような場所に」

 問いに答える気もなく、さきほどのように銃を構え、引き金を引く。

 そうすれば瞬く間に目の前のアンドロイドも、活動を停止する、はずだった。

 しかし、そのアンドロイドは小銃に驚きはしたものの、それ以上のリアクションはなかった。倒れることもなく、その場に立ち続けるそれにリウは少なからず驚いた。

 この小銃が扱われるようになったのはリウが生まれるしばらく前から。他の電気機器のリモコンのように、ボタン一つでロボットの起動停止を操れるものだった。

 目の前のアンドロイドに小銃が効かないとすれば、リウが生まれる以前の古い型のアンドロイドである。

 そんなアンドロイドがメンテナンスもなしに今まで活動できているというのは驚きだった。

 その僅かな時間に、アンドロイドの表情が驚きから変化する。


 怒り。


 俊敏な動きで距離をとったアンドロイドはリウに敵意を抱いていた。

「その銃、わたしには見慣れないものですが、その反応からするとわたしの行動を奪うものだったのでしょう」

 旧式であっても観察力は申し分ないようだ。

 二度目の問いにも返事はせず、リウは今はどうすることもできないアンドロイドを放置し、散歩を続行することに決めた。

 その後をアンドロイドの声はついてくる。

「あなたはわたしの製作者でしょう。突然わたしをこのゴミ山へ連れてきて放置とは、酷いではないですか。わたしはあなたの役に立ちたい、ただそれだけなのに」 

 博士、とついてまわる声が煩わしい。

 無意識に歩調は荒くなり、できもしないのにアンドロイドを引き離したくなる。

 しかし、唐突に零された言葉に、思わず立ち止まった。

「いや、でも、おかしい。いくら技術が進歩したとしても、あなたがその姿なのはおかしい。あなたの姿は出会ったときと全く変わらない。あなたは今、七十歳であるはずなのに」

 リウが振り返って見たその視線の先、アンドロイドのレンズには二十代の女性の姿が映っていた。

「あなたは何だ」

「クローンよ」

 思わず呟いたリウの言葉に、アンドロイドの首が傾く。

「クローン?」

 その危うい発音にリウはうなずく。

 ロボットたちが『博士』と慕う女性。その者のクローンの一人としてリウは生れた。

「クローン。あなたが作られたときにはなかったでしょうね」

「えぇ、禁じられていましたし、技術として確立していなかった」

 ジッと凝視してくるアンドロイドはなにを考えているのか分からない。

 それを見て、リウは余計なことをしゃべったと顔を少し歪めた。会話に餓えていたからかもしれない。だから、不要なことを口走ってしまったのだ。

 そう考えてリウは再び散歩を開始した。

 相変わらずアンドロイドはついてくる。なにもしゃべらないのが不気味だった。


 鉄くずの丘を登り、いつもの場所に腰かける。その場所に座れば自然と柔らかな日差しが降り注ぐ。

 その暖かさは地球で感じたそれと変わらない。マスクごしではあるが、目を閉じて深呼吸をすれば地球の木々の匂いが香った気がした。

 少し離れた場所に突っ立ったアンドロイドが声をかけてきたのは、そのときだった。

「酷似しているとはいえ、地球に比べればこの惑星は快適とは言い難いでしょう。生身のあなたが、長時間外をさまよう理由がわかりません」

「心配しているの?」

「いえ……はい、そうでしょうか」

 肯定か否定かはっきりしない言葉を吐く声は、人間でいうと心底困っている風に聞こえる。

 それがよく分かっていたリウは小さく笑った。

「わたしは太陽光からエネルギーを作れるようになっているの。だから、ちょっとくらい日差しが強くたって、構いやしないわ」

「……クローン、なのでは」

「クローンよ。あなたたちが敬愛する博士の細胞を用いてつくられた、光合成できるクローンなの」

 オリジナルである彼女は実験のためには自身の細胞を使うことも厭わなかった。

 その結果、クローンであるリウの他にもたくさんの姉妹が誕生した。それぞれが特徴を持つ姉妹たち。彼女たちもオリジナルであり生みの親である『博士』に心酔していた。

 そのためか、自身らに向けられる他者の視線に滅法鈍かった。リウは敏感すぎて、こんな辺境の惑星に逃げ込んでいるというのに。

「あなた、迷っているのね」

 この言葉にアンドロイドは押し黙る。それでも、リウにはこの古いアンドロイドが答えを出せずにいる問題がよく分かっていた。

 旧式とはいえロボット。その行動は人間には逆らわない、危害を加えない、危険から守るという法によって縛られている。

 だが、この旧式のアンドロイドは他のアンドロイドが『博士』と呼ぶリウを、『博士』ではないと認識した。

 それら二つによって、このアンドロイドはリウへの態度を決めかねている。

 これは新型のロボットたちには見られないもので、興味深くもあり、また答えを聞くのが恐ろしくもあった。

「あなたはやっぱり旧式ね。今の地球でその判断に迷うロボットは存在しないわ」

「その判断、とは」

「わたしを人間として扱うか、扱わないか。さっきからそれを悩んでいたのでしょう? 問題が解決できないからと言って、とぼけるのはなしよ」

 砂が挟まったのか、耳障りな音を立ててアンドロイドは軋んだ。

「はい、確かに、わたしは迷っています。あなたは博士ではない。そうは言っても博士でなかったら人間ではないという式はおかしい。しかし、あなたは人間に作られた存在だ、わたしと同様に」

「どうかしら。どっちなのかしら。答えは出せる?」

「……地球では、他のロボットはどのような答えを出したのですか」

 苦しまぎれに出されたその問い。それに対してリウは笑った。

「そんなの、教えるわけないじゃない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

問答 萩原マツ @higata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ