第60話 焼肉をつつくカップルは、本当に親密か問題

「でもさ、このお店ってカップルが多いよね?」

 琴子が、あたりを見渡す。


 孝明たちだけではない。周りもカップルだらけだ。


 創業六〇周年であるこの店は、換気扇が十分に仕事をしておらず、煙の逃げ場がない。

 店内BGMも有線の演歌だ。


 少し街側へ行けば、オシャレな焼き肉屋が立ち並ぶエリアに行き着く。


「隠れた人気店なんだよ。洒落た店だと、焼肉っていっても気を使うだろ? こういう店を嫌がらない相手かどうか見極める指標になるんだよ」


 客たちは不平を言わず、この店で食べるのだ。

 長年の信頼によって、この店は成り立っているのである。


「そもそもなんで食べ放題なんだ? よりによって焼肉とは」


「だってさ、『焼肉を食べるカップルは親密』っていうじゃん?」


 その説なら、孝明も聞いたことがある。

 精の付くものを食べて、ハッスルしようという説など、様々な憶測が流れている。


「都市伝説だ、そんなもん」

 お互いにニンニク臭ければ気にならないという認識だろう。


「言っておくが、オレはお前に手を出さないからな」

 いくら交際しているとはいえ、そこはケジメをつけたい。


「なーにマジになってんの、コメくん」

 琴子が箸休めのカクテキを頬張った。不平があるかのごとく、ボリボリと音を鳴らす。


「いいから食べようよ。お肉固くなっちゃうよ」


 琴子の真意が読めず、孝明は黙々と箸を動かす。


 孝明はまだ、肉が辛くなるお年頃には遠い。

 それでも、今日の肉は何かとリスキーな味がした。


「あのさ、そこまで強調して言うってことはさ、けっこうガマンしてたりするの?」

「いいから食え」


 琴子からの危険球を、孝明は見逃し、華麗にスルーする。



「本音を言うとさ、文化祭で屋台の商品が決まらなくて。そのアドバイスを、と」


 結局、休み明けの月曜日に持ち越しになった。

 これで決まらなければ、別の演目をせざるをえない、と。


「何が候補なんだ?」

 孝明が、焼けたカルビを飯に載せ、口へ運ぶ。


「演劇」


「ああーっ、お前が模擬店に固執する理由は分かったよ」


 要は、演技をしたくないのだ。


「演劇部からもスカウトされたけど、断固拒否った。無理だからって」


 琴子がロースで白米を巻く。


 生徒全員、琴子が女優の娘だと知らない。


 また、親が演劇者だからといって、子供にまでその遺伝子が受け継がれているワケではなかった。

 

 琴子は素直すぎて、演劇には不向きである。


「分かったよ。引き受ける。ただし、アドバイスだけな。ヘタにオレが動くと、えこひいきしたってなるから」


 孝明の会社が取材する以上、孝明も公平な立場を取らねばならない。

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