第58話 モクテルはたいてい、謎な味になる問題

「お前のリクエストなんて、聞くんじゃなかったよ」

 店のテーブルに、孝明は頬杖をつく。


「いいじゃん。どうせ明日はお互い休みなんだから」

 琴子が指定した「看病のご褒美」は、焼肉の食べ放題だった。


 嬉々として、琴子がロースターに肉を敷く。

 タンなどの上品な肉は頼んでいない。


 カルビやロース、ハラミ、ホルモン系の、腹にたまる類いばかりだ。


「あんまり焼くなよ。忙しくなるぞ」


「食べ放題だから、ジャンジャン焼かなきゃ」

 ロースターに肉を並べながら、琴子がトングをカチカチ鳴らす。


「いただきまーす」

 焼き上がったロース肉を、二人して噛みしめた。


「さいっこー」


 ほぼ同時に、肉に対して賛辞を述べる。白米も進む。


「あー、この一杯のために生きてるよね」

 ドリンクバーのジンジャーエールを、琴子はオッサンのように飲み干す。


「建一みたいなヤツだな」

「ああ、この間のお友達?」

「そう。あいつさぁ、酒乱とかじゃないんだが、味にうるさくてな」


 あそこまでいくと、好きを超えて「通」だ。

 うんちくを述べたりしないので、うるさい評論家よりマシな方だが。


「コメくんは、お酒ダメなんだよね?」


「苦手というか、嫌いだからな。ついでに、ムリヤリ飲ませるヤツも嫌いだ」

 孝明は、焼けたカルビを琴子の皿にポイポイと放り込む。


「ハッキリ言うねー」

 琴子がカルビをパクパクと口内へ。

 パンパンに頬を膨らませて、ジンジャーエールで流し込む。


「匂いの段階でダメでな」


 強烈な酒の匂いを嗅いだだけで、頭が痛くなってくる。

 奈良漬け程度でも、受け付けない。


「建一くらいならどうってことないが、酒乱の酒臭さは近寄りたくない」

「分かる。あたしもお酒ダメだし」


 未成年なら、当然だろう。


「何か入れてこようか?」


 先ほどから、琴子はドリンクバーを何周もしている。


「行ってこいよ。オレはコーラがまだあるから」

「グラスはいくつ使っても大丈夫なんだから、遠慮しないでよ」


「いやお前、絶対何か企んでるだろ?」

「何をおっしゃいますか」


 そんな怪しげな応対をしている時点で、腹の内が分かるというモノ。


「謎ジュースなんて作るなよ。もったいないから」

「えーなんで? 流行ってんじゃん。モ、モモクンだっけ?」


 どうしてドリンクが桃味限定なのか?



「モクテル、な」


 アルコールの入っていないソフトドリンクで作ったカクテルを、モクテルという。

 疑似という意味の『モック』と、カクテルを掛け合わせた言葉だ。


「これもモクテルだよ。レモンとジンジャーエールを混ぜた疑似ハイボールだよ」


 その感じだと、うまそうである。壁のモクテル作成欄に書いてあった。

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