第20話 人妻と外食は浮気か問題(後編)

 ついこの間まで、セーラー服を着ていたのではと思えるくらい、里依紗は顔立ちが若い。


 孝明とは大違いだ。結婚の経験もないのに子持ちと周囲から思われている。


「言っておくが、オマエと付き合うヤツはゴリラくらいだろうなと前から思ってたからな」

 正直な話、孝明には里依紗に恋心を抱いた記憶などない。


「まあ、根本先生は見た目ゴリラだしね。否定しないよ」

 丼を持ち上げ、里依紗はラーメンのスープをすべて飲み干す。


「はー。幸せ。こんなだらしない顔、生徒に見せられないもん」 

 普段はキリッとした、体育教師兼バレー部顧問を演じているらしい。


「言いたくないけどさ、面倒な生徒ばっかり押しつけられてさ」

「それだけ、オマエがしっかりしている証拠だって」

「ありがとう。そう言ってくれるのはコーくんだけだよ。どうにかならないかなー? この間も進路希望に『お嫁さん』って書いた子がいてさー」


 孝明はラーメンを吹き出しそうになった。


 琴子の担任って、里依紗だったのか。


「どしたん? コーくん?」


「いや、なんでもねえ」


「担任の名前が根本先生」と、琴子から聞いていた。

 その先生は、孝明の出身校から転任してきたらしい。

「ゴリラ根本か」と聞いたら、「ウン」と琴子は返した。

 てっきり「おっさんの方」だと思っていたのに。里依紗のことだったのか。


「その子がどうかしたのか?」



「三者面談に、保護者の方が来なかったのね」

 深刻な顔で、里依紗は水を煽る。



「そんなに、その子と親ってのは仲が悪いのか?」

「違うの。忙しすぎて時間が取れないんだって」

「ご両親は、何をやってる人か、ってのは聞けないな」


 さすがに踏み込みすぎだ。

 生徒の個人情報を軽々しく他人に教えるなど、教師ではない。


「教えられないねー。替えの効かない職業ってだけ言っておくよ」


 海外で暮らそうって話が出たらしい。しかし、琴子は断った。


「特に理由なんてないし、英語の成績もいいんだよね。なのにイヤだって」


 どうしても、日本で暮らしたいと猛反発したという。


 琴子の身に、何があったのだろうか?



「こっちに好きな人でもいるんじゃないかな?」



 今度は、チャーハンが気管に入った。


「まっさかな。あいつに限って、それはない」

 ボソッと、孝明はつぶやく。



「なんでアンタにあの子のことが分かんの?」



「あ、いや、こっちの話だ。忘れろ」

 咳き込んで、孝明は取り繕う。


「知り合いなの?」


「全然知りませんよー」

 何も隠してないと言い張って、その場をしのぐ。


「でもよ、JKの悩みなんて、大したコトじゃないと思うんだが? ふとしたきっかけで、解決できると思うぜ」

「だといいんだけど。じゃあ、ごちそうさまー。ホントにお会計、任せていいのー?」


 あれだけあった貯金を姉に融資して金欠なのだが、別に構わない。

 貴重な話が聞けたし。


「今日はありがとうねー。ちょっとしたデート気分で楽しかったよー」

「ギョウザの紳士でデートって、かなり気心が知れてないとカノジョは怒るぜ」

「そうかもね。んじゃ、学校に戻るから」

「またな」


 店の前で、里依紗と別れた。

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