第16話 お茶漬け止まらない問題

「わがままで、紛らわしいことになってしまって、ごめんなさいね」

「あ、いえ」


 若菜が謝ると、琴子はアタフタと取り繕った。


「ところで、私が橋の上で泣いていたのを、あなたはどこで目撃したの?」

「遠足のバスに載っていたときです」


 橋を通りかかって、歩道側に孝明を見つけたらしい。


「あれだよ。若菜が会社辞めた直後だよ」


 自分に害を与えた会社とは言え、ずっと勤めてきた場所だ。

 辛い思い出だけじゃなかったのだろう。

 感極まって、あのとき若菜は泣き出してしまったのだ。


「そうだったの。見苦しいところを見せたわね」

「とんでもありません。そのときの孝明さん、優しそうだった」





「あらそう。好きになってよかった?」





「ス……!」

 琴子が石化した。



「隠さなくていいのよ?」

「いやあの、そうだ。ゴハンにしましょう! ここおいしいんですよ!」



 琴子が催促するが、若菜は腕時計を確認して、首を振る。

「ごめんなさい。息子がお腹を空かせて待っているの。今日はもう帰るところだったから」



 夕焼けがもう沈みそうだ。



 建一が「昼から飲もう」と言ったのも、若菜が夕方には帰る必要があったからである。



「そうですか。呼び出してすいません」

「いいのいいの。孝明が見初めた人がどんな女の子なのか、見てみたかったから」


 孝明も石化した。



「すっごく可愛らしくてびっくりしたけど、応援してるわ。年の差なんてどうとでもなるから」


「あの、お姉さん。あたしたち、マジでそういうんじゃないんですけど?」


「フフ、それじゃあね。孝明をよろしく」

 本当にリミットなのだろう。いそいそと、若菜は帰っていった。


「えっとな、明日から、あの人の元で働くんだ」

「お姉さんの下で?」

「うん。姉が独立するってんで、スカウトされた。本社で転勤を言い渡されたばかりだったから、ちょうどよかったぜ。これで心置きなく辞められるってな」


 明日からは若菜の元で、新事業を立ち上げる。


「夏は忙しくなるだろうな。夏休みの間は、会えないかも」

「いいよ。頑張ってコメくん」


 じゃなかった、と琴子が孝明の耳の側に、顔を近づけた。




「こ、孝明さん」




 耳元でささやかれて、孝明は全身がムズ痒くなる。

「やめろ。心臓が止まる」



「へへーん」



「だから、やめろ。琴子」



 今度は、琴子の方が硬直した。



「なんだか、変な感じ」

「だろ、だからもうヤメだ。コトコト」

「そうしましょ。当分はコメくんで。何を食べよっか?」

「お茶漬けが食べたい。もう入らなくて」

「だね。あたしも今日は、あっさりしたものが食べたいなー」



 胸を落ち着かせて、二人は仲良く入店した。

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