第7話 甘いものは本当に別腹か問題
「うっひょーっ! いただきまーす!」
まるで子どものように、
手が汚れることすら気にせず、口いっぱいに詰め込んんだ。
「今日は、ホットケーキで」
ホットケーキのハチミツは少量で抑える。ドバッとかけると甘すぎて食べられない。
「そっちもいいね!」
口をソースまみれにして、琴子は孝明のホットケーキを、うらやましそうに眺める。
厳密には、ホットケーキに添えられているバニラアイスに。
「アイス食べるの?」
「こうするんだよ」
孝明は、アイスをホットコーヒーに落とし込んだ。
「おー、コーヒーフロート?」
「正解だ」
ブラックコーヒーと、バニラのアイスを混ぜ合わせ、喉を潤す。
「子どものころ、大好きだったんだよ。これ」
その頃よく、デパートに向かう親について行ったものだ。
ショッピングが目的ではない。
お目当ては、レストランでランチを取ることで。
孝明は決まって、ホットケーキとアイスコーヒーフロートを頼んだ。
昨日実家に電話を掛けて、思い出してしまった。
当時を振り返りながら、孝明はフロートの懐かしさに浸る。
元気よく、琴子が手をあげた。
「おじさんクリームソーダ!」
琴子がオーダーをすると、大将がすぐにメロソーダを用意する。
ワイングラスに、緑色の炭酸が目一杯の氷と共に注がれていた。
メロンソーダの海には、バニラアイスの島が浮かぶ。
「ありがと。いただきます!」
琴子はストローで豪快に、メロンソーダを吸い込んでいく。
「よく入るな」
「甘いものは別腹ってね」
パフェ用の細長いスプーンで、琴子はちょっとずつ、アイスの島を崩す。
「コメくんって、どんな子だったの?」
「普通だ。ゲーム好きのハナタレだったよ」
「でも、イイ感じの会社に勤めてるんでしょ。すごいじゃん」
「すごくねえよ」
あの当時は、がんばればがんばるだけ、見返りが来るんだと思っていた。
しかし、大きくなるにつれて現実を知ることに。
報われない人たちの、なんと多いことか。
世の理不尽を呪い、孝明はサボリーマンの道を選んだ。
「何を言ってるの? コメくんはすごいよ。こうして朝と夜に、食堂でごはん食べるんでしょ?」
「それの何がすげえんだよ?」
「だってさ、そのお金を稼ぐだけでも、ほとんどの人はヒーヒー言ってるはずだよ」
今まで全く意識していなかった。琴子に言われて、始めて気づかされた気がする。
「そう、だな」
「どうしたん、コメくん?」
心配させてしまったのか、琴子が孝明の顔を覗き込む。
「いや、なんでもない。ありがとな」
コーヒーを口へ運ぶ手が、震えていた。琴子の言葉を肯定していいのかどうか、脳が判断できない。
それだけ、衝撃的だったのだ。
こんな簡単なこと一つ、肯定できない頭になっていたなんて。
「オマエはどうだったんだよ、コトコト」
自分だけ語らされ、フェアじゃないと思った孝明は、意地悪な質問をぶつけた。
照れ隠しもある。
「あたしはいいじゃん。今も子どもだし」
その手には載らぬと踏んでか、琴子は取り合わない。
「だな。クリームソーダ大好きだしな」
あえて挑発する。
「うん。それでいいよ」
意外と素直に、琴子は引き下がった。てっきり怒ると思ったのだが。
本気で、琴子は過去に触れて欲しくないようだ。
「悪かった」
「あっ、いいっていいって全然全然!」
無理に笑顔を作り、琴子はいそいそ登校の用意を始める。
「じゃあ、ごちそうさま!」
まるで取り繕うかのように、琴子は学校へと向かった。
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