第2話 シャケ皮食べるか問題
この店の雰囲気は、好きだ。
味はまあまあで、価格もリーズナブルだった。
飾り気がなく、客がいないのがいい。
近所にパチンコ屋でもあったら、賑わうのだろうけど。
営業時間が、朝七時半から十時、昼は十四時から開いていて、なんと十九時には閉めてしまう。
ここら一帯の従業員用に、開けているのかも知れない。
あの大将は、人の多い場所を嫌っている様子がある。
商売っ気ゼロだ。
そこがいい。
へたにフレンドリーだと、客も調子に乗る。
店員がこちらに気づかない問題が発生するから。
あれくらいの距離感がちょうどいい。
毎日通ってもいいと思えた。
「ただなぁ」
問題は、あの琴子とかいうJKである。
馴れ馴れしいとは表現しがたい。それだと不快感になる。
悪い気はしないが、ちょっと距離が近い。
例の如く、引き戸を開ける。
いた。いつものJK、琴子が。
琴子がこっちを見る。
これ見よがしに、シャケの身を白米に乗せ、白飯といっしょにいただく。
食通ぶって目を閉じ、「はふぅ」とシャケの味わいに酔いしれていた。
こんなの、頼むしかないじゃないか。
「シャケ定」
「あいよ」
朝と同じ無愛想加減で、大将は調理を始めた。
炭火ではなく、グリルか。
「はいシャケ定」
あっという間にできあがる。
メインのシャケの切り身、白い飯とパック入りの味付け海苔、豆腐の味噌汁、ドリンクのほうじ茶は熱い。
「いただきます」
手を合わせ、シャケにしょう油をかける。
しょう油差しも各種容器も安っぽい。
だがこれでいいのだ。ここにそういう洒落っ気は求めていないから。
切り身を丁寧にほぐし、白飯と一緒にいただいた。
うん、普通味だ。けれど落ち着く。
今度は、小皿にしょう油を垂らして、海苔をくぐらせる。
それで白飯を包み込む。
しょう油と飯の熱でフニャッとした海苔と、ホカホカの白米が融合し、独特の甘みが口の中に広がった。
白米が大盛りなのもうれしい。実家に帰ったみたいだ。
それはそうと、どうして琴子は、こんなところでメシを?
「定食なら、牛丼屋があるだろ」
表通りに、チェーン店の牛丼屋がある。
そこに通えば、それなりのシャケ定食が食べられるはずだ。
わざわざ路地裏になんて来なくても。
よく行く牛丼屋の朝メニューより安かった。
だが、JKの皿を見る限り、身はこちらの方が分厚い。
「ひとりで牛丼屋さんに入るの、怖いから。おっさんばっかりでさ」
どういう神経してるんだ? こんなヘンピな場所の方が落ち着くとは。
「オレもおっさんなんだが?」
「おじさんは別。だって手帳、悪用しなかったし」
変に信用しすぎだ。
とはいえ、分からないでもない。
ここは客がやたら少なかった。はやっている様子もないし。
完全におっさんの道楽で開けているな、という店だ。
シャケも本格的な焼き方じゃない。
手が込んでいるわけでなく、添え付けの海苔もパック式だ。
「おっちゃん、御飯おかわり! 半ライス!」
店の大将に向けて、琴子は空になった椀を差し出す。
「あい」と小さく返事をして、大将は飯を少量盛った。
「ありがと」と、少女は半ライスの椀を受け取る。かと思えば、また朝のようにこちらへとすり寄ってきた。
「さて、わたしもマネしよっと。いただきまーす!」
手を合わせ、琴子は味付け海苔にしょう油をくぐらせ、飯と共にかきこんだ。
「家にメシ、ねえの?」
これは、朝質問しようとしていた話だ。
「塾がこの近くにあってさ。そこに通っていたときに見つけたの。家に朝も夕飯なくてさ」
琴子の手には、千円札が一〇束くらいある。
「ほんとはもっとあるんだけど、持ち歩いているのは、毎日こんくらい」
「あんまり見せびらかすなよ」
「してないよ。だいたい友達と遊び行かないし」
危なっかしいなと、孝明は思った。
女子がこんな路地を一人で出歩いて。
「それにしても、キレイに食うんだな?」
琴子の皿には、小骨と皮しかなかった。
皮にへばりついた身すら残っていない。
「ちゃんとしつけられたから。お魚好きだし」
若いのに感心する。
「ウチの学校だと、魚キライって結構いるよ。回るお寿司もツナばっか。で、プライドポテトとか頼んでるの」
「もったいないな」
フライドポテトは、孝明もよく頼む。カリカリでうまい。
寿司屋であることがもったいないくらいに。
しつけができているなら、悪い遊びに付き合うといった心配はなさそうだ。
しかし、寂しいだろうなと思う。
こんな枯れたオッサンに話しかけないとイケナイくらいに。
琴子の皿を見る。
シャケの皮がなかった。
見ると、シャケ皮は白米の上に載っている。
「シャケの皮、食うんだな?」
「うん。めちゃ好き」
半ライスを、琴子はシャケ皮と一緒に口へ放り込む。
「うーん、これこれ!」
まるで小さな子どものように、琴子はイスをガタガタさせながらはしゃぐ。
「イマドキのガキにしては、珍しいな。シャケ皮が好きなんて」
「あのね、『イマドキのガキ』ってカテゴリでくくんないでよね。あたしはあたしだから」
琴子の視線が、オレのシャケ皿に移る。
「シャケ皮、食べないの?」
ジーッと、シャケの皮とにらめっこしていた。
「おう。最後に取っておくんだ。大将、オレもおかわり。半ライスで」
味噌汁と白米を一期にかき込み、孝明は空の椀を大将に差し出す。
すぐに御飯がよそわれた。
孝明はサッと受け取って、シャケ皮を箸で摘まむ。
かじろうとしたが、琴子が口を開けたまま、悲しそうな顔をしていた。
「欲しいのか?」
犬みたいに、琴子は何度もうなずく。
「そっか。ほらよ」
わずかに飯の残った琴子のお椀に、孝明はシャケ皮を恵んでやった。
「え、いいの?」
「やるよ。朝は見ちゃイケナイもの、見ちまったし」
唐突に、琴子が足の間に両手を挟み込む。
「ちょ、ヘンタイ?」
「違う! 生徒手帳っ!」
「あ、そっちか。別におじさんなら、いいかな?」
なんだろう、その謎の信頼は。
「でも、フェアじゃないね。ほい」
琴子はシャケ皮をかじり、半分だけ返してくれた。
「お前さんの口が付いたやつ」
「気にしない気にしない。おいしいかもよ」
確かにうまいだろうと思うが。
「いだたきます!」
ヤケになって、半ライスとシャケ皮をモリモリと口へ運ぶ。
悔しいがうまい!
「ごちそうさん!」
「あたしもごちそうさんでした! さ、帰ろっかな」
琴子がカバンを手に持つ。
「あ、そうだ。身分証ある?」
「なに?」
「だから、身分証を見せて」
琴子が、手の平を上にして、催促する。
「おっさんの名前なんて、興味ないだろ?」
「あるよ! あたしだけ身分明かすなんて、フェアじゃないもん」
「ったく」
孝明は、免許証を琴子に差し出す。
「いずみ、たかあきくん?」
「こうめいだ。いずみ、こうめい」
「この字さぁ、料理する人の名前だよね?」
その通りだ。テレビの料理対決番に出ていた鉄人と同名だ。
「知ってるんだな」
「ママが高校の時にやってたんだよね?」
孝明は、当時中学生だったっけと、当時を思い返す。
その頃、よくこの名前でからかわれた。
両親は、本当は
「孝明くんね。よろしく、コメくん」
「コメくんだぁ? まるでオレがお米大好きみたいじゃねえか!」
「だって、『コーメーくん』だと、ホントに諸葛孔明みたいじゃん。カッコ良すぎ」
琴子にとって、孝明に格好良さなど不要らしい。
「社畜の割りには、結構早い夕飯じゃない?」
現在、夕方の十八時だ。
「うるせえ。オレは社畜じゃねえし。サボリーマンと呼んでくれ」
「よけい悪いじゃん」
何度でも言え。孝明はもう、不要な残業なんぞやめたのだ。
会社から嫌われてしまったが、構わない。
「あばよ琴子」
「じゃあ、また明日も一緒に食べようね、コメくん」
また明日もって、確定事項なんだな。
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