おっさんとJKが、路地裏の大衆食堂で食べるだけ

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 路地裏と大衆食堂とJK

第1話 お店で「いただきます」を言うかどうか問題

 いい香りに釣られて、和泉いずみ 孝明こうめいは路地へ吸い寄せられていく。


 今日は朝から、何も食べていない。いつもゼリーだけで食事を終えているが、今日はその買いだめさえ怠った。疲れているな。


 だが、この日は違った。パンの焼ける匂いが、孝明の鼻をくすぐったのである。


 路地をずっと進むと、一件の定食屋があった。


「こんな店、あったっけ?」

 孝明は首をかしげる。


 ここは飲み屋街のはず。

 孝明の職場から近く、会社の飲み会を開いたこともあった。

 しかし、こんな店の存在は知らない。


 腹のうずきが、孝明の思考をやめさせた。何か、腹に入れなければ。

 引き戸を開ける。


 凹の字型カウンターの中央に、店長らしきオヤジが食パンを焼いていた。


 客は、黒いブレザー制服を着たJKが一人だけ。

 彼女は左奥の席で、ゆで卵の殻を白い手で剥いていた。

 カワイイ顔立ちや服装のキュートさはともかく、品の良さが漂う。


『そうだ。オレはJKに用はない。モーニングに用があるんだ』 

 孝明はカウンター中央に腰掛ける。


「モーニング」

 カウンターに置かれたメニュー表を見るでもなく、腹が要求する料理を告げた。


「あい」と、無愛想に店主は受け答えする。


 改めて、メニュー表を見た。

 チョコレートパフェもあるのか。今度、休憩時間にでも寄ろうかな。


「こっちいい?」

 トレイを持って、JKがこっちに寄ってきた。


「は?」と、孝明は席を離れようとする。


 有無を言わさず、JKは孝明の隣に腰掛けた。


「んだよ、気にくわなかったか」


「いや、こっちのことチラチラ見てたからさ。さみしいのかなって」

 挑発的な言葉をJKが投げかけてきた。


「別に用事なんてねえよ」

「ウソだ。見てたじゃん」

「あれは食パンがうまそうだったからだ!」


 朝からあんなうまそうなモン見せられたら、誰だって釘付けになる。


「おまえさんこそ、朝メシ食うならもっとオシャレな店とかあったのに、ここかよ」


 正直に言って、この定食屋は女性一人ではいるには、勇気が要るのでは。


「あ、来たよ」

 質問には答えず、JKはカウンターの向こうに視線を送る。

 ホットコーヒーと一緒に、モーニングセットが用意された。


 定食屋でモーニングっていうのも、ちょっと変わっていていい感じだ。


 半分に切ったトーストには、バターが塗ってある。

 添え付けは申し訳程度のトマトサラダ、ゆで卵、デザート代わりは一口ジャムだ。



「いただきます」

 孝明は、料理に向けて手を合わせる。


「へえ、ちゃんと手を合わせるんだ」

 珍しい物を見るように、JKは孝明の顔を覗き込む。


 相手にせず、孝明はコーヒーをすする。うん。本格的ではないが、素朴な味だ。キライじゃない。



「お前さんだって、そうだろうが」



 孝明も、玉子の殻を剥く作業に没頭する。


 なぜ、孝明がJKに目を奪われたのか。



 彼女が卵を剥く前、「いだたきます」をしていたからだ。



 最近だと、

「金を払っているんだから、店や作った人に感謝をする必要なんてない!」

 という意見が、さも当然のようにまかり通っている。


 内心、孝明は憤っていた。


 自分はお客さんだが、出されたモノには感謝したい。

 パートナーにも作った人への敬意を押しつけるつもりはないが、できれば自分も、料理に対して敬意を払う女性と一緒になりたいと思っている。

 

 そのことを両親に電話で真面目に話したら、呆れられたが。


「おっちゃん、トーストもう一枚!」

 照れを隠すためか、JKがカウンターに高い声を響かせた。


「あい」と無愛想に返し、大将がトースターを起動させる。


 朝からよく食うな、と孝明はトーストにジャムを塗ってかじった。


「ところで、お前さん。学校は?」

 トーストを咥えるJKの顔が、徐々に青ざめていった。

「やっば! ごちそうさま!」

 JKはカウンターに千円札を乱暴において、ガラリと引き戸を開く。


 薄い学生カバンから、何かがポロリと落ちる。


 が、JKはそれに気づかず、慌てた様子で店を出た。


「おいお前、忘れもん!」

 孝明も会計を済ませ、落とし物をひっつかむ。

 JKの影を追ったが、もう姿はなし。

 

 

 彼女が落としたのは、生徒手帳だった。思わず、名前を見てしまう。

 決して開いてみたわけじゃない。落ちた際に開いたのだ。

 スマホや電子マネーの類いでなくてよかった、というべきなのか。しかし、これだって個人情報だ。拾い主が孝明でよかった。悪意のある人間なら、悪用しているだろう。


 店に戻り、冷めたトーストを一瞬で頬張った。同じく温度を失ったコーヒーで流し込む。


「大将さん、すまんが預かってくれないか。本当は警察に行くべきなんだが、オレも仕事に行かねーと」


 孝明が渡そうとした次の瞬間、また、店の前に人影が。

 

 引き戸が再び開き、白い手が孝明の手に伸びる。


「ちょ、返して!」

 JKが、孝明の手から生徒手帳をひったくった。厳密には取り返したのだが。



 

「じゃあな、実栗みくり 琴子ことこさん!」




 JK・実栗琴子は、ぷくーと頬を膨らませ、引き戸をピシャンと閉めた。

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