なしひとへのお題は『声帯を震わす激しい感情・情熱の在り処・眩しすぎる笑顔』です。
城が崩れ落ちる瞬間。ほとんどの国民はその光景を一目焼き付けようと、城門前の処刑広場に集まっていた。
愚鈍な国王一家がとっくの昔に首をはねられ、真にこの国の政治を腐敗せしめた黒幕――自らの懐に富を蓄えるばかりだった狡猾な官僚どもがすっかり城から姿を消してしまったあの夜から半月ほど経った、ある早朝のことである。
王族連中が山ほど血税をつぎ込み贅沢品で溢れかえった城は、誰の手にも譲り渡されることなく、そのまま一切合切、焼き払われることになった。
詳しい事情については、革命軍と隣国の諸貴族の間に取り交わされた議事録を参照するのが手っ取り早いだろう。ここでの記述は割愛する。
ただし簡潔に述べるなら。たとえこの世に二物とない至高の建築や宝物であろうとも、かの悪名高き王政に由来する財物をひとつでも後世に残せば、いずれは要らぬ争いの火種になるだろう、と。そのような判断であった。
これは個人的な意見だが、過去を未来から断絶させるに際して、このように一切を焼き払うことこそは最良の手段である、と。
火は清潔だ。
思想も、格差も、歴史も、罪悪も。一様に隔たりなく、すべてを灰へと還してしまう。
とはいえ、城を焼くに際して、実務的にいくつか困ったことがあった。
国王の所有していた、奴隷らについての処遇である。
何しろ、財宝や美術品の類ならともかく、人格ある奴隷らについては城とともに焼いてしまうには少々度を越した残酷さが否めない。
むろん奴隷と言っても、未開の植民地から引き連れてきて強制労働に差し向けた旧時代の天然物ではなく、人工の機械人形のことである。
ネジと歯車と少量の油で動く、東洋から取り寄せた精巧な古代技術の結晶。
そう呼ばれる彼らは、疲れを知らず、クオリアを持たず、私達と同じように笑い、泣き、されども従順に。こちらの命じるままに、人の身ではとても担えないような難しく繊細な労働を、難なくこなしてしまう。
約四十体の奴隷が、城には残されていた。
彼らを近隣諸国に払い下げるという案や、いずれ打ち立てられる議事堂の小間使いとして適当に配置すればよいという意見もあるにはあったが、結局は特に居場所が与えられることもなく、そこらに放り出されることになった。
彼ら奴隷は、腐敗しきった王族の魔の手から晴れて自由の身になったのだ、と。
そう発布された革命軍の建前を、もし素直に信じたければ鵜呑みにするがいい。しかし実態は消極的な問題の先送りであった。
あるいは、処刑の延長と記しても良かったのかもしれない。
城に火が放たれる。
その瞬間さえ、城の内側へと堅く閉じられた城門から、奴隷たちは一歩たりとも外に出ようとはしなかった。奴隷たちのそうした選択を、所詮は機械仕掛けであるがゆえの無機質な忠誠と嘲笑うのは、いささか深慮に欠ける。
やがて城の焼け落ちる瞬間を見物に来た民衆の顔にまで火の形が彩られるほどの業火が立ち上る。
ふいに聞こえてきたのは笑い声だった。
最初のうちは王政を恨む見物人らのうちから聞こえたものと思われたが。よくよく耳を澄ませてみると、その声はいままさに焼け落ちようとする城の内側から聞こえてくるようであった。
もちろん城内に人の残っているはずもない。残っていたのは、あまたの財宝。あまたの芸術品、書物、家具、嗜好品の数々。
そして人形たちであった。
炎のうちから楽器の音色が聞こえてくるに至って。ようやく私達は、人形たちこそが燃え盛る城内のうちで、いままさに観客のない機械仕掛けの宴を開いているのだと、理解する。
それはかつてありし王城の権勢が思い起こされる宴であった。
幾夜も幾夜も、民が飢え、騎士が不正のために剣を振るった日々の傍らに、毎夜夜通し鳴り響いていた楽器の音色。笑い声。歓声。
そして、城窓から漏れる仄明かり。
恥ずかしながら。
そのとき初めて私の胸に去来したのは、この革命は本当に正しい行いだったのかという素朴な問いかけだった。きっと他の見物人、あるいは火を放った革命軍の兵士たちとても、同じ思いを胸に抱いていたのかもしれない。
そこには紛れもなく、ひとつの幸福の形があった。
それこそは私達の苦渋を吸い上げ、華やかなるまでに咲き誇った薔薇の花弁であった。
私達が焼き払った、薔薇の花園であった。
人形たちの笑い声がか細くなりゆく。
ひとつ、またひとつと声が消えていき、楽器の音色が一種類ずつ減っていく。
オクテット。クインテット。カルテット。トリオ。デュオ。
そしてソロ。
燃え盛る城影が大きく崩れ落ちる光景を前に、ふと思い出したのは。
たった一人、処刑されるより先に、どこか森の奥へと消え去ってしまった国王の一人娘は、いまごろどこで何をしているのだろうか、と。
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