永射邸跡で

 双太さんやさっきの住民以外にも、何人かの人が同じ方に向かっている。いよいよ僕の想像も確信に近づいてきた。

 少し走っただけでも、足が痛くなるし息も上がる。自分の軟弱さに苛立ちながらも、数分後には人だかりの出来ている場所まで辿り着くことが出来た。

 そこは、先日火事によって全焼してしまった永射さんの邸宅だった。

 すっかり焼け落ちて、骨組みの露出した家の跡。そんな場所で、これほどの野次馬が集まってしまう何かがあったのだ。注意深く周囲の声に耳を澄ますと、皆口々に恐ろしいやら祟りやらと言っている。

 元々の人口が少ないおかげか、人だかりが出来ても中に入れない程ではない。誰も入ろうとはしていないが、この場に双太さんがいないこともあって、僕は邸宅跡に踏み入る覚悟を決めた。

 瓦礫だらけの床を慎重に、音をたてないように歩く。鉄の棒が突き出ている箇所もあり、地面だけでなく前方にも注意を払わなくてはならなかった。

 やがて、部屋があったと思わしき場所が見えてくる。ここは屋根が残っているので、薄暗い。


「……お前は何も、知らないんだな」


 この声は貴獅さんだ。恐る恐る奥へ進んでいくと、双太さんが蹲っているその背中が見えた。多分、さっきの貴獅さんの発言は双太さんに向けられたものだろう。


「僕にも、分かるわけないですよ……こんなの、こんなのって……」


 絞り出すような声で、双太さんは貴獅さんへ答える。……泣いているのだろうか。

 見てはいけない。これ以上進んではいけない。心の中で、そう警告する良心がある。けれども、僕はそれを振り切って足を前へ進めた。知らないでいることはもう嫌だから。目を背けたくなるような事実でも、蚊帳の外に放り出されたままよりは幾分マシだから。

 そして、そこにある光景が、僕の視界に映り込んで。

 まるで擦り切れたテープが再生されるかのように、世界は途切れ途切れになって。

 心臓が痛いほどにドクドクと動いて。

 身体がじわじわと痺れて、やがてそれは震えになった。


「真智田くん、いかん!」


 奥にいたらしい、牛牧さんが血相を変えて駆け寄って来る。

 そんな牛牧さんの身体に、僕は力なく倒れ込む。


「う……うあ……」


 譫言のような、言葉とも言えない喘ぎだけが、僕の口から洩れる。

 だって……だって、こんなのあんまりじゃないか。

 どうして……どうして彼女は、こんな無残な所業を受けなければならなかったというのか!

 どんな理由で、こんな惨劇が起きなくてはならなかったんだ!

 心の中のそんな訴えは、けれど一言たりとも現実には発せられず。

 ただただ情けない音だけが、僕の出し得る精一杯で。

 そんな中聞こえた、双太さんのしゃくり上げる声と、貴獅さんの重い溜息が、嫌に耳に残って離れず。

 ああ、これは何の冗談でもなく、最低最悪な事実なのだなと痛感した。

 この、廃墟のような冷たい邸宅跡の中で。

 壁にもたれかかるようにして倒れている、彼女は……早乙女優亜さんは。

 腹部を切り裂かれ、内臓を引き摺り出されて、物言わぬ骸に成り果てていた。

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