鬼は三匹

「いやー、いつもありがとう。おかげで満雀ちゃんも退屈しなくて助かってるよ」


 十二時半を少し過ぎたころ、採点や後片付け等を終えて双太さんが教室へ戻ってくる。満雀ちゃんは、近づいてきた彼に、


「うゆ、楽しくて好きだよ」


 そう言って、満足気に笑った。

 月光ゲームの優勝者は、今の笑顔が示すように満雀ちゃん。かなりの接戦だったけれど、一コマ差で彼女が勝利したのだ。龍美は油断したのかどうなのか、わざと『Y』を狙いに行った結果、最後に崩れたような印象だった。詰めが甘いぞ。


「それ、月光ゲームって言うんだっけ。満雀ちゃんから聞いたことあるよ。龍美ちゃんが考えたんだってね」

「えっ、聞いたんですか? それはちょっと恥ずかしいんですケド……」

「いやいや、良く出来たゲームじゃないか。でも、どうしてそんな名前に?」


 知らない人からすれば当然の疑問だろう。龍美が簡単にそういう推理小説があることを説明すると、


「へえー……作者さんの名前くらいは聞いたことあるけどね。ううん、なるほどなあ」


 双太さんは、そう言いながら何度か小さく頷いた。


「僕はてっきり、白が満月で黒が新月だから月光ゲームなのかなあって思っちゃったけど」

「……ほう、そういう考え方もありますね」


 今度は龍美が感心する番だった。

 知らないからこそ、違う回答が出てくる。今のは正直、僕としても目から鱗の意見だった。


「長いことすまないね。もうそろそろ皆もご飯が待ってるだろうし、気をつけて帰るんだよ。僕も全部片付いて、満雀ちゃんと一緒に帰れるから」

「はーい。じゃあ、また明日ですね」

「うん。よろしく頼むよ。あと、それから」


 双太さんは、そこで僅かに表情を曇らせて、虎牙に向き直った。


「家に帰ったら絶対勉強すること。いいね?」

「……お、おう」


 それで僕らは、全てを察した。





 帰り道。

 虎牙は佐曽利さんの家が森の方向にあるため、すぐに別れて龍美と二人で歩いている。今日もまだ、天気は良くない。夏場だと、その方がありがたかったりもするけれど。


「明日は永射さんちの近くにある集会場で、説明会があるんだったわよね」

「そうみたい。僕の家は全員で行くけど、龍美のとこは?」

「真面目な性格だからねえ、ウチの両親も行くわ」


 そう言って、彼女は溜息を吐いた。


「私も誘われたから、断るのもどうかと思って、この前の説明会には行ったわ。でも、今回のはどうしようかしら……」

「最後の説明会だから、総括した報告になりそうだけど」

「でしょうね。でも、なーんかしんどいのよね、ああいう場って」


 龍美は苦い表情になって、足元に転がっていた小石を蹴った。それは水田の方まで転がり、ポチャリと音を立てて落ちた。


「瓶井さんのことは勿論知ってるわよね」

「そりゃあ。満雀ちゃんと双太さんも、この前ちらっと話してくれたしね」

「へえ……。まあ聞いたかもしれないけれど、あの人が一番電波塔計画に反対している人だから。説明会の後半は、大体あの人を中心にして永射さんとの舌戦みたいになるわけ。毎度そうなってるみたい」

「うん」

「んで、鬼に祟られるぞって締め括ったのが前回の説明会だったの。何て言ってたかなあ……鬼のこと、もうちょっと詳しく話してた気はするのよ。スイキがどう、とか」

「……スイキか」


 それが鬼のことを言うのだとしたら、『キ』の部分は『鬼』のような気がする。だとすると、水鬼や吸鬼という漢字が当てはまりそうだが。

 鬼は三匹いるという話だし、その内の一匹なのかもしれないな。


「私も、鬼のことは気になってるからさー。瓶井さんと話す機会があったら聞いてみたいもんだけど。……ちょっと、近寄れないわよね」

「あはは……それは僕もだよ」


 聞いておいてほしい、なんて言われたら丁重にお断りするところだ。


「八木さんも、流石に伝承のことは詳しくないみたいだし。仕方ない、か」


 龍美はそう言って、もう一度小石を蹴ってから僕の方に振り返った。


「じゃ、私はここで。おつかれさま、また明日も頑張りましょうねー」

「ん。また明日ね」


 別れの挨拶をすると、龍美はくるりと軽やかに身を翻して、彼女の家の方へ歩いていった。


「……」


 三匹の鬼、か。

 昨日のことはなかったことにしようと、言われたけれど。

 鬼のことは、どうしても気になるようになってしまったな。

 あんな冒険までしたのだし、チャンスがあればもっと調べてみたいと、僕は心中そう思っていた。

 ……あくまで、誰にも迷惑が及ばない程度に。

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