Fourth Chapter...7/22

探検の朝

 スマホの通知音で目が覚めた。寝惚け眼を擦りながらロックを解除して画面を見ると、まだ朝の七時半だと言うのに龍美が元気の良いメッセージを送ってきていた。


『おはようゴザイマス! 今日は鬼封じの池を探検するから、ちゃんと一時に森の前へ集合すること。以上、連絡終わり!』


 起きてしまったし、とりあえず『了解』と返事をしておくことにする。既読が1しかついていないので、虎牙は寝たままか、一瞬起きてもすぐ二度寝してしまったのだろう。あいつらしい。


「はあー……。平日は眠いのに、休日って眠くならないんだよね。何となく理由は分かるけど」


 そんな独り言を零しつつ、僕はクローゼットから服を取り出してさっさと着替える。開き戸の裏に姿見があるが、やはり起きたばかりの髪は乱れ放題だ。手櫛で直せるだけは直しておく。

 ――髪、切らないとなあ。

 都会にいた頃は、あまり自分の顔を見せたくなかったから髪を伸ばしたままでいた。子供なりの小さな反抗というか、外界への拒絶心というか。今にして思えば、それはただ怖がっていただけなんだと笑えるのだけど、髪は何となく長いままにしてしまっている。この顔にもう、慣れてしまったんだろうな。

 カーテンを開けると、外は薄暗い。厚い雲が空を覆っていて、それは山の向こうまで続いている。

 少なくとも、今日一日は太陽を拝めなさそうだ。

 窓の前で一度大きく伸びをしてから、僕は部屋を出る。両親の寝室の先にある階段を下りれば、すぐにリビングだ。

 前より、部屋は一つ少ない。

 リビングに入ると、奥のキッチンでは母さんが料理を作ってくれていた。父さんは、起きてはいるのだろうがまだ着替え中なのか姿は見えない。


「おはよう」

「あら、早いわね。おはよう」


 僕はテーブルの椅子を引きながら、


「今日も昨日と同じくらいに出かけるよ。帰るのも同じくらいだから」

「そう? 天気悪いから、もしかしたら雨になるかもしれないわよ。気を付けなさいね」

「うん、ありがと。折り畳み傘くらいは持っていくよ」

「ええ、そうしなさいね」


 折り畳み傘は玄関の収納に入っていたはずだから、忘れないようにしよう。

 森の中を探検するわけだし、虫除けスプレーとか、あとは一応懐中電灯もあった方がいいかな。まあ、それは秘密基地の中に用意してあったっけ。

 そんなことを考えているうちに、父さんがやって来る。静かに椅子を引いて座ってから、テレビを点けていつものニュース番組を見る。変わらない習慣だ。


「試験は大丈夫か?」

「皆で勉強してるからね。問題ないよ」

「そうか。うん、前までは一人で部屋に籠りきりだったからな。そういう風に勉強出来るのは、いいことだ」


 父さんが、そう言いながら小さく頷く。それに僕は、笑顔で返した。

 一人で勉強していた時の方が、集中は出来ていたと思う。だけど、そんなことより分からないことがあったら皆を頼れるということの方が、何倍も良いことだと感じている。自分一人で答えを出そうとしても、正しいやり方ではないこともあるから、誰かに聞いて正しい答えを教えてもらえば間違いないし理解もしやすいはずだ。頼れるありがたみは、日頃からひしひしと感じている。

 ……まあ、主に龍美に対してだけど。

 朝食を平らげ自分の食器を片付けてから、僕は部屋に戻った。ベッドの上に放置されたスマホを拾い上げ、画面を表示させると、ほんのついさっき、ようやく虎牙が返事をしている通知が入っていた。


『朝から元気だな』


 まあ、当然の反応だ。


「とりあえず、探検が終わるまで雨が降ってこなければいいな」


 僕はそう独り言ちて、窓の向こうの鈍色をぼんやりと見つめるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る