幼馴染は腹黒でヤンデレでした
とまとん
優男の代表だと思っていた幼馴染が腹黒でしかもヤンデレでした
短編
「あっ…」
トントン、と包丁できる音が止むのは大体指を切ったという合図だ。
「また切ったの?だから手伝わなくていいって言ってるのに」
「ごめん。だってやっぱり任せるの悪いし」
そしてすぐさまその綺麗な指を蛇口の近くに持っていき水でゆすぐのは私の役目だ。
ちなみに、この何度も指を切るほど不器用で、だけど一所懸命な優しい彼、皇すめらぎ 春との関係は幼馴染である。
幼い頃から両親が親友という関係もあり、幼、小、中、高と同じ学校に通い一緒にいる時間が長い。
不器用で控えめな春と、割と器用でお節介な私。
そんな正反対ともいえる性格は、うまく合致したのか私が春の面倒を見るのが普通になっていった。
自他共に仲の良い私たちだが、1つだけ大きく変わった事がある。
それは、高校2年になったこの春から同居生活が始まった事だ。
きっかけは、両親が亡くなった事にある。
私達が高校が決まり春休みを迎えた頃。
仲の良さが変わらない両親たちは、久しぶりに4人で遠出をした先で不幸にも交通事故にあい亡くなってしまった。
一気に大切な人を亡くした私達は、親戚から様子を見てもらいながらしばらく一人暮らしをしていたのだが、六ヶ月たった頃に春が高熱を出し倒れた事で私が定期的に様子を見ることにしたのだ。
しかし何かと不便なこともあり、丁度いいからと二年生になると同時に今の生活が始まったというわけ。
今は両親が将来のためにと貯めていてくれた貯金がそれぞれにあった為、それを崩しながら学校を止める事なくアルバイトをしながら生活をしている。
「もう1年以上経ったのか…」
できた夕飯を食卓に並べながら、棚に飾ってある6人で撮った集合写真を見つめ思わず呟く。
「……椿。さみしい?」
「え?んーどうだろ。さみしいのは確かにあるけど、私には春がいるから天涯孤独って訳でもないしね。そういう春は?さみしくない?」
定位置となった席に着き、頬杖をつきながら春を見上げれば、少し不安そうな瞳と目があった。
首を傾げながら出した答えに、春は安心したのかいつもの優しい瞳に戻っていた。
「…そっか。俺も、椿がいるから平気。椿がいれば何でもいいや」
嬉しいことを言ってくれる。
まぁ多少、お互いに依存し合わないようにしていかなければとは最近思い始めてはいるけどね。
春は校内で有名人だけど友人と言える人は少ないようだし、私も広く浅い友人関係で腹割って話せる友達は1人しかいないから。
…それにしても、こんなイケメンにそんなこと言われる私はいつか春のファンである女子に刺されてしまいそうだ。
笑顔で食べようかと言う春に頷いて返し、いただきますと言って手を合わせて夕食を食べ始めた。
「それもうアウトでしょ」
「え?」
次の日の学校での昼休み。
昨日の話をした際に親友の口から出た衝撃的な言葉に思わず聞き返してしまった。
「だーかーらー!それすでに依存しすぎてるから。特に皇ね。椿がいれば何でもいいやなんてもうお前以外いらない!って言ってるようなもんでしょ。あの腹黒絶対ヤンデレになるから気をつけなよ椿!!あんたが刺されるなら相手は皇よ。そうね…俺から離れていくなら今ここで終わらせようとか言ってグサリね」
「ちょっと言ってる意味が…え?春が私を刺す?ないない!あんな優しい子に限って。だいたい腹黒じゃないし」
冗談やめてよ、と笑って顔の前で手を横に振る私に、親友である立花 華子は盛大にため息をついた。
いやだって、腹黒とかヤンデレとかあの優男の代表みたいな春とは結びつかないし。
「椿。いい加減気づきな。何で社交性ある椿に友達がなかなかできないと思う?」
「社交性あるかな?私」
「元レディースの私とっ捕まえといて何言ってるのかなこの口はっ!!」
「いひゃいよはにゃこ!」
そう。華子は元レディースで、しかも総長というやつだったらしい。
現役の頃から友人だった私はそのことをなぜか知らずにいたが、華子の事だから言ってくれなかったのには理由があるのだろう。
「いいから聞きな!あいつはね!裏では」
「椿が痛がってるから離してくれる?」
横から伸びて来た手に華子の話は遮られ、同時に華子に摘まれていた頬が自由になった。
「春!」
「大丈夫?赤くなってるね」
手の主は春で、私の頬を摩る眉毛は垂れ下がり、ついでに犬耳が垂れ下がっている幻覚まで見えて来た。
腹黒とかはやっぱり華子の勘違いだろう。
「チッ。何しに来たわけ。や、さ、お、君?」
「俺?俺はただ椿の顔が見たくて。クラス離れちゃったし」
「クソ重いな。朝一緒に登校してるし移動教室で顔合わすだろうが」
「華子言い過ぎ。ごめんね春。今華子ちょっと機嫌悪いみたいだから」
「ううん。じゃあそろそろいくね。また放課後に」
「うん。また後で」
本当に顔見に来ただけなのか。
昨日の話で多分心配してくれてるんだろうけど、心配しないでと言う立場の私がもう少し話していけばいいのにと思うのは我儘かな。
華子。依存してるのは私の方かもしれないよ。
離れていく春の背中を見送りながら、苦笑いをこぼした。
放課後になり、私はいつものように教室で春を待っていた。
今日はさっき春からメールで職員室によるから遅くなるって連絡が来ていたから教室に残っているのはすでに私だけだ。
まだかなと思いながらボーッと窓から外を見ていた私は、微かな物音に反応して教室の扉を振り返った。
「…春?」
扉の近くで動く人の影に声をかける。
けれど、春だと思った人の影は、1人の女子生徒のものだった。
「残念!春君はまだこないよー。ていうか自分の教室までわざわざ来させるとか何様なわけ?」
ゆるふわの長い茶髪を指で弄りながら軽蔑するような視線を向けてくる彼女には、見覚えがあった。
この前忘れたお弁当を春に届けた時に見かけた…
「貴女確か、春の…」
「そう。だだの、クラスメイト。あ、時間ないから手短にいうね。貴女のせいで春君が人寄せ付けないから彼と縁切ってくれる?迷惑なの。彼のこと思うなら早く解放してあげてよ。じゃあ。言いたいことそれだけだから」
キラキラの笑顔で吐かれた言葉に、私は硬直してしまった。
だから、言うだけ言って去っていった彼女に、私は何も言えないままだ。
春に友人が少ないのは、私のせいなの?
今まで考えたこともなかったけれど、言われてみればおかしい。
あんなにいい子なのに、友達が少ないなんて。
昔は少し引っ込み思案だったかもしれないが、今じゃ人見知りもしなくなったはずだ。
社交性があるのは、私がそうなら春も同じだ。
なんで気づかなかったんだろう?
まさか…………………気づきたく無かった?
思っても見ない自分の気持ちに、胸の奥がずきりと痛む。
そんな自分に嫌気がさして、春に申し訳なくて、崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。
なんて事だ…こんな大事なことに目を瞑っていたなんて。
呆然と床を見つめていれば、誰かの足音が聞こえ教室の扉が開かれた。
「お待たせっ!……椿?…椿、どうしたの!?」
タイミング悪く、春が戻って来てしまったのだ。
駆け寄る春を手で制し、自分の足で立ち上がる。
要らぬ心配を掛けさせるわけにはいかない。
”それもうアウトでしょ”
”依存しすぎてるから”
”早く解放してあげてよ”
今日1日で掛けられた言葉が反芻する。
そんな追い込まれた状態の私は、考えるよりまず、彼の名を呼んでいた。
「春」
「椿…?」
明らかに様子のおかしい私に心配そうな目を向けてくる春の目をまっすぐと見つめ返す。
ごめんね春。
無意識のうちに縛り付けていた私は、春にとって良くない存在だ。
ああ、そうだ。一緒に住むよう提案したのも私だった。
今になって思い出すほど、その感情から顔を背けていたのか私は。
ーー依存し始めていたのは、間違いなく私だ。
「春。…私達、しばらく距離を置こう」
「……」
一大決心でそう告げると、春は口を閉ざして見つめ返して来た。
春が気を使わないように、私はさらに口を開く。
「私達さ、いい歳だしそろそろ自立したほうがいいかなと思って。一緒に暮らそうって切り出したのは私だけど、これ以上一緒にいるのはお互いに良くないと思」
「何吹き込まれたの?」
「…へ?」
「誰に、何を、吹き込まれたの?答えてよ、椿」
真顔で動くその口からは、聞いたことのない低音が発せられている。
思考が停止した私は、ポカンと口を開いたまま動けずにいた。
「俺がくる前に誰かいたのか…?チッ。誰だか知らねーが余計なことしやがって。…椿、俺がくるまで誰といた?ねぇ、答えてよ」
腹黒。
華子が言っていた単語が脳裏をよぎる。
え、この人、誰ですか。
いやいやいや待て待て待て。
ブツブツと前半何言ってるのかわからなかったけど…
え、誰?本当に誰?
こんな黒い笑顔見たことないんですけどキャラチェンジですか追いつけません。
「つーばーきぃ?ねぇ、聞いてる?」
「へ!?あ、ごめん」
「ううん。大丈夫だよ」
あれ、いつもの春だ。
飛んでいた思考を呼び戻され春と視線が交われば、いつも通りの優しげな瞳をした春がいた。
何だ、気の所為か。
全く、華子が変なこと言うから
「で、誰といたわけ?まさか俺には言えないの?男?女?男だったら潰しに行くから教えてよ。まぁ女でも許さないけど」
気の所為じゃなかったわ 。
紛れもなく春本人の口から出ている言葉だ。
…………ああ、キャパオーバーだよもう。
混乱しまくりの私の両肩を掴んで顔を近づけて来た春の顔がだんだんとぼやけていき、春のあまりの変貌ぶりにそのまま私は意識を失ってしまった。
あったかい…。
寝ぼけた思考のまま、温もりだけは感じ取れた。
全身を包み込むようなそれは懐かしく、ついつい頬をすり寄せてしまう。
「…き、かわ…い」
微かに聞こえた馴染みのある声に薄めを開ければ、そこにはドアップの春の顔があった。
「は、っん!?」
名前を呼ぼうとして開いたかさついていた唇に、春のそれが重なった。
口を閉じようとする前にするりと厚みのあるものが侵入し、いとも簡単に翻弄される。
驚く暇もなく予想外の展開が続き、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
合間に聞こえる水温に顔の体温が上がるのがわかる。
「っは、や…め、んんぅ…!?」
息が苦しくて、止めようにも止められない。
頭の後ろはがっちりホールドされているし、いつの間にか春の足が私の足に絡まり身動きも取りづらくなっていた。
何だ、何なんだこれはっ!?
耳を犯す恥ずかしい音に自分の高い声が混ざり、羞恥心からぎゅっと目を瞑るしかない私。
「椿、可愛い」
「ぁ、ちょっ、春!?」
春の呟きとともに、骨ばった手が私の服を捲り上げていくのがわかると、私は本格的に抵抗を始めた。
「待って春!ちょっとまっ、ぁ、どこ触ってんの春!?!?」
「だって椿。俺と離れる気でしょ?だったら、その前に椿は俺のものだって教えないと。ね?」
「ね?じゃないでしょ、ストップストップ!離してよ!?」
昼食の時に言っていた華子の言葉が再び頭をよぎり、私は動き回る春の手を何とか押さえ込んだ。
刺すのは流石になかったけど、これじゃ犯罪なのは同じだよっ!?
混乱する私を他所に、春は口を開いた。
「俺は、椿を失いたくない。それは両親みたいに永遠に会えないのが嫌とかとは違くて、隣にいたいんだ。椿の心を占める存在はいつだって俺がいいんだよ。離れたくない」
何とか暴走を止めた直後に抱きしめて来た春から溢れた本音に、純粋にときめいてしまった。
これは、どう言う意味にとっていいんだろう?
いや、キスされてからだ弄りまくられておいて何を今更って感じだけど、確信はないし。
「春。あの、さ」
「ん?」
そ、そんな甘い声で返さないでほしい…
ゴホン、と態とらしく咳をして赤くなっているであろうことを誤魔化す私に春から可愛いと言う声が漏れ出る。
「だぁーもう!調子狂う!何、好きなの私の事!?」
「好き?」
キョトンとした春の顔に早とちりしたのかと焦り出す
え、違うの?
じゃあ何さっきのキスは!?
「あはは。好きなんてもう通り越したよ。大好きも当たり前。椿は、俺にとって唯一だよ。何よりも大切にしたい人だよ。…俺の一番だよ」
胸の鼓動が耳にこだましてる。
いつもの優しい瞳に、私が、私だけが映っている。
その事に幸せを感じるのは、家族としてだと思っていた。
けど今は、確実に区別ができるほど心が嬉しいと叫んでいるのがわかる。
「椿は?俺のこと、どう思ってるの?」
「…私も、春のこと大事だよ。今の私の一番は春だ」
質問に狼狽えることなく答えられたのが、自分の気持ちへの一番の答えだろうと思う。
私は、春が好きだ。
「うん。それ聞いて安心した。あ、でも今の一番はって言うのがちょっと不安だな。春は永遠に俺の側にいて貰うから大丈夫だろうけど、浮気、しないでね?相手殺しちゃうから。幼馴染犯罪者にしたくないでしょ?」
…ん?
怪しい雲行きに笑顔がひきつるのがわかる。
これは、
「俺のこと好きなら、俺の事だけ見てね?」
ヤンデレ…というやつか。
ーーー後日談。
「いつも思ってたけど、春の事独占しすぎてうざい」
「やっと本性見せたなこの腹黒。椿、こいつと今すぐ縁切りな。危ないから!!」
「色々椿に吹き込んだのお前?…表でろ」
「はっ!最終的に決定権あるの椿だからあんたにそれを捻じ曲げる権利はないし!しかもあたし椿の親友だからぁ?怪我させたら嫌われるわよ?」
「その自信はどこからくるんだ?椿、こいつと友達やんの今すぐやめよう、ね?」
「2人とも周りの迷惑だからその辺でヤメて切実に」
幼馴染は腹黒でヤンデレでした とまとん @ryukiki
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