風花とココロのプラネット
牧屋
一部
第一章 一話 ガラクタ山のティム
そっと掴むようにかざされた、赤銅色に錆び付いた金属の手。
そうして指の隙間に、透かし見た空。
おぼろげな視界には澄み渡る青が広がっていて、はるかな先には軌跡を残して飛び行く、幾筋にも輝く無数の光。
あの光を自分は知っていた。ずっと昔に、見た事がある気がした。
とても懐かしいのに、うまく言葉にできないけれど、胸をかきむしられるような気持ちになる。
恋い焦がれるかのようにぐっと背筋を伸ばしてつま先立ちになり、腕を差し伸べて、その光へ小さく語りかけた。
――ぼくを置いていかないで。
「おい、ティム! 何をさぼっているんだ、まったく!」
いきなり下方から聞こえて来た怒声にびくりと背を震わせ、不格好な体勢になっていたティムは、わわわっと情けない声を発しながら両腕を振り回してばたつき。
「あっ」
ずるっ、と足下が滑り、その場で縦回転する華麗な転倒をしてしまう。
しかも頭が真下にあった大量の金属片や鉄骨といったガラクタに突っ込み、反射的に立ち上がろうとしても首が抜けなくなってしまったのである。
「ぬ、抜けない、真っ暗だよぉ! だ、誰か、助けて~!」
どこを向いても窮屈な闇ばかりで、一瞬ティムは自分の置かれた状況を理解できず、パニックを起こしてしまう。
むやみやたらに暴れてもガラクタにより絡め取られるばかりで、目の部分となる二つの青いランプが、泣きじゃくるかのように弱々しく明滅する。
「まったく、世話の焼ける奴……」
その時、ため息混じりにがっしゃがっしゃとガラクタをかき分ける音が近づき、足が掴まれたかと思うと、そのまま吊り上げるみたいに引っ張り上げられた。
「ティム、損傷はないか?」
引っ張り上げられたティムの、上下逆さとなっている視界に入ったのは、のっぽのティムよりも一回り身長が小さく、寸胴で、全体的に茶色がかった人型のロボットである。
「あ、ワガハイ! ぼくを助けてくれたんだね……ありがとう!」
「前々から言ってるが、少しは落ち着きを持ったらどうだ? こうやってお前を助ける我が輩の身にもなるといい」
ワガハイはティムを下ろすと、空いている手で片方の目にかかっている片眼鏡をくいと上げた。
「あはは……ごめんごめん。でも、おかげでどこにも傷はないし、腕や足も折れてないよ。内部機関も大丈夫だと思う。打ち所が良かったんだね!」
「そういうポジティブな姿勢は見習いたいものだが……やれやれ」
ティムはすぐさま自分の頭が入っていた残骸の隙間に手をぶち込み、まさぐり始める。
「ねえ聞いて聞いてワガハイ! さっきこの穴に入った時すごいの見つけたんだ! 確かこのへんに……っと」
「それよりもティム、どうして空なんか見上げていたのだ? 何か気になるものでもあったのか」
「気になるもの……? なんだっけ?」
ティムはちょっと動きを止め、ぽかんとしながら言われるままにもう一度空を見上げる。
そこには何もない。何かが見えるわけもない。
それはそうだろう。
――だってこの空には、大地を包み込むように、巨大で分厚い赤黒い雲が、どっしりと垂れ込めているのだから。
「あ、そ、それより! ほら、これ見つけたんだ、見て!」
ティムが残骸の中から引っ張り出したのは、一本の細長い金属である。
ところどころ錆び付いているものの、他のものに比べて破損部分は少なく、表面も空から差し込む控えめな光を照り返し、メタリックな光沢を放っている。
「ふうむ……?」
片眼鏡を緑色に光るスキャンモードにし、まじまじと見つめるワガハイ。
「……ただの廃材にしか見えんが」
だが、返した言葉はそんな素っ気のないもの。
「えーっ! ひどいよワガハイ! だってこんなにツヤがあって、指先で叩けばとんとんって音がして、ほら、絶妙に重みもあるし、硬そうだし……!」
ティムは一抱えほどもあるその廃材を大事そうに抱え、うっとりしたみたいにすりすりと頬をこすりつける。そんな様子を眺め、ワガハイは肩をすくめた。
「確かにガラクタにしては質が良いが、あいにく我が輩の求める資料にはならなそうだ」
「そうなの……?」
「この星でかつて起きた様々な出来事。それを考古学的見地から調査し、考察し、合理的に謎を紐解いていくのが我が輩の仕事なのだからな」
「うーん、ワガハイが難しい話してる……」
「……まあ分かりやすく言えば、変わった物であれば何でもいいという話ではないのだ。そのあたりの真贋を見抜く目をお前に期待するのは酷だが、これからはもう少し、それらしい品を優先してだな……」
ワガハイの長話が始まりそうと危ぶんだティムは、抱えている廃材を突き出した。
「わ、分かったよ、うん、そう心がけるからさ! とりあえず今はこれ、持っててくれない? ワガハイ、まだ荷物に空きがあるでしょ?」
そうティムが言うと、ワガハイは話をやめて、やや前屈みになる。
その背中には盛り上がった甲羅のような機材が背負われており、蓋部分がスライドして上側へ開けば、内部を覗けるようになる。
扁平なクッションの張り付けられた楕円形の暗いスペースになっており、これまでも収集したいくらかの残骸が収納されていた。
その中にティムも、先ほど拾った廃材をそっと詰め込むと、ワガハイは前屈みをやめて背筋を伸ばし、同時に背中の機材の蓋も閉まる。
「でも、これからどうしようか。朝からこっち、このあたりのガラクタ山も結構探したけど、その、コーコ学? 的なものはなんにもなかったよね」
二人がいるのは大量の瓦礫や残骸が積み上がった、まさに山と呼んで差し支えのない場所で、そこから周りを見渡せば、槍の穂先めいて小さな峰がひしめき合っているのが窺える。
「ふむ……まぁガラクタ山はここだけではない。日が落ちるまでもう少し粘って、明日からは別の場所に――」
喋るワガハイを遮るみたいに、だしぬけにどこからか、とてつもない轟音が聞こえて来た。
風を切るような、あるいは潰すような、明らかに普通のそれでない、空気を震わせる異音。
ぎょっとして周囲を見回す二人を、大きな影が覆う。
「あ……あれ、なに……っ!?」
ふと顔を上げたティムは、弾かれたように空を指差す。
つられたようにワガハイも斜め上へ視線を投げ、驚愕したようにがくんと片眼鏡を落とした。
赤黒い雲を突っ切るようにして、巨大な黒い何かが顔を出している。
それはもうもうと火を噴き、黒煙を吐いて、とんでもない勢いで地上へ――ティム達の方へ落ちて来ているのだ。
「なっ、なななななななにあれちょっとー!? ワガハイ分かる!?」
「分かるわけないだろうが! そ、それより、これはいかん! 早く退避を……!」
ひいぃと浮き足立ちながらも残骸の中へ身を伏せ、衝撃に備えるティム。
けれども、恐怖の影はそのまますぐ頭上を通り過ぎ、ガラクタ山のもっと向こうにある、砂と岩に覆われた荒れ地の先に消えて。
――数秒後、身体が浮くほどの振動と、聴覚機能にノイズが走るほどの壊音が響き渡る。
「も、もうだめだあああああぁぁぁ!」
頭を押さえて叫ぶティム。ここまで伝わる衝撃が周辺のガラクタを跳ね上げ、吹き抜ける突風がバラバラと破片を崩していき。
しばしの後。
「……へ……?」
ティムはそっと額を上げ、目をささやかに発光させた。
「……あ、あれ? どう……なったの? わ、ワガハイ……? ワガハイ、大丈夫っ!?」
次第に落ち着きが戻って来ると、気に掛かって来たのは側にいたはずの友達の存在だ。
ティムは上体を起こし、半ばまだ抜けたままの腰を叱咤しながら、這うようにあたりを見回して。
――少し離れたガラクタ山のてっぺんあたりで、頭から残骸に埋もれてじたばたしているワガハイを見つけた。
「……むーっ! で、出られん! おいティム、見ているなら助けてくれ!」
「……ぷっ、あはははは! ワガハイそれ、さっきのぼくとおんなじー!」
「やかましいー! ちょっと足が滑っただけだ!」
とにかくワガハイを助け出してやり、二人はガラクタ山から鉄板張りの道の上へ降りて、とりあえず息をつく。
付近はすっきり静けさを取り戻しており、もうあんな黒い何かが降ってくる事もない。
「ワガハイ、あっちの荒れ地に、あれが落ちたみたいだよ……」
「ううむ……そのようだな。煙が上がっているのが見える。……かろうじてシルエットが見えただけだが……墜落して来たのは機械か?」
「ど……どうしよう? 確かめに行く?」
ティムが尋ねると、ワガハイは迷うように沈黙したが、ややあって重々しく頷いた。
「落下地点は我々の集落のすぐ近くだ。何かあっては皆に危険が及ぶ。ここは調査に向かうべきだ」
「分かった……」
「さ、先に言っておくが、我が輩は荒事は得意ではない。何かあればティム、頼むぞ」
「えー……ぼくだって喧嘩は苦手だし、した事ないよ……」
すこぶる不安だが、二人はそれでも意を決して、歩き始めたのだった。
ガラクタ山を抜けると、鉄板でできたなだらかな道も途切れ、そこからはごつごつして乾いた土の上を歩く事になる。
ティムとワガハイは視界の悪い荒れ地地帯をおそるおそる進んでいき、やがて先ほどの物体が墜落した、開けた広場へと辿り着いた。
「うわあ……周りがひどい事になってるよ。穴だらけだし、砕けた岩だらけだ……」
「相当の重量、及びスピードがなければこれほどの威力は出ん。不気味は不気味だが、興味が出て来たな。あれはそもそも空の上から降ってきた。あの汚染された雲を抜けて――恐らく宇宙からだ。そんな芸当のできる物など限られているが、果たして……」
「もう、またワガハイの癖が出ちゃった。今は考えるより、正体を見に行く方が早いよ」
進路を塞ぐ大岩沿いに迂回し、曲がりくねった細い道を降りていくと、ついに見つけた。
見上げんばかりにそびえる、流線型の大きな物体。
その先端は地面にめり込むようにして突き刺さり、平べったい後備部が斜めに天を仰いでいる。
「ふわー……」
半ばクレーターと化した周囲の惨状もそうだが、ティムに感銘に近い声を上げさせたのは、その物体の芸術的でさえある優美な曲線と、白と青を基調としたカラーリングである。
落下の衝撃からか、そこかしこに放射状のヒビが入っているのはいただけないが、それを抜きにしても、近場のガラクタ山ではまずお目にかかれないだろう良質な金属が使われている、との直感がティムを貫いたのである。
「きれい……」
ある意味一目ぼれにも等しい印象だったが、隣のワガハイはより学術的見地からその正体に迫ろうとでもいうのか、腕を組んで早口に独り言を呟いていた。
「やはりただの機械ではないな。この形といい、音といい、後部から噴いている煙といい……何らかの推進機関を備えているのは間違いないようだ。そしてこいつが空から降ってきた事を加味すれば、恐らく……」
「恐らく……?」
「これは……船ではないか?」
「ふ、ふねー? ええっ、そんな事ありえるの?」
ティムが問い返すと、ワガハイは普段の回りくどく自信満々な口調からはうってかわって、重々しい声音でかぶりを振る。
「ここから観察しただけではやはり見当もつかん」
「なら、もっと近づいて、調べてみようよ……」
「そ、それしかないか……ここからは手分けするぞ。この質量から見て、二人で一周するだけなのは合理的ではないからな」
おっかなびっくりのティムは手前側から、腕組みをしたままだが明らかに腰の引けているワガハイは奥側から、それぞれ調べる事に決めた。
発見した当初に比べ、物体の放つ煙は止まり、内部から聞こえていた嫌な音もなりをひそめ、突然爆発するような事もなさそうだ。
その沈静さが逆に不気味だけれど、そろそろとした足取りのティムにも落ち着いた観察力を取り戻させていく。
「でも、見れば見るほどいいなあ、これ……持って帰れないかな?」
慎重派のワガハイが聞いたら飛び上がるような事を漏らしつつ、ティムは一人、物体の外縁部に沿い、壁の質感や触感を確認しながら一周していた。
「きっと中には何かあるはず……入り口はどこだろう?」
中に入れるなら、出入り口がなければおかしい。窓か扉か――そんな当然の帰結に至ったティムの目前で、突如として白い壁が駆動音とともにわずかに引っ込み、そうして上へと開き始めたのである。
「う、うわっ、動いた――!?」
うわずった声を上げ、思わず跳び退くティム。
そうしている間にも壁はせり上がっていき、下方からはスロープの薄い足場がぐんぐんせり出して来て。
かたんとあっけない音を立てて、足下で止まった。
「えっ、え……?」
ティムは新たに開いた出入り口らしき穴と、スロープの足場へ視線を交互に向けるだけで、立ちすくんで動けない。
状況が呑み込めず――数秒の静寂の後。
その穴の奥から、ふらふらとした足取りの、小さな影が歩み出て来たのである。
「だ、だだだ誰!? 誰かいるの!?」
仰天しきりに誰何の声を上げるティム。
声が届いたのかそうでないのか、うろんな足取りの人影は一瞬だけ立ち止まり。
――ゆっくりと暗がりから出て来ると、半目に近い眼差しでティムを見つめた。
「……ねむーい……」
「え……っ!?」
「あなた、だーれ?」
そこに立っていたのは、汚れも染みも一つもない白いワンピースを着た、ティムよりもずっと小さな、一人の少女。
年の頃は七、八歳くらいだろうか。色素の薄い砂色の髪は肩までかかり、眠たげに細められる灰色がかった一対の目が、ぼんやりとこちらに向けられ――かくりと傾けられた小首につられて、胸元でロケットペンダントが揺れた。
「ぼく……ぼくは」
つっかえて、ろくに声も出ない。空から落ちて来たのも、この奇妙な物体から出て来たのもそうだが、何よりティムを驚かせたのは。
「ぼくの名前は……ティム」
彼女が『人間』と違って、はるか昔に絶滅した生物の証である、肉の身体を持っているという、その一点だった。
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