気が向いたら書く短編集

氷山 優

名前のない案山子

「よお、お前聞いてくれよ。

昨日さあ・・・・」


「ねえ、あなた聞いてよ。

私の彼氏がねえ・・・」


エヌ君は聞き上手であった。

授業の合間の休み時間になると、彼の机の周りに人が集まってくる。

野球の試合結果、流行りのバンドの新曲、彼氏彼女の噂などなど、まとまりのない雑談に対して彼は適当な相槌を返すのだ。

エヌ君から誰かに話しかけることはなかった。特段、人に話すようなことはなかったし、自分から話しかけても、いつのまにか聞き役になっているからだ。


エヌ君はこの環境が好きだった。

話に沿った相槌を打つだけで色々な話が聞けて退屈しない。そして何より、大勢の人が話しかけてくれるのが嬉しかった。


ある日、エヌ君はイタズラを思いついた。

自分そっくりなロボットを席に座らせて、話し相手がいつロボットだと気づくか。というイタズラだ。

彼は早速ロボットを作り始めた。

外見は自分の顔を型にとり、声は色々な種類を録音した。相槌の練習もたくさんした。


「今日は髪型を変えてみたんだ。どうかな」

「よく似合ってるよ」


「近くの公園で事故が起きたみたいだぜ」

「そうなんだ」


「隣の席の女の子、いるだろ。あいつ僕のこと好きみたいなんだ」

「すごいじゃないか」


「昨日転んで膝を擦りむいちゃったよ」

「それは災難だったね」


何度も何度も練習したため、受け答えのバリエーションは豊富になった。しかも、キチンと内容に沿った相槌も打てるようにもなっていた。エヌ君はとても満足して、ロボットに名前を付けることにした。


「よし。君の名前はエヌ2号だ。

明日、存分にみんなを驚かしてくれよ」

「まかせてくれ」


明くる日の休み時間、エヌ君は自分の代わりにエヌ2号を席に座らせて、廊下から様子を伺っていた。


「おい、君知ってるか。今朝のニュースで放送事故があったんだぜ」

「へえ、そうなんだ」


「なあ、聞いてくれ。週末出かけてたら、タレントに出会っちゃったんだ」

「それはすごいね」


エヌ2号の調子は順調だった。

あらゆる会話に適切な言葉を返し、相手も気づいていないようだった。

エヌ2号はその後も調子良く会話を続けて、ついに誰も指摘することはなかった。


「すごいぞ、エヌ2号。

誰も気づかなかった。君はすごい奴だ」

「いやいや、作った君がすごいのさ」


「みんな今日のことを知ったら驚くだろうな。でも騙したのはキチンと謝らなくちゃ」

「そうだね」


翌日、エヌ君はワクワクしながら学校へ向かった。そして休み時間にエヌ2号のことをみんなに話し始めた。


「なあ、みんな気づいていたかい?昨日の僕は、実はロボットだったんだ。

ほら、廊下に僕そっくりなロボットが立っているだろう。連れてきたんだ」


その告白にみんなは口々に驚きの言葉を発した。

すごい。そっくりだね。気づかなかった。

・・・・・・

気づいた人は誰もいないようだった。

そして一通り話し終えた後、またいつものようにエヌ君に雑多な話題を持ちかけ始めた。


「昨日の部活の練習試合でさ、お前に似た奴がいたんだよ。すごいそっくりだったから、びっくりしたぜ・・・・・・」


「私、今日ネイルの色変えてみたの。あなたどう思う?・・・・・・」


エヌ君は少し不安になって、みんなに質問を投げかけた。


「ね、ねえ。

みんな、僕の名前って言えるよね・・?」


彼の机の周りにいた全員が口ごもり、今までの喧騒が嘘のように静かになった。


・・・・


何処かから不安そうに「エヌ」と聞こえた数秒後、みんなは次々にその名前を口にした。


そして、しばらくその話題で盛り上がった後、みんなはまたいつものようにエヌ君に話しかけ始めた。



「そんなことより聞いてくれよ。

明日さあ・・・・・・」



彼はエヌ2号を作ったことを後悔した。

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