おかつ

 ひとけのない古びた神社に夜明け前からやって来た村娘が、賽銭を勢いよく投げ入れて鈴緒を激しく打ち鳴らす。


 その娘の名は、おかつ。

 歳は十八、年増である。


「どうか神様! さすがにもう……わたし限界です。あと何ヵ月かで年も明けちゃうけれど、今年の内にどうか…………嫁ぎたい、嫁ぎたい、嫁ぎたい、嫁ぎたい、男前の旦那さんに、嫁ぎたい! 男前で働き者の旦那さんが、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しいですっ!」


 火でも起こす勢いで、おかつは手のひらを凄まじくこすり続けて必死に願う。


 この村の年頃の娘たちはみな、幼馴染みや近隣の村へ嫁入りをしていた。おかつの無二の親友に至っては、すでに子を六人産んでおり、貧しいながらも幸せそうに暮らしている。

 縁談はこれまでに幾度も舞い込んではいたのだけれど、いかんせん、おかつはかなりの面食いで、「目が離れ過ぎている!」とか「歯並びが良くない!」とか、挙げ句には「なんとなく嫌だ‼」などの理由で断り続けた結果、大年増まで手が届きそうな年齢になってしまっていたのであった。


「どうしよう……嫌だな、大年増。出家して尼さんになろうかしら……」


 罰当たりなことをつぶやいて参道を戻ろうとするおかつの耳に、誰かの話し声が聞こえてくる。


「や……め…………こん……な…………」

(えっ、他に誰かいるのかな? もしや、逢い引き?)


 何かと日々の暮らしで悶々とするおかつは、興味津々で声の方へと歩みを進める。

 社の裏の馬刀葉椎マテバシイの林の中で、男の人影が幹に寄り掛かって立っていた。


(なーんだ、一人か。でも、確かに誰かと……話してる……よね?)


 もう少しだけ、身を屈めたまま近づいてみる。

 男の顔が薄闇に青白く浮かんで見えてきた。


(えっ──)




 男前だった。




 町で流行はやりの浮世絵でも見たことがないくらいの、売れっ子役者顔負けの、実に、信じられないくらいの男前がそこにいた。

 ただ、その男の顔には、左頬の眼から顎にかけて大きな刀傷のような痕があった。それを差し引いたとしても十分過ぎるほどの男前で、見ようによっては、魅力に加味される特徴にも思えなくない。

 そんな理想的な男前が、おかつの目の前で苦しそうにうめいているのだ。


(ありがとう、神様! わたしは、この殿方に嫁ぎます!)


 喜び勇むおかつは、かがやく笑顔で駆け寄ろうとするも、そこで男の異変に初めて気づく。

 白い幹に背中をつけ、着物の襟を無造作にはだけさせて目を閉じるその男の股間には、なぜか一振りの刀が、吸い付くようにしてもたれ掛かっていたのである。


「うっ……うう……四度目は……勘弁してくれ……」


 どうやら聞こえていたのは、男のうなされた声のようだ。

 ひょっとしたら、熱病を患っているのかもしれない──おかつは心配するのと同時に、出会いのきっかけにはもってこいだなと、不謹慎にもこぶしを強く握ってみせる。


「もし! そこのお方!」


 おかつは乱れ髪を直しつつ、自信のある顔の角度を向けながら、小走りで男前に近づく。


 すると、おかつに気づいた男が両目を急に見開き、


「おい、離れろ! 人が来るぞ!」


 慌てふためいて、股間の刀を引き剥がそうとする素振りをしてみせる。


(いったい何をしてるんだろう? けっこう重症なのかな?)


 おかつが男のそばまでたどり着いた、まさにそのとき──


「…………クッ!」


 男は一瞬だけ眉間に皺を寄せると、刀が歯切れよい音と共に離れ、隠されていた男のそそり立つ陰茎からは、白濁の粘液が鉄砲水のようにおかつの顔へとぶちまけられた。


「──ひっ!? 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 やがて早朝の境内に、年増女の絶叫とケラケラと陽気に笑う女の声が木霊こだました。


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