妖刀

 この極めて大胆な女の正体は、どんな魔物も斬り殺すことができるという妖刀・魑獲紗丸チェシャマルであると、斬喰郎は惜し気もなくおみつに話す。

 こうして人の姿に化けられる理由についてまでは教えなかったが、今朝から不思議なことばかり目の当たりにしているおみつは、特に疑問に思わなかった。


「ふーん」


 おみつが冷静になってきたところで、斬喰郎は「御礼の件なのだが」と、話を元に戻す。


「あっ、そうそう! どうしてもって言うなら、手伝って欲しいことが……」


 調理場の方へ顔を向けようとするおみつではあったが、なぜか地面の土間が急に近づいてきて、額に鈍くゴツリとぶつかった。


「……えっ?」


 続けて、生温かい雨が頬を濡らす。

 と、土間がみるみるうちに赤く染まっていく。

 そして、自分の頭のない身体が鮮血を噴き上げて転がるのを最後に、おみつの意識は途絶えて消えた。


 座敷席では、鬼神のような鋭い眼光の斬喰郎が、片膝立ちで刀を横一閃でとどめていた。

 刀身を振るって血を飛ばし、鞘へと静かに納める。ケラケラと狂ったように笑う魑獲紗丸の声だけが、無音の茶屋に響き渡る。


『馬鹿な生娘だねぇ。あたしを人の姿に見えるのは、妖力がある証拠。自分から「妖怪です」と教えるようなもんだよ』


 斬喰郎は何もこたえず、無惨に転がるおみつの死骸を、ゆっくりと横切って通り過ぎる。

 調理場へ入ると、鳥や獣の干し肉に混じって、人の腕や脚の形をした不気味な干し肉が天井から幾つもぶら下がり、すきま風に揺れていた。



 う…………うう……んふ…………



 隅の方にある、大きな水瓶のかげから、何やら音が聞こえてくる。


 近づけば、手足を縛られて口も塞がれた幼い二人の姉弟きょうだいが、涙と鼻水、小便まで垂らした有り様で怯え震えているではないか。


「大丈夫か? 助かったぞ、おまえら」


 その場にしゃがみ込んだ斬喰郎の穏やかな声と手のぬくもりに安堵したのか、姉弟きょうだいのすすり泣く声は次第に大きくなっていった。




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