第84話 突然の報告

 教室内では、カンカンカンとトンカチを叩く音や、カッカッカっとミシンでコスプレ衣装を作っている音が、活気溢れるように鳴り響いている。


「富士見くん、このベニヤ板はどうすればいい?」

「教室の外に立てかけておいて。全部書き終えたら、並べてセッティングするから」

「わかった!」


 俺を中心に、教室の外装、内装のレイアウトを着々を進めて行けば……。


「……よしっ、出来た。これで後は、当日お店から商品を運んでくる係を頼んで……」


 シフト管理や会計、雑務を瑠香が淡々とこなしている。


 遂に明日から、文化祭が幕を開ける。

 もちろん二年三組コスプレ喫茶の目標は、『クラス賞獲得』。

 他のクラスより出遅れてしまったものの、一致団結して何とかここまで作り上げてきた。


 残すところあと少し、内装外装を作り終えてセッティングの後、実行委員会の審査を通過できれば、文化祭当日までに整える準備は完了する。


 晴れてクラス賞獲得が現実となれば、穂波さんはこのクラスに残ることが出来る。


 対して俺は、どこか今この時間を、一秒一秒目に焼き付けておきたいほど、名残惜しい気持ちになっていた。


 クラス賞を獲得できようが出来まいが、この文化祭が終われば、俺は二年三組に籍を置くことは出来ない。


 最後の少ない残り時間、この楽しい時間を青春の思い出として形に残したい。

 心に秘めたその情熱を、全力で出し切る気持ちで取り組んでいた。


 下校時間が近づいてきた頃、ようやく外で作業をしていたベニヤ班が絵を書き終えて、教室の外の外装を組み立て始めた。


 既に教室の内装は、カフェ仕様にテーブルが四つごとにくっつけられ、教室内は紙花や輪っかの飾りなどで、華やかに彩られている。


 オレンジ色の夕焼け空が広がる中、廊下からは各クラスの教室からがやがやとした喧噪が漏れ出てくる。


 文化祭前特有の、準備期間中の達成感や満足感といったものが、俺の心の中を満たし始めていた。

 すると、外で『わぁ!』っと大きな歓声が巻き起こる。


 声につられて廊下へ出ると、教室外にデカデカと様々なコスプレ衣装がペンキで描かれた『コスプレ喫茶』と丸文字で可愛らしく書かれた看板が立てかけられた。


 遂にここまできたんだなと、一人感慨にふけっていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。


 振り返ると、そこには穂波さんがいて、立てかけた看板を、嬉しそうな表情で眺めている。


「遂に完成したのね」

「えぇ……出来ました」

「そっか……お疲れ様、富士見くん」


 穂波さんからにこっと微笑まれて、ねぎらいの言葉を貰い、俺は思わず視線を逸らして頭を掻いた。


「別に……俺はそんな大したことしてないです。ただ……」


 俺は顔を上げて、真っ直ぐな瞳で意思のある言葉を口にする。


「穂波さんにこの学校にいて欲しいから……必要な存在だから頑張ってるだけです」

「……そう」


 だが、俺の言葉を聞いた穂波さんの表情は、どこか寂しそうな感じがした。


 どこか違和感を覚えて、首を傾げていると、後ろの方から教頭先生が現れた。


「菅沢先生……」

「えぇ……」


 教頭先生に呼ばれて、頷きを返すと、穂波さんは皆に聞こえるように大きな声を張り上げた。


「三組の皆さん、一度教室内に入ってください!」


 先生の声がかかり、二年三組の生徒たちが、教室内へぞろぞろと入っていく。


 ほぼ全員が、教室内に集まったのを確認してから、穂波先生が教壇の前に立つ。隣には、何故か教頭先生も立っている。


 皆がいつもとは違うただならぬ雰囲気を感じ取って静まり返ると、一つ咳ばらいをしてから教頭先生が口を開いた。


「えーっ、突然の報告になって申し訳ありませんが、文化祭終了後を持ちまして、菅沢先生が一身上の都合により、本校から転任することになりましたので、ご報告いたします」

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