第60話 悪魔な女の子
一方そのころ、恭太と同棲していることを間一髪でバレずに免れた穂波家の中では、栄保奈美によるハイテンション愚痴大会が執り行われていた。
「でさ、教頭が会議中にめっちゃ私の脚ばっかり見てくるわけ! 本当に気持ち悪くて!!」
「あはは……まあ、男の人って視線が無意識にそういう所に向いちゃうから仕方ないんじゃない? 私も街とか歩いてると、よく胸とかに視線感じるし」
「……それは自慢?」
「なんでそうなるの!?」
「だって! 私は男どもの視線が一向に上に向かないで俯いたままなのよ! そんなお化けおっぱいをぶら下げて、一度でいいから私も自分の胸に男どもの視線を鷲掴みにしてみたい!!! あっ、でも教頭は無理。マジで生理的に受け付けないから」
栄っちは、今日も合コンで失敗した話から派生して、自分の魅力のなさについて持論を展開していた。私的には、栄っちもモテる人にはモテると思うんだけどなぁ……
栄っちは、ぐいぐい缶ビールをあおり、コロコロ話の話題を変えていく。
「ってか、今日は私の事よりも波ちゃんのことだよ~。 実際どうなん? 富士見とは?」
突然話を振られた私は、驚きながらも返事を返す。
「なっ……何にもないわよ!」
「顔……赤いぞ?」
「こ、これは酔いが回って……」
「嘘だぁ~! この布団だって、本当は泊まりに来てるんでしょ? 言っちゃいなよ、禁断の関係ですって!」
「だから、本当にそんなんじゃないんだってば……本当に、そんなんじゃないの……」
だが、気が付けば最後の方には、私の声のトーンは下がっていき、力のない声が出ていた。そして、あまりお酒を飲んでいないのにもかかわらず、項垂れるようにして、机の上に置いてあった空き缶などを手で退けて突っ伏してしまう。
そんな私の気分の変わりように何かを察したのか、栄っちが優しく微笑みかけてくる。
「何かあった?」
「……何にもないから困ってるのよ」
「というと?」
「それは……その……」
なんて言おうか悩んだ。だが、その前に一つ確認しておかなくてはならない事が有る。
「栄っち、他の人に絶対に言わないでね?」
「うん。言わないよ?」
「……その不敵な笑みが怪しいんだけど」
「大丈夫だって、こう見えても私。友人の約束は破ったことないんだから」
そう言って人差し指を立ててにぱっとした笑みを浮かべる栄っち。
怪しさマックスではあるが、私のことを友人として思ってくれていたことに少し驚きと嬉しさを思いつつ、私のわだかまった気持ちを抑えることは出来なくなっていた。
気が付いた時には、恭太が私のことを好きって言ってくれたこと、そこから何もアプローチをしてきてくれないことなど大雑把に話した。もちろん、同棲していることは言わずに。
「なるほどねぇ……つまり、要約すると、波ちゃんは欲求不満と」
「ち、違うわよ!」
「そうじゃない。だって、あの布団だって富士見君が昨日泊ったから残ってる。部屋だって、富士見君が定期的に片づけてくれてるから、こんなに綺麗なんでしょ?」
「な、何故それを!?」
「やっぱりかぁ……」
「なっ、計ったな!?」
まんまと栄っちの術中にはまってしまう私。こういう所からボロが出てしまうのが、私らしいというかなんというか。
栄っちは、そんな私をニタニタとした笑みで見つめて言ってくる。
「それで、波ちゃんは富士見君のこと、どう思ってるの?」
身体を前に乗り出して、興味津々といった感じで尋ねてくる栄っち。そんなこと聞き返さなくても、もう知ってるくせに……
「そりゃ……私は恭太のこと、前からずっと好きだもん。」
改めて自分の口から言うと、恥ずかしくて顔が熱くなる。
それを見て、またも栄っちがからかうような表情を浮かべている。本当に意地悪な子。
「そっかぁ。まあでも、それなら簡単な話じゃん? 富士見君は恐らく遠慮してるよ。波ちゃんとの関係を、これ以上進めてしまっていいのかどうか」
「それは……分かってる。私だって、恭太とこれ以上の関係性になってしまったら、取り返しのつかないことになることくらい分かる。だからそこ、今の距離感をはかりかねてるんだと思う」
栄っちに話しているうちに、自分が悩んでいることが理解出来てきた。
私は、恭太とこれからどうなっていきたいのか。具体的に方向性が決まっていないのだ。
それは、私たち二人で話し合っていかなくてはならないこと。その前に、私の気持ちをしっかりと伝えなくてはならない。
だが、そんな私の心情などお構いなしに、栄っちはとんでもないことを口にする。
「いっそヤルところまでやっちゃいなって! そうした方が、色々なこと気にしないで、お互い楽になると思うよ?」
「他人事だと思って適当に言う」
「適当じゃないわよ! ほら、結局秘密の関係性なんだから、ちょっとやそっと踏み間違え……じゃなくて、踏み込んでも平気だって!」
「今、確実に踏み間違えるって言おうとしたわよね? 絶対ダメなことだよね?!」
「そんなことないって! 確かに、波ちゃんが色気を出して、その憎いくらいのおっぱいで誘惑したら話は別だけど。キスとかハグくらいなら、話は別なんじゃない?」
「それくらいなら、まあ……私的には、もっと気を遣わなくていいのにって思うけど……」
どうしてだろう。ヤルところまでやっちゃいなと言われた後に、キスやハグと言われると、もの凄くハードルが低い類いのものに見えてくるから不思議だ。
これも、彼女なりのフォローなのか。
そんなことを思ったのも束の間、栄っちがにやりと悪い笑みを浮かべる。
「まあ、私的には二人付き合ってヤってるのバレて、二人とも懲戒免職&退学になればいいと思ってるけど? リア充爆発しろ」
「……悪魔だわ、あなた」
相談する相手を間違えたかもしれない。だって、目の前にいるのは、生徒のアルバイトさえ断じて許さず、徹底して排除しようとする。栄保奈美なのだから。
私は、とんでもない核兵器に、核爆弾をセットしてしまったのかもしれない。
そのボタンを栄っちが押せば、私の世界は塵となり消えていく。そう言った危険性を孕んでいる人物なのだ。
私が戦慄していると、それに気が付いた栄っちが、顔を緩ませた。
「大丈夫、大丈夫! 私は波ちゃんの友人だよ。例え何か犯したとしても、裏切るつもりないわ」
その言葉が嘘か誠か、その答えは、目の前にいる栄っちのみこそ知る。
というか栄っち、私に何かやらかしてほしい前提で話してない!?
ホント、鬼の保奈美は悪魔な女の子。
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