第41話 豊胸効果!?

 マッサージマスターの称号を手に入れたのはよかったものの……そこから、俺の学園生活がちょっぴり崩れていった。


 何故だが知らないが、放課後瑠香の家に行くたびにマッサージを頼まれるようになったり、穂波さんにも定期的に頼まれるようになるなど、俺のマッサージスキルはさらに磨きをかけて進化していた。


 このマッサージスキルをみんなに知らしめたいと思ったのか、瑠香が俺のマッサージスキルの良さをクラスの友達に零してしまった。その噂が一部瑠香を中心とする女子生徒の間で広まってしまい、瑠香を取り巻くクラスの女子生徒の胸を、マッサージという名を借りて、合法的に揉みしだくことが出来るようになってしまっていた。


 そんなマッサージ事件が思わぬ方向へと火種してしまったとある日。

 俺は何故か放課後の保健室へと呼び出されていた。


 地べたに座り正座する俺。その隣には、同じく地べたに正座している瑠香。

 そして、目の前には椅子に腰かけて、その黒ストに包まれた長い脚を組んで、ニコっと笑みを浮かべている保奈美先生が鎮座している。


「最近、富士見くんが女子生徒の胸を揉みしだいてセクハラをしているという噂を聞いたんだけど、それは本当なのかなぁ?」


 瑠香がいるから一応ほんわか口調ではあるものの、目の裏の表情からは、微塵たりとも朗らかな雰囲気はまるでなく、殺してやろうかと言わんばかりの殺伐とした空気感が漂っていた。


 見た目だけで判断されて歪曲された情報が、保奈美先生の元へ伝わったのだろう。俺はこの行為が正当性を得ていることを弁明する。


「人聞きの悪いことを言わないでください。俺はセクハラなんてしていません。確かに他の人から見れば、女子生徒の胸を揉んでいるように見えるかもしれないですが、あれはれっきとしたマッサージなんです」

「そ、そうです……だから恭太は何も悪くありません」


 瑠香もそうだそうだと加勢してくれる。


「へぇ~マッサージねぇ~……それなら、私にもしてみてくれるかしら?」

「へっ? 先生に!?」

「そうよ。だって、セクハラではなくマッサージなのでしょ?」


 そう言って、保奈美さんは組んでいた足を下ろして、艶めかしい視線で俺を見つめてくる。

 まるで、その表情はわざと俺にセクハラをさせようと仕向けている罠のようにも見えてしまい。俺は思わず息を飲み込む。


「ほら、どうしたの? マッサージ……出来るでしょ?」


 こうなったら仕方ない、ここまで生かしてきた経験をすべて尽くして、保奈美先生を黙らせるような凄いマッサージをしてやる。

 そう意気込んで立ち上がろうとしたその時だった。ドタドタと廊下の方からものすごい勢いでこちらへと近づいてくる足音。そして、その足音が保健室の前で止まると、バタンっとものすごい勢いで扉が開かれた。


「ま、待ちなさい栄っち……」

「波ちゃん!?」


 振り返ると、ぜぇぜぇと息を荒げながら膝をつく穂波先生の姿があった。しかし、氷の穂波はおろか、その表情は必死さそのもので、凛々しさとはかけ離れている。

 俺達が驚いていると、穂波さんは息を整えて身体を起き上がらせ、腕を胸を持ち上げるように組んで話し出す。


「富士見くんのマッサージはセクハラではないわ。ちゃんとした効果があるの!」

「効果? なにかなぁ?」


 訝しむような視線で保奈美先生が穂波さんを射すくめる。


「それは……」


 穂波さんはもったいぶるようにしてからどや顔で言い放った。


「豊胸よ!」

「……へっ?」


 何言ってんのこのポンコツは、思わず間抜けな声出しちゃったし。

 すると、今度は穂波さんは瑠香の方へ視線を向ける。


「そうよね。京町さん」


 瑠香に何やら熱い視線を送る穂波さん。すると、瑠香ははっと我に返って、顎に指を当てて口を開く。


「た、確かにそう言った効果もあったような気がするような……」


 まさに大根役者瑠香様の素晴らしい棒読みの演技じみた口調を聞いて、ようやく俺は理解した。

 なるほど、これは後付けのただの口実で、穂波さんが俺たちに与えてくれた助け舟だ。

 つまりは、俺のマッサージにはそう言う理由があるということを保奈美先生に伝えるためなのだ。


 俺は振り返ってみると、保奈美先生は、その更地のような自身の胸元を手で持ち上げようとしていた。手で寄せて持ち上げても膨らみが目視できないなんて……保奈美先生……!


 同情の眼差しを感じ取ったのか、ふと我に返り、恥ずかしそうにしながら保奈美先生は反論してきた。


「だ、だとしたら、貴方たちは豊胸の必要ないでしょ!」


 そう言い張る保奈美先生に対して、二人はその豊かな胸を張って言い張った。


「私はGからHになったわ」

「私もEからFに」

「え、ちょっと……えっ!?」


 衝撃のカミングアウトに開いた口が塞がらない俺。

 ってか、二人ともそんなにバストサイズあったんですね。


 つまり、富士山がマッターホルンに、マッターホルンがモンブラン山まで地層が隆起したってことだ。遂に穂波さんの胸は、世界に認められるモンブラン……まさに、本格的なデザートモンブランとして、三ツ星レストランが提供するほどの素晴らしいお胸モンブランに成長と遂げたってこと! ……何言ってるんだろう俺。さっき豊胸は嘘って言ってたじゃん。


 俺がそんなどうでもいいことを考えている間にも、保奈美先生は自らの胸と二人の胸を見比べて、恨めしそうな声で呟く。


「私も念願のBカップになれるかな?」


 せ、先生ぃぃぃぃ!! 目指すならもっと大きくいこうよ! ってか、Aカップだったんですね!


 なんか涙が出てきそうだった。もう同情を通り越して、憐れである。


 保奈美先生の胸元を山に例えるなら、高尾山レベル。いや、それより低い、もしかしたらそこら辺の小高い丘よりも低いかもしれない。も、もしかしたら野球グラウンドのちょっと盛り上がっているピッチャーマウンドくらいかもしれない。まさにそれくらいの更地。盛り上がってるのか盛り上がっていないのかマジで分からないレベル。


 すると、保奈美先生の視線は俺へと向けられる。その視線は、希望に満ちたようなまなざしをしていた。その視線を俺は受けて、嫌な予感がして背筋がピンと張る。


 そして保奈美先生は、すっと頭を下げて、俺の嫌な予感的中の言葉を言い放った。


「富士見くん! その豊胸マッサージ、是非私にもしてください!」


 穂波さんが俺を助けようと口から出たフォローが、逆効果となった瞬間だった。やっぱり穂波さんは、今日も相変わらずポンコツ平常運転だ。

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