第35話 ポンコツ先生、菅沢穂波

 勝負が終わり1週間が経過した。

 今日も朝から相変わらず、穂波さんはポンコツだ。


「穂波さん、先外出てますよ!」

「あっ、うん! ちょっと待って! キャァ!!」


 リビングの方からドタバタと音が聞こえる。

 朝食食べた後、準備もせずにベッドに寝っ転がって二度寝するのが悪い。


「お待たせ!」


 ようやく玄関に現れた穂波さん、今日は緑のカーディガンに白シャツ、下は黒のフレアスカート姿で少し初夏らしい格好をしている。


 玄関にしゃがみこみ、ヒールを履いて、よいしょと言って立ち上がる。ってか、それで運転するんですか……?


「よしっ! 準備オッケイ!」


 気にする様子もなく、穂波さんはヒョイっと立ち上がって、玄関から廊下へと出た。中の電気が消えていることを確認して、玄関の扉を閉じて施錠する。


「それじゃあ、また学校で」

「はい」


 そして、いつものように家の前で別れて別々に学校へと向かう。

 ちなみに俺が駅へと向かった直後、穂波さんは慌てて靴を履き替えに行っていました。



 ◇



 季節は6月へと突入し、季節外れの35度超えの猛暑日などもある中、俺と穂波さんの同居生活が始まってから早一カ月を迎えようとしていた。

 

 相変わらず穂波さんは、家ではポンコツ、学校では鬼の穂波としての生活を送っている。最近は、学校でもポンコツを発揮してしまうのではないかとこっちがひやひやしてしまう始末。


 学校へと到着すると、いつもの声が俺を出迎える。


「よっす恭太」

「……誰だっけ?」

「ひでぇな!! 最近出番なかったからって忘れんなよ!!」


 クラスメイトの市場大和いちばやまとは泣きつくように俺の裾を掴んできた。うん、気持ち悪いからやめてもらえるかな?


「おはよ、恭太」


 そこに割って入ってくる、明るい声。


「よっ、瑠香」


 俺の幼馴染でクラスメイトの京町瑠香きょうまちるかは、茶髪のポニーテールを揺らしながら今日もブラウス一枚の格好。最近暑いおかげで、より露出度が増えている気がする。


「聞いてくれよ京町! 恭太がひでぇんだ!」

「はいはい、あんたのざら事は分かったから。ってか、あんた今日日直でしょ? 日誌取りに行ったの?」

「うわっ、ヤベェ! 鬼の穂波に殺される!」


 恐怖の顔を滲ませながら、教室から飛び出して急いで職員室へと市場は向かっていった。まあ、怒られないから大丈夫なんですけどね?


 うるさいのがいなくなったところで、瑠香が俺に尋ねてくる。


「どう、ほなティーとは? 愛想ついた?」

「いやっ、何も変わってない」


 最近瑠香は、穂波さんと仲良くなり、よくわからんあだ名で穂波さんの事を呼んでいる。俺争奪癒し対決以来、何かと情報交換などを行っているらしい。何の情報を交換しているのかは、恐ろしいので触れたことはない。



「本当に? あの痴女ティーに襲われたりとかしてない?」

「してないって! ってか、その……痴女ティーってもう誰のことか分からないよね?!」

「いや、あの乳ティーは何するか分からないから。ホント、ビチてぃーだから」

「頼むから、呼び方を統一してくれ……」


 何が何だか分からなくなってくる。

 俺がこめかみを押さえていると、ガラガラっと教室の前の扉が開かれる。


 黒い長髪を靡かせて、ピシっとした佇まいでポンコツ先生……じゃなくて、氷の穂波こと、菅沢穂波先生が教室へと入ってきた。

 それを見て、全員が急いで自席へと戻る。


「それじゃあ恭太。また」

「おう」


 後を追うように入ってきた日直の市場が、いつものように号令をかける。


「起立!」


 バっと全員が一斉に立ち上がり姿勢を正す。

 物音がしなくなり静寂な空気が教室に流れたところで、再び市場が号令をかける。


「礼!」


 角度30度のお辞儀。1・・・2・・・3・・・。

 数え終わり、前を向く。だが、今日の俺の体内時計早く進みすぎていたようで、一人だけ早く顔を上げてしまった。

 ヤベっと思い、穂波さんの方を見る。すると、穂波さんも俺の方を見ていたのか、ニコっと柔らかい微笑みを浮かべていた。


 その姿に俺は思わず呆けてしまうが、穂波さんはすぐさま顔を戻して、いつもの強面の表情へと戻る。


 遅れて他の生徒たちが頭を上げると、市場の着席! っという声と共に全員が自席に座る。


 それを確認してから、穂波さんはいつもの鋭い口調で話し出した。


「おはようございます! 今日は特に連絡事項はありませんが……」


 そんな姿を見つめながらふと思う。

 瑠香以外、この学校で俺が担任の教師と同居していることは誰も知らない。

 万が一バレてしまえば、ただじゃ済まないことは重々承知している。


 けれど、俺は先生との……穂波さんとのこの関係性を出来るだけ長く続けていきたい。

 穂波さんが教壇の前で話している姿は、凛々しく勇ましく美しい。家ではポンコツ穂波さんであるこのギャップを俺だけが知っていたい。そう願っていた。


 こうして、ポンコツ担任教師と生徒の禁断同居生活は、もう少し続いていく。

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