第一章
まさかの記憶喪失 その①
私は、ふぅと息を
出来上がったのはクッションカバーです。夏の花々をあしらった
大陸の西に位置するクレアシオン王国は広く豊かな領土を持ち、戦争が終結して数年がたった今はとても平和で
旦那様は王国の守護の
ですが、その分、お仕事が
この一年、私は妻として何の役にも立っていません。姉のように美しいわけでもなく、ぱっとしない
世間知らずで旦那様にとって都合が良いという利点があったとしても、三〇〇〇万リルという大金を
けれど、旦那様は私にとても良くして下さっています。
私の
実家にいた
ですので、私は旦那様にとてもとても感謝しております。
私はもともと両親に
私の結婚が決まった時、セドリックは
今も月に一度だけ手紙が届きます。私に会いたいと言ってくれる弟に応えたい気持ちはありますが、私は侯爵家に嫁いだ身、旦那様の許可なく実家に帰ることも、客人を招くこともできません。何より私の両親は、セドリックが私と会うのを許さないでしょう。
私が侯爵家に嫁いで
「……セドリック」
口の中だけで愛を込めてその名を呼びます。記憶の中のあの子は、
コンコン、と
「失礼いたします。
入って来たのは、私の専属侍女であるエルサでした。
エルサは、いつも
「本日は、奥様の好きな
エルサがにこりと笑って、私の前にお皿を置いてくれます。
「ありがとうございます。フィーユ料理長さんにもお礼をお伝えして下さいね」
「はい。奥様、失礼いたしますね」
そう言ってエルサも私の向かいのソファに
本来は、侯爵夫人と侍女が席を共にするなどありえないことです。侍女に対して
けれど、これらが許されているのはエルサや他の使用人さんたちの
屋敷に来た当初、こうしてお茶を出されても私は口を付けることができませんでした。キラキラとまるで宝石のように美しいタルトをどうやって食べれば良いか分からなかったのです。実家にいた頃の食事はパンとスープだけだったので、見たことしかない
他にも使用人に
そんな私を助けてくれたのは、他ならない侍女のエルサでした。
あの結婚初夜に
まるで姉のように尽くしてくれるエルサに私は一カ月ほど経って、
エルサがいなければ、私はどうなっていたか分かりません。エルサは今では私にとってかけがえのない存在です。
「……美味しいです。苺がとっても
「料理長が自画自賛しておりましたから。今日の夜は、奥様の大好きなじゃがいものポタージュを作ると張り切っていましたよ」
「本当ですか? とても楽しみです」
私は、ふふっと笑ってタルトを小さく切り分けて口へと運びます。じゅわっと広がる苺の
エルサが説明してくれたのか、厳しかった執事のアーサーさんも優しくなって私の無作法を目こぼししてくれています。もちろん、少しずつ
旦那様に愛してもらうことは
「フレデリックときたらまたワンピースを買って来て、次の休みこそ出かけようと果たせもしない約束をするのですよ? そうやってため込まれたワンピースやドレスが何着あると思っているのでしょうか」
ぷりぷり怒っているエルサは、いつもの大人びた彼女よりもずっと可愛らしくて少女のようです。
私より五つ年上のエルサは執事のフレデリックさんと結婚しています。フレデリックさんは彼女より五つ年上で、旦那様と同じ25歳。旦那様の
幼馴染だったという二人はその分
「ふふっ、エルサとフレデリックさんは本当に仲が良いですね」
「奥様、私は仲の
エルサがむっとしたような顔で言いました。くるくると表情の変わるエルサは、見ているだけでも楽しいです。
私は、彼女のことは敬称を付けずに呼ぶことに成功しています。達成するまでに三カ月もかかりましたが初めて自然に呼べた時、とても
「それにしてもよく降る雨ですね」
エルサが窓の外に顔を向けて言いました。それにつられるようにして私も窓のほうへ顔を向けます。お茶をいただく前よりも少し
すると不意に外から
「旦那様が戻られたようです。
「ど、どうしたらいいのでしょうか」
急なことに
「
トントントンとやけに
「フレデリックでございます。奥様、入室の許可を」
「ど、どうぞ……」
フレデリックさんは先ほど話題に上ったエルサの夫です。執事とはいっても、この屋敷ではなく旦那様に専属で仕えているので会うことはほとんどありません。
ガチャリとドアを開けて入って来たフレデリックさんは、
「奥様、落ち着いて聞いて下さい」
ただならぬ
「旦那様が訓練中にお
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