第4話 捨てられて拾われました
男爵は屋敷へと戻ると鎧を外し休む間もなく書斎へと向かった。
手紙を認める為だ。
王族の証である金の瞳を持つ赤子を保護したという内容を様式美に沿って書いていく。
手紙に封をするとすぐさま城へ手紙を配達するように手配した。
手紙を書き終えて、自分を待つ妻達の元へと向かう。
暫く赤子を預かる事になるからだ。
だが、この時男爵は王族であるかもしれないことを妻達に隠してしまった。
それがとんでもない勘違いを生むとも知らずに。
「村での生き残りである赤子を家で預かるですって!しかも呪いの黒い髪を持った子を?」
ヒステリックに叫ぶのは正妻として迎えた妻だ。
深紅の髪は彼女の本質を現すように苛烈さを現しているかのようだ。
ギリッと夫を睨みつけて今にも噛み付かんばかりの妻に辟易した男爵はただそうだと頷く事しか出来なかった。
「では私が預かりましょう。息子と同じ年の赤子なのでしょう?」
たおやかに応じる女は男爵が側室に迎えた2番目の妻だ。
淡い新緑を思わせる髪色を持つ彼女は半年前に子供を産んだばかりだ。
年も近い赤子を預かるのは息子を育てるついでと言う事だろう。
「頼む。」
そう言ってその場をすぐに立ち去る男爵を憎々しげに見つめる正妻。
男爵はその妻の思いに気付かないまま去ってしまった。
――――…
リュシュランが男爵の屋敷に連れてこられて数日。
身奇麗に整えられて優しく自分を扱ってくれる女性がいつもと変わらない様子でミルクを与えに来る。
リュシュランの前に自分の子を優先するのは当然のこと。
知性を備えたリュシュランは大人しくして過ごしていた。
「随分と手のかからない子ね。」
ぽつりと呟いた女性の声に反応して両手をあげてそんな事はないとアピールする。
しかし、その姿は抱っこしてと言っているようにしか見えず女性はくすりと笑うと優しくリュシュランを抱き上げた。
「黒い髪を持っていなければこの先ずっと生きやすかったでしょうに。こればかりはしょうがないわね。」
優しく撫でる女性の言葉の意味が分からずに手足をバタつかせるしかないリュシュラン。
「あ、こら!暴れないで。」
もっと色んなことを教えて欲しかったけれど差し出された乳房に食欲が勝り黙々と食事に専念する。
「貴方はしっかり飲んでくれるのね。息子は中々飲んでくれないのだけれど。」
ぽつりと呟いた言葉に耳を傾けるリュシュラン。
「私の子は体が弱いのかもしれないわ。お乳を飲む量もどんどん減ってきているし。」
この世界で子供の生存率は低い。
病気で命を落としたりすることは良くある事だ。
悲しそうに話す女性に何かできればとリュシュランは思う。
つい先日失ったばかりの家族を思うと何もしないではいられない。
だが、何ができると言うのか。
――――…
深夜、誰もが寝静まった頃リュシュランは魔力を使って隣に眠る赤子の位置を探った。
そしてふわりと体を浮かせてすやすやと眠る赤子の上に浮かび上がった。
体が弱いと聞いていたので何か出来ないか必死に考えたがうまく浮かんでこない。
それが悲しくて涙がぽろぽろと零れ落ちた。
その涙が眠っている赤子の口に入ったのは偶然だろう。
リュシュランは気付いていないが竜の涙には治癒の力がある。
それに気付かないまま結局何も出来ないと分かると大人しく元の位置に戻った。
だが眠ろうとしたその時、部屋に誰かが入ってきたのを感じて意識を向ける。
「黒髪はこっちか。」
ぽつりと零れた言葉から自分が目当てで来たのだと分かる。
声は男のように低いので恐らく男性なのだろう。
ふわりと浮遊感を感じて乱暴に抱きかかえられたリュシュランは何事なのかと手足をバタつかせる。
「大人しくしてくれ、奥様の言いつけなんだ。」
そういうと男はリュシュランを籠に入れて屋敷を抜け出した。
男からはいつもの女性とは違う匂いが漂ってくる。
濃厚な香りは男がその奥様とかなり近しい関係にあるのだと感じさせる。
どうやらこの奥様と言う人は自分が居ると不都合があるらしい。
「全く、奥様もなんでこんな赤子を気にかけるんだか。正妻である奥様の子が男爵を継ぐのは決まりきっているはずなのにな。」
暗い夜道を歩く男はあまりそういった夜に動くことを得意としていないらしい。
人に見つからないようにと考えてか明かりをつけないで歩いているのだから当然ではあるが、目がまだ見えていないリュシュランには分からない。
「黒い髪だとどうせ生きられないだろうから奥様の心付けは俺が頂いておくぜ。」
どうやら何かをちょろまかすらしい男の言動を聞いて呆れるリュシュラン。
何か言おうにも赤子のリュシュランはどうしようもなかった。
途中に馬を繋いでいたのか移動が早くなる。
遠くにまた捨てられるのかとリュシュランは2度目の事態に諦めに似た感情を持った。
この男がナイルズのように信頼できる相手に預けてくれるとは思えない。
恐らく適当に捨てられるのだろう。
そうなると自分にはどうすることも出来ない。
魔力で移動したとしても大した距離は稼げないだろう。
とうとう自分の人生がここで詰むのかと思うとなんだか切ない気分になる。
数日かけて移動している内に街へとたどり着いたらしい。
そして暗い路地へと男は入っていく。
汚い場所だ。匂いがきつくて堪らない。
そこら中に満ちている死の臭い。
腐臭やこびりついた体臭の匂いがあちらこちらから漂ってくる。
リュシュランは顔を顰めたが、赤子の顔でその変化はそうそう分かるものではない。
暗い路地にそっと置かれたリュシュランは男が去っていくのを感じる。
とうとう置いていかれたのだ。ここ数日はミルクさえも与えられていない。通常の赤子であれば既に衰弱しているはずの状態だがリュシュランは辛うじて無事だった。
男が去ってから2日が経った。
その日は雨が降っていた。冷たい雨が体を濡らす。
リュシュランには雨をよけるだけの気力がなかった。
すでに体力の限界が来ていたのだ。
冷たい雨に濡れているはずなのに体はとても熱い。
ぼんやりする意識の中、籠の前に人が立ったのを感じた。
うっすらと目を開ける。
この時リュシュランの世界に初めて色が付いた。
過酷な状況に置かれ命の危機に瀕した事で、生きる力が必要とされ明らかに早い成長を引き出されたのだ。
髪の長い女性が目の前に立っていた。
淡いラベンダー色の髪に青い瞳がリュシュランの瞳に映る。
傘を持って立っている女性は僕をじっと見つめていた。
そして優しく籠を抱えると歩き出す。
どうやら僕を拾ってくれるらしい。
家に辿り着いた女性はリュシュランを抱き上げて体を拭いてくれた。
そして羊のミルクを木の匙で少しずつ飲ませてくれる。
しかし、何日も飲んでいなかった僕はすぐさま吐き出してしまう。
それでも何とか飲ませようと女性は時間をかけてゆっくりと世話をしてくれた。
きちんとミルクが飲めるようになったのはそれから更に数日後のこと。
女性は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
まるで失ったものを埋めるように大事に扱ってくれる女性をリュシュランは今度こそ大切にしたいと思った。
リュシュランを助けてくれた女性は娼婦だった。
仕事の日はリュシュランを箪笥の中に入れて、空気を通す為に少しだけ空けてくれていた。
大抵仕事をするときはたっぷりとミルクを飲んだ後で眠っていることが多かったが、何日も一緒に居ればどういう事をしているのかは察することが出来た。
それでもリュシュランが居る事を考えてか必死で声を押し殺して色んな男を相手にする女性。
それが更に相手を煽る結果となっているのだがそんな事に気が付く事はない。
そして抱いた料金として金を貰うのだ。
リュシュランには知識がある。
だから娼婦の仕事が何をすることなのかも理解が出来てしまう。
だが、知識にあるような考えとリュシュランの考えは違っていた。
必死に生きようとする女性をリュシュランは美しく感じたのだ。
気高く生きる女性を母としてリュシュランは認めていたのだ。
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