第24話 第三王子暗殺未遂事件
狩猟に行った次の日、エドワードは朝から護衛であるルイスを伴って王都の町へ出てきていた。
ゴブリンの集団に襲われたとき何も出来なかった自分に苛立っていたこともあるのだが、何も知らない自分自身を変えたい、自分の婚約者に守られたままでいるなど駄目だという気持ちもあった。
ならばなぜそれが町へ出る事になったのかと言うと、魔物に対峙する者といえば冒険者だ。
自分もそれをやってみたら少しでも婚約者であるリーフィアに近づけると考えたのだ。
負けていられないという気持ちも当然あったのだが、襲撃された次の日に出るなど誰が予想できただろうか。
ルイスと共にこっそりと王宮を抜け出してきたエドワードははじめて自分の足で歩く王都の町に酔っていたのかもしれない。
いつの間にかルイスと離れ離れになって、途方にくれる頃には自分が今どこにいるのかさえ分からなくなってしまっていた。
町角の裏路地に入り込んでしまっているなど気付くはずもなく、ウロウロと歩き回っていた。周囲の様子が明らかに表通りと違って危険な空気を纏っている事にも気付かない。
初めての町にエドワードは困惑していた。
「こんな所に自分から入ってくるとは、全く楽な仕事になりそうだぜ。」
振り返ったエドワードが見たのは、ニヤニヤとナイフを片手に近づいてくる腕に青いサーペントの刺青を入れた男と、獣人族の女。
男はくるくるとナイフを回して遊びながらエドワードの方へ歩みを進めてくる。
女は少し後ろからなんとも後ろめたそうな表情で着いてきていた。
「な、誰だ!」
「王子様が知る必要のないものだぜ。それにこれから死ぬ事になるのが決まっているんだからなぁ。」
くつくつと笑いながら近づいてくる。エドワードは身の危険を感じて走り出した。
「追いかけっこか?いいぜ、楽しませろよ?王子様。」
「くっ!」
走り出したエドワードをじわじわと追い詰めるように男が迫ってくる。
ものの数分で路地の行き止まりに追い込まれてしまった。
なんとか逃げ道はないかと探るエドワードだったが、すでに袋のねずみ。
腹に強い衝撃があり、殴られたと感じた時には地面に転がされていた。
呻きながらなんとか身を起こそうとするエドワードにナイフでいたぶるように刻み付ける男。
浅い傷、深い傷、すぐには死なないように加減され嬲られる。
相棒らしい女が止めろと遠く叫んでいるのが聞こえた。
目がかすんで、視界が狭まる。
ぐいっと顔を向けられると小瓶の中身を口に注がれた。瞬間に焼け付く痛みで声にならない声を上げる。
毒だと気がついて吐き出そうとするが押さえ込まれた口では吐き出す事は叶わない。
ごくりとそれを飲み込んだのを確認した男は、満足そうに笑った。
「さて、依頼は王子様の毒殺と王家の証である指輪の回収だったか。」
無理やり指から血のついた王家の紋が入った指輪を抜かれる。
だが、すでに体力を失い、霞んだ視界ではもはや男の姿さえ満足に映らなかった。
「安心しろ、王子様。すぐに母親と同じところにいけるさ。あの世でゆっくりママと静養するんだな。」
「か…ぁさま…?」
「今頃、俺が侍女に渡した毒でお寝んねしている頃だろうよ。良かったな、一人じゃないぞ。」
「な…ぜ…?」
「しらねぇな。俺達は依頼をこなすだけだ。じゃあな。王子様。」
立ち去っていく二人の姿を見送るしかないエドワード。
体は痺れて動かない。
毒が全身に回ってきているのか、こんなときに脳裏に浮かんだのは婚約を申し込んだときのあのリーフィアの姿。
「ごめん、フィア。君の事守れないまま終わってしまいそうだ。」
エドワードは言葉に出来なかったが脳裏で呟いた。
――――…
リーフィアは王宮へ泊まっていた。
例の襲撃の事もあって取調べが進められているうちは留め置かれているのだ。
クリステルが言っていたマリアという侍女と魔物を引き連れてきた男の話の裏づけをスパイ・テントウ君で確認したうえで別視点の証人を抑えようと王都のスラム町に向かっていた。
もちろん、姿は以前にもこの場所で使っていた銀の髪に青い瞳の女の子、アーシェの姿だ。スラムに入る裏路地に入ろうとしたときにいきなり出てきた男にぶつかる。
きゃっと思わず叫んで尻餅をついた。
「おいおい、気をつけろよお譲ちゃん。」
その男は紺色の短く刈り上げた髪を撫で上げてそのまま歩き出す。
後ろから出てきた女性が申し訳なさそうに私を助け起こした。
「この先は危ない。お家に帰りな。」
「平気です。友人に会いに来ただけなので。」
「そうかい。気をつけるんだよ。」
「ありがとう。お姉さん優しいね。」
ふわりと薄い金色の髪を靡かせて去っていく女性。
獣人族である耳と尻尾に思わず本物だと呟いてしまう。
だが、その気持ちもすぐに引き締めた。血の匂いをさせて出て行った男。
他にも嫌な臭いが混じっていた。
気になった私はその臭いを探って歩いていく。段々と濃くなっていく血の臭い。
辿り着いた場所に倒れている人物を見て私は叫んだ。
「エド?しっかりして!な、なんでこんな事に。」
ぐったりとして力のないエドワードを抱きしめて状況を確認する。
からんと転げ落ちた小瓶を見てぎょっとする。
中の液体を確認すると、サーペントの毒だった。サーペントの魔物の毒には神経毒に出血毒がある。
じわじわと流れ出る血。どちらの毒も含まれていそうだった。
急いで魔力を全身に行き渡らせるようにエドワードに流して毒を排除する。
そして、傷ついた場所を治癒していく。
体の痺れはすぐには取れないだろうが、失われた血液を少しずつ元に戻していく。
血色が少し戻った事で少し安心する。
ぎゅっとエドワードを抱きしめて失わずに良かったと安堵した。
ぴくりと腕が反応して、エドワードが目を開けた。
「……き…みは?」
「無事で良かった。」
安堵して涙がぽろぽろと零れだした。
そして、自分がアーシェの姿をとっていたことを思い出す。ゆっくりと体を起こして座ったエドワードは自分に起きた事を思い出したのか周囲をキョロキョロと確認しだす。
遠くで護衛であるルイスが探している声が聞こえる。
声が段々と近づいている事を確認した私は、すぐにこの場から消える事を選択した。
「どうか、私の事はご内密に。」
「待って!」
エドワードが叫んだ時にはすでに転移している。
スパイ・テントウ君で無事にエドワードがルイスと合流して王宮に帰るのを見届けた私は王都のスラムを治めているスレイに話を聞きに行った。
マリアとトマーのやり取りを見ていた人物がいないか探してもらうためだ。
これは意外と簡単に分かった。証言を取って帰途に着く。
だが、騒ぎは第三王子殺害未遂では済まなかったのだった。
王宮内に戻った私は周囲が騒がしい事に気がついた。エドが襲われたのだから当然だと思っていたのだが、それだけではないらしい。
クラウス様に呼ばれて向かった先は王妃様の私室。
そこには、亡くなったセイリーン・セインティア・アークス様がベッドに寝かされていた。
そして、国王陛下と第一王子、エドも服を着替えてこの場に立っていた。
「なんてこと。」
愕然とした私は喪に服してその日を過ごすことになった。
狩猟の日の襲撃に加え、エドの暗殺未遂、王妃殺害。こんなに事件が重なる事になるとはと頭を抱えたクラウス様。
そしてエドが襲撃者から聞いた言葉。暗殺依頼が外部に出された。
それが明らかになった瞬間だった。
だが、一遍に何事も片付ける事などできはしない。
捜査が進められる事となり私の滞在期間も必然的に延びたのだった。
次の日、エドワード殿下の部屋へ招かれた私は以前とは違った雰囲気のエドに戸惑う事になる。
「フィア、すまない。僕は僕を助けてくれた銀色の髪で青い瞳の女の子を探し出したいんだ。」
「えっと、エド急にどうしたの?」
「父は探すなと言ったけど、脳裏から離れない。彼女に会いたい。」
「それは…。」
「婚約者である君には正直に居たい。もちろん、フィアを蔑ろにすることはないけど、どうしても探したいんだ。」
「そう…ですか。」
何とも複雑な気持ちが私の中で渦巻く。
彼の青い瞳を見て分かってしまう。彼は助けてくれた女の子に恋をしたと。
だが、それは私の変装した姿で…。
悲しみとも悔しいとも言えない気持ちを抱えてなんとか笑顔で返そうとするが、上手くいかなかったらしい。
「ごめんなさい。」
「えっ?」
小さく呟いた言葉は掠れて上手く届かなかったようだ。
「気分が優れないので失礼しますわ。」
取り繕った笑顔でお暇する。
次第に早足になる私を慌てた護衛のリックが追いかけてきた。
与えられた客室へ戻ってきた私はベッドに飛び込んだ。
「リーフィア様…。」
リックが複雑な表情で戸惑いつつも声をかけてくる。
「明かさなくても良いのですか?」
「できないわ。私は王家の影の一員。アーシェの事も知られてはならないの。」
「ですが…。」
「陛下のお許しがない限り私の事は決してエドに言わないでね。」
「っ、分かり…ました。」
「ねぇ、リック。私おかしいのかしら。」
「えっ?」
「自分自身に嫉妬しているなんて。変ね。」
つぅと頬を伝うそれを感じて、私は改めて自覚する。
あぁ、私。ちゃんとエドに恋していたんだと。
気がついたら止まらなくなる。
ポロポロと流れ落ちる涙を隠すようにベッドに顔を埋める私。気を利かせたリックは黙って扉の外へ出て行った。
――――…
次の日にクラウス様にリーフィアとして呼び出されて執務室へ赴く。
沈痛な表情のクラウス様にいつも以上に明るい声で挨拶をした。
「………。」
「あの、クラウス様?」
黙ったままのクラウス様におずおずと問いかける。
「後悔、しているか?」
「何をですか?」
「影の一員である事をだ。」
不意に見上げられてその瞳に迷うことなく答える。
「影となる事に後悔はありません。私が選んだ事ですから。」
「そうか。だが、無理はするなよ。」
「え?」
「泣いていたのだろう?」
その言葉にムッとして普通そういった言葉は言わないものではと抗議する。
その姿にクラウス様は意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「なんだ、ちゃんと殿下の事は好きだったんだな。」
「なっ!」
その言葉に真っ赤になる私をさらに弄り倒すクラウス様。
ぽかぽかとクラウス様に無言の抗議をする私の頭を撫でて、そう言うことをやっている方がお前らしいなと笑う。
「むぅ。それよか仕事、仕事があったのではないのですか?」
「ん?あぁ。襲撃事件の方のお前、調書取って来ただろう?」
「はい。取りましたけど…。」
「あの侍女、それでも口を割らないから困っているのだ。」
「なるほど。それは、大変ですね。」
「だから、お前。口を割らせるのを手伝え。」
「はぁ、気は進みませんが了解しました。」
クラウス様に連れられて牢の前に立つ。
私の姿をみたマリアが牢の柵にしがみつくようにガシャンと音を立てた。
「リーフィア様ではありませんか!私です。エドワード殿下の侍女のマリアです。」
「えぇ、マリアさん捕まったと聞いて来てみたのですが…。」
「聞いてくださいリーフィア様。私何もしていないのに犯人にされているのです。」
「でも、貴方だったと言う人がいると聞いたのだけど。」
「そんなことしていません。信じてください!リーフィア様。」
ちらりと隣の牢に入れられているトマーを見やる。
「この女です。俺はこいつに金を貰ってやったんです。まさか王族を襲うなんて聞いてないのに。知っていたらこんな依頼受ける訳がないです。助けて下さい。」
トマーがマリアを指差して叫んだ。
沈黙していた私に苛立ったらしくマリアは更に捲し立てる。
「大体私はメザリント様に召し上げられてエドワード殿下に仕えていたのですよ!その私がそんな事する訳ないじゃないですか。それに、きっとメザリント様がそのうち助けに来てくれます。だって、私は選ばれた者なんですもの。」
その二人のやり取りを聞いて溜息をつく。
「ねぇ、マリア?王宮に仕えてからご両親に連絡は取ったのかしら?」
「ちゃんと働いて認められたら手紙を出してくださるとメザリント様が仰っていましたけど。」
それがどうかしたのかと首をかしげるマリアに私はポシェットに入れていた箱を牢越しに渡す。
「何ですこれ?」
「中を見れば分かるんじゃないかしら。」
箱を開けたマリアが叫ぶ。
「何ですこれ!髪の毛じゃないですか。リーフィア様、いくら私が嫌いだからってこれはひどいです。」
「それ、貴方のご家族の遺髪なのだけど。」
「え?」
「ほら、中に入っている髪飾り。見覚えはないかしら?」
「あ、これはお姉ちゃんの。」
「貴方のご家族、みんな毒で殺されていましたよ。」
その言葉にうろたえるマリア。手から箱が滑り落ちた。
「え?な、なんで?だって、メザリント様は私が王宮に上がったら家族が生活に困らないようにしてくれるって…。」
「確かに、死んだら生活に困る事はないわね。」
わなわなと震えだすマリア。そして、泣き叫びながらメザリント様の指示で行った事を暴露しだす。
最後まで私は悪くないと叫ぶ姿に呆れつつその場を辞した。
後日、王族暗殺未遂として極刑になったマリアとトマー。
二人は結局最後まで改心することなく自分を正当化し続けたそうだ。
こうして、襲撃事件は一応の解決を見せたが、メザリント様の罪を暴く事は出来ないままに終わったのだった。
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