第19話 公爵令嬢のお忍び

 リーフィアが教会に通う日に合わせるかのようにジョシュアがリーベルの町の教会へ足を運ぶようになって暫く経った頃、大分と打ち解けてくれているようでなんだか弟が出来たような気分になっていた。

 だが、最近ジョシュアの行動が些か大胆になってきており、将来女たらしにならないかと心配している。

 というのも、先日ジョシュアと共にジェミニーさんのところでポーション調合の手伝いをしていたときの事だ。

 強くならなければとがむしゃらになっていた事もあるかもしれない。魔物が相手で調子に乗っていたせいもあるだろうし、いつでも治癒できると高を括っていた私は最近怪我が多くなっていた。

 その日もうっかり薬草を刻んでいたときにナイフで指を切ってしまった。


「あっ…。」


「リディ、怪我してる!」


 慌てたジョシュアは私の怪我をした指を掴むと徐に口に含んだ。


「ひゃ!ちょっとジョー何してるの。」


「何って止血だよ。ほら、血止まったでしょ?」


 赤くなってあわあわと動揺する私をよそに、ニッコリと微笑むジョシュア。

 思わず溜息をつきたくもなる。きっと将来は女の子を沢山泣かせるに違いない。


「舐めなくてもいいのに…人の血で感染する病気だってあるんだから駄目だよ。水で洗い流して清潔な布で押さえればいいんだし。」


「うん。でもリディの血なら僕は平気だから。」


「………。」


 誰かこの子を止めてくれ。お姉さん将来が心配でなりません。

 ジョシュアはそのまま癒しの呪文を唱える。


「我が魔力を糧に癒しの力を願う。光の女神よ、彼の者の傷を癒したまえ。『ヒール』。」


 ふわりと暖かな魔力が私の指を包み込み、傷がきれいに修復される。


「はい。治ったよ?ナイフを持っているときは気をつけてね。」


「あ、ありがとう。」


 はじめてあった時には使えなかった魔法を最近は猛練習しているらしい。

 きらきらの瞳に褒めてオーラ全開でこっちを見ている。それがなんだか可愛くて、つい頭を撫でてしまう。

 いつの間にか子犬のような性格に変貌した彼は将来教皇となる人物だ。

 うーん。大丈夫だろうか。なんだか間違った方向に性格を矯正してしまったような気がしている私だ。


――――…


「と言うことがあったんだよね。」


「お前、相変わらずむちゃくちゃだ。婚約者がいるのに二人きりでそんな事をしていていいのか?」


 呆れたように答えるのはブレインフォード商会の主であるレオナードだ。


「仕方ないじゃん懐いちゃったんだし。」


「懐いたって…。」


「弟みたいで可愛いんだけど、どうしたものかね。」


「はぁ。弟ね…。」


 肩をすくめる私に何とも言えない視線を向けるレオナード。

 うん?ジョシュアはなんていうか弟キャラだよ。お姉さん彼の将来のことを考えると困っちゃうわ。


「そんな事よりもだ。」


「そんな事って…かわいい弟分の将来を心配している私の相談が…。」


「こっちの方が大事だ。ハイランド家のご令嬢が面会を申し込んできたんだ。」


「へぇ、ご令嬢ってどなた?」


「アーデルって名前のお前と同い年のご令嬢だ。デビューの時に会っているんじゃないのか?」


 少し考えてみたが、全くと言っていいほど覚えが無い。うん。貴族年間で大体の姿絵は分かるんだけど。


「色々あったから覚えてないな。確か第二王子の婚約者殿だったよね。」


「その令嬢が俺に何のようなんだか。お前もうまい事同席しろ。」


「いや、おかしいでしょ。まぁ、でも何とかするよ。」


 思わず突っ込んでしまったが、一商会では対処できない場合もある。


「頼む。公爵家のご令嬢の相手など面倒だ。」


「それ、言っちゃ駄目じゃん。」


「事実だ。全く面倒なことになった。」


 頭を振ってレオナードがぼやく。


「それで、いつ来るって?」


「明日だ。」


「わぁ、随分直近だね。」


「お忍びだとよ。」


「へぇ、何の用だろ。」


 なんだか面倒ごとになりそうで二人して溜息をつく。

 こうして、公爵家のご令嬢の来る日を待つ事になった私はとりあえずアシュレイの姿で子供らしく潜り込むことにした。


 昼前に到着したハイランド家のご令嬢をアシュレイの姿でレオナードの執務室に案内する。そして、お昼時と言うこともあってご飯を持ってくるために一度退席しておいた。

 一応念のためにスパイ・テントウ君を使って中の状況を確認している。

 レオナードはかなり緊張しているようだ。


「お初にお目にかかります。ブレインフォード商会の主、レオナードと申します。」


「はじめまして、私はハイランド家の長女、アーデル・ハイランドと申しますわ。」


 ふわりと淡いピンクのドレスを纏った彼女は貴族の子女に相応しい礼をする。薄い紫の髪がさらりと揺れる。

 ソファーへと座った彼女はひどく言い辛そうな感じでなかなか言葉に出さない。

 微妙な空気が室内に流れる。傍に控える老齢の男がお嬢様と声をかける。だが、うまく言葉が出てこないようだ。

 とりあえず、私はお茶とお昼の軽食セットをお盆に載せてドアをノックして入室する。


「失礼します。お昼をお持ちしました。よろしければ、ご賞味くださいませ。」


 レオナードは毒が入っていない事を見せるために先にそれぞれを口にする。

 その持ち込まれた食べ物を見て、アーデル様が目を見開く。


「あの、この食べ物は…。」


「我が商会で販売しているおにぎりという食べ物です。穀物の一種でして小麦の代わりにもなりうるものです。冒険者の方に人気があります。あと、こちらはポポルの実を使ったフライド・ポポルです。細く刻んだポポルの実を油で揚げて塩を振りかけたもの。そして、こちらはケッコー鳥のから揚げです。これも油で揚げたものになります。そちらの飲み物は飴湯といって、砂糖をお湯で溶かしたようなものです。」


 それを聞いたアーデル様が身を乗り出す。


「あの、これを考えたのは貴方ですか?」


「えぇ。まぁ…。」


 一応ブレインフォード商会で出すのでレオナードが考えた事になっている。


「貴方は、転生者なのですか?」


「て、てんせいしゃ?」


 何の事か分からないといった様子のレオナードにがっくりと脱力するアーデル様。


「あの、てんせいしゃとは?」


「ごめんなさい。違うのですね…」


 今にも泣きそうなアーデル様を執事が慰めている。そこに子供の声が混じる。


「あーらら、レオナードお兄さんいけないんだ。女の子泣かせちゃった。」


「な、俺は…。」


 ぎょっとしたレオナードがこちらを見る。


「女の子泣かせたままは駄目だよね。お嬢さんの事は僕に任せて、お兄さんはお仕事してきたら?」


「わ、分かった。任せる。」


 ガシガシと頭をかいてレオナードは失礼すると礼をして退室する。それを見届けた私はアーデル様に向き合った。


「ねぇ、お姉さん。どうして泣いているの?お兄さんが何か言っちゃった?」


 ふるふると首を振るアーデルの横にちょこんと座る。


「じゃあどうして泣いているの?」


 首をかしげて聞く私に目を向けるアーデル様。赤い瞳が涙で更に真っ赤になっている。


「お姉さん、何か言いたい事があるなら言わないと駄目だよ。ほら、ここには僕しかいないし悲しい事聞いても僕は子供だし平気でしょ?」


「あの、私は…。」


「うん?」


「その、聞いてもきっと理解できないと思う…。」


「口にする事ですっきりする事もあるんじゃない?」


「えっと、笑わないで聞いてくれる?」


「いいよ。」


 真剣に聞くという私にアーデル様はそれでも言い辛そうに言葉を紡ぐ。

 アーデル様の話は大抵の事なら聞いても驚かないだろうと思っていた私にも驚くべき内容だった。


「実は私には前世の記憶があるのです。」


「前世?」


「えぇ。この世界とは違う世界で生きてきた記憶です。」


「違う世界…。」


「そこでは、私は18歳の女性でした。」


「大人だね。」


「えぇ、こちらでは。あちらではまだ成人ではなくて、学校に通っていました。」


 それを言うアーデル様は何だか懐かしむような遠くを見る目をしていた。


「それで、どうなったの?」


「事故にあって気がついたらこの世界にいて。」


「うん。それで?」


「その、この世界が前世で遊んでいた乙女ゲームの世界だと気付いて…。」


「おとめゲーム?」


「えぇ、複数の男性との恋愛を何度も繰り返し楽しむ遊戯ですわ。」


「それは、なんだかすごいね。」


「えぇ。それで私がその中の悪役令嬢だと思い出してしまって。」


「悪役令嬢?」


「えぇ。その遊戯の主人公の邪魔をする女の事ですの。」


「それで、その邪魔をしたらどうなるの?」


「最終的にいろんなパターンがあるのですけど、処刑、暗殺、国外追放など色々と…。」


「それは大変だね。」


「えぇ、そうならないように努力したかったのですけれど、第二王子と婚約も避けることが出来ませんでしたし、このまま行くと断罪されてしまうと思うと怖くて…。そんな時、ブレインフォードの噂を聞いて、その内容が前世の物と似ていたのでもしかしてと思ったのですが違ったようです。」


 残念そうに呟いたアーデル様を見て、きっと一縷の望みをかけて来たのだと理解する。

 だが、私は名乗り出るわけには行かない。なぜなら、私には前世の知識はあっても記憶は無い。彼女の思いを本当に理解する事は出来ないだろう。

 ぽろぽろと涙を流すアーデル様。自身の事は置いておいて、話を聞く。主人公の事や起こる出来事を。

 思い出しながら離すアーデル様は話し終える頃にはなんだか気持ちが落ち着いたような表情をしていた。


「ありがとう、聞いてくれて。なんだかすっきりしたみたい。」


「どういたしまして、あと、余計な事かもしれないけど…。」


「何でしょう?」


「まだそのゲームとやらは始まっていないのでしょう?なら、今のうちにできる事って沢山あると思うんだ。例えば、第二王子様がどうして主人公に靡く事になったのかお姉さんは知っているでしょう?」


「えぇ。確か第一王子が優秀でコンプレックスを抱いていて、母親はルーウィン様を王にしようとしていたからプレッシャーが掛かっていて苦しんでいる。それを主人公のリア・オーストンは気がついて、彼にそんなに頑張らなくても大丈夫だと慰めて…そういった事を今まで言われたことがなかった彼は次第に心を引かれていくの。」


「だとしたら、その第二王子様、今のうちにお城から引き離してあげたらどうかな?」


「引き離す?」


「だって、そうすれば優秀な第一王子と競う事もないし、プレッシャーも少なくなるでしょう?いずれ国を守る人物にするのであればお姉さんの家で領地運営を学ばせるというのは練習にもなるしうまく行くんじゃない?」


「それも、そうかも。」


「それにお姉さんは主人公さんをいじめたりなんてしないでしょ?」


「えぇ。」


「ちゃんとやっていれば、大丈夫だよ。」


「そう、かしら。」


「きっとそうだよ。それに、王子様のこと好きなんでしょ?取られないように頑張らないとね。だからさ、もう泣かないでお姉さん。」


 よしよしと頭を撫でる。最近ジョシュア様を撫でているから癖になってきている。

 これは、まずいな。ちょっと恥ずかしげに頬を染めたアーデル様。


「ありがとう。あの、あなたは?」


「僕はアシュレイ。アッシュって呼んでね。お姉さん。」


「私の事もアーデルと呼んでくださいまし。」


「じゃ、アーデルお姉さん。もう、大丈夫だね。」


「ありがとう、アッシュ。」


 こうして、公爵家のアーデル様との邂逅は無事に終える事ができた。だが問題がある。

 私自身関係ないと思っていたが、思い切り関係者だった。

 デビュータントのときアーデル様の印象が弱かったのは彼女自身が私との接触を控えていたせいらしい。

 私ことリーフィアはアーデル様の友人一人で、アーデル様のために色々と画策してそれがエルン兄様と奴隷の従者にばれて二人に嵌められて処刑される事になる予定だったらしい。

 奴隷ってなんだろうね。まだ出会っていないのだけど…。

 それに主人公のこともあるし、色々と調べておく必要があるだろうか。うーん。でもあんまり関わる気持ちは無いんだよね。

 ただ、アーデル様が困ったときに力を貸してもいいのだけれど、彼女それを望んではいないみたいだったし。

 まぁ、必要になったらそれぞれ対応しておけばいいかな。

 アーデル様もリーフィアの魔力が少ないという事に疑問を持っていたらしい。

 本来のゲームでは水属性で魔力量はBランク+くらいだったそうだ。

 こうした事からゲームと現実とちょっと違うのかもって思った所もあるみたいだ。

 それに私は私のやりたいようにするつもりだし、面倒ごとはごめんだ。

 メザリント様の件もあるのでそっちに構ってばかりはいられないしね。


 アーデル様が帰った後、レオナードに色々と問い詰められた。転生者ってなんだとか、お前は転生者なのかとか。

 ただ私はアーデル様と同じではない。

 知識だけしかもって居ない私は同じとは言い切れないし、乙女ゲームのことなんて知らない。

 だけど、無関係ではいられなくなりそうな事が起きていた。


「それでいつかお前を嵌める奴隷を買いに行くって?」


「やだなぁ。嵌められると決まったわけじゃないし平気だよ。」


「だが、ゲームとやらではそれで処刑されたんだろ?」


「ゲームの私と今の私は別人でしょ。だから問題ないさ。」


「しかし、奴隷を持つ事になるなんてゲームとやらが現実味を帯びてきているじゃねーか。」


「ふふ、心配性だね。レオナードお兄さんは。」


「そりゃそうだろ、お前は俺の主で、妹みたいなものだからな。」


「ありがとう。レオナードお兄様。でも父の命令ですから止められないのですわ。」


「それはそうだが…。」


「それに私のお金で買う事になるので手放すのも自由に出来るし問題ないでしょう。」


「あぁ。そういう所はちゃっかりしているよな。お前。」


「命に関わるのなら当然でしょ。ま、嵌められようが返り討ちにする気満々だけど。多分、そういう事にはならないよ。エルン兄様を見てもそう思うし、家族仲はかなりゲームと違っているみたいだしね。」


 本来ヴァネッサは今も本邸で幅を利かせていてエルン兄様とミリーナ姉様との仲も不仲であったという設定のゲーム。

 だが現在ヴァネッサは幽閉され兄妹仲も良い。かなりゲームとかけ離れているはずだ。


――――…


 そして、やってきました奴隷商。

 レオナードとリュートも付いて来ている。リュートはレオナードの護衛として、レオナードは私の護衛も兼ねてのお目付け役的な感じでいるらしい。

 別にやらかす気はないのだけれど…。

 案内された部屋で店主と向き合い話をする。年代の近い子を連れてくるように言うと、今は2人しか居ないと言う。

 子供の奴隷が少ないのではなく私と年の近い子が居ないというだけだ。

 なんせまだ7歳だしね。その二人を連れてくるように言う。

 連れて来られたのは薄汚れた服に身を包んだ二人の子供。

 一人は男の子で2歳年上のリック。茶色の短い髪に茶色の瞳。背は高い。そして私のことをすごく睨んでいる。貴族だと聞かされているからだろうか。

 もう一人はザクロという名で白銀の長い髪に赤い瞳の女の子。肌の色は白いがどこか作り物めいた感じがする。何だか違和感があって奇妙な感じだ。

 それに魔力が全く漏れていない。変だ。人はそれぞれ魔力があって若干漏れ出ているのが常だ。だが、この子は漏れていない。完全にコントロールされている。

 それに凶暴らしく買い手が今まで付かなかったらしい。それぞれの値を聞く。


「男の子ならそうですね、金貨3枚と言ったところでしょうか。女の子は金貨1枚いかがでしょう。」


「女の子の方が安いなんて変わっているのね。普通逆だと思うのだけど。」


「それが訳ありの子でして、何度も返品されているのでこの値段なのですよ。」


「それを売りつけようと言うのかしら。」


「お値段がお安くなっているので連れてきたまでです。後でもっと安い子が居たならなぜ出さなかったのかと文句を言いに来るお客様もいらっしゃるので。」


「そう。なら、そうねぇ…。」


 少し考えてから二人とも買うわと即金で払ったリーフィアに店主は間抜けな顔をさらす事になる。契約を交わして二人を自身の奴隷として登録する。

 奴隷は命令には逆らえないこと。命に関わる命令はできるが、理由がなければ罰則が科せられること。奴隷の主として奴隷達の生活を守る事が所有する者の義務となる。

 奴隷には首輪が付けられており逃亡したり命令違反をしたりは出来ないようになっている。

 身なりを整えさせて二人を連れて屋敷の部屋へと戻った私は、それぞれの事情を知っておこうと話をする事にした。

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