第2話 気がついたら異世界に転生していました

 真っ暗な世界が明るみを帯びて、ぼやけた視界が少しずつ色を取り戻していく。


「ふぇ、ふぇええ。」


 泣いている赤子が自分の声であることに気がついたのはいつだっただろうか。

 時折聞こえてくる子守唄のようなものが、全く聞いたことのない言語であることに目をそらしたのはいつだっただろう。

 わたわたと手足をバタつかせて足掻いて見せても現実は変わらない。


 ――――…私は転生したのだろう。


 そう理解するのにどれほどの時間をかけたのか。夢だと現実逃避を繰り返す日々を思い出す。


「!!!」


 そして、決定的な出来事が目の前に起こっている。宙に浮かぶ光の玉を見て、とうとう私は異世界に転生したことを受け入れた。

 しかし赤ん坊ではあるが中身はれっきとした大人だ。されるままに世話を受け、なすがままに…私は、大人だ。

 すべての世話を人に任せるという我慢して恥ずかしい思いは忘却の彼方へと追いやった。

 そう、私は赤ん坊。これが正しいあり方だ。せっかく手に入れた第二の人生。想いのままに楽しむつもりだ。


 私は地球という星の日本という島国で生きていた。そう記憶している。

 しかし、知識はあれどもどういった生き方をしていたのか、どんな名前で、どんな声をしていたのか。

 顔すらも思い出すことができないが、転生したと感じるということはきっと私は死んでしまったのだろう。どういう形で死んだのか分からないのは救いかもしれない。

 まぁ、とにもかくにも新しい人生が始まったのだ。そしてこの世界には魔法がある。

 今の私にできることは、体を動かし、知識を蓄え、魔力という存在を感じることができるようになることくらいだろう。

 当然周辺事情も把握したいが、なぜだかよく分からないことが多すぎて考察することはできるのだが、いずれ知ることができると割り切っている。

 この家はお金持ちだ。メイドっぽい人たちがいる。父親らしき人も、母親らしき人も、兄らしき人もいた。

 しかし、赤ん坊だからといってここまで放置されるのはいかがなものだろうか。

 そう、私は最低限の世話を母親らしき人が見る意外は、メイドにも徹底して無視されていた。理由は分からない。

 ただ、父親がいるときにはメイドたちもそれらしい動きをする。

 しかし、母と二人になったときや、母がいないときなどはひどいものだ。いったい何がそうさせているのか。

 そして、父も兄もめったに顔を出さないということから、離れて暮らしているらしいことは理解できる。

 そして、両親が一緒のときは信じられないほど甘い雰囲気を見せるのだ。こういったことから愛人かそこら辺の扱いなのかと思うところなのだがそうではない。

 母は父がいるときはメイドたちに大切に扱われていることが分かる。そう見せているだけなのだが。

 つまり第二婦人かそれに近い存在なのだろう。正妻ではないのかもしれない。

 そして、父がいるときには見せないメイドたちの動きからして、父の正妻による嫌がらせか、それとも嫁姑問題か。

 結局は邪推する他ないのだけれど、問題はただひとつ。放置されている分自由なことはできるが、一人でできることには限界があるということだ。


「フィア、お誕生日おめでとう。」


 1歳になって世話の時間以外は姿を現さない母が珍しく本を持って来たときは大喜びした。誕生日プレゼントとして贈ってくれるらしい。

 本は手書きで、私が知っている紙にしては分厚い。色も薄茶色でいかにも年月を感じさせるものだ。

 きっとこの世界の本は高価であろうことは想像に難くない。手書きという時点で、量産はできないだろう。

 本は図鑑のようだった。動物、植物、魔物、食べ物といった色んなものが描かれている。母に少し読んでもらった私は反復してその文字と言葉を覚えていった。

 しかし、母はずっと傍にいるわけではない。この世界の家族ってどうなっているのだと思わないでもないが、仕方がない。

 少しでも早く文字や言葉を覚えるために、私は周囲にあるものを使うことに決めた。

 今まで無視され続けて我慢し続けていたが、私の目的のためにも使えるものは使わないと。そこで目を付けたのが、いつも手持無沙汰にしているメイドだ。

 私たちの世話をしないのだから当然彼女は暇だ。という事なのでおねだりという名の脅迫をすることにした。

 メイドが私の近くを通りがかった時に私は急いでハイハイする。

 そう。あれからプルプル運動やコロコロ運動といった必死の努力の甲斐があって今や私はハイハイマスターだ。

 縦横無尽に移動可能となった私の行動範囲は動けなかったころと違って少しだけ広くなった。ダッシュはできないが、本を引きずって素早く這って移動する。

 そしてメイドの近くに来ると本をぺしぺしと音を立てておねだりする。いやそうな顔をするメイド。

 それを無視してぺしぺしと本をたたく。無視して移動しようとしたメイドに泣きそうな声を出す。


「ふぇえ、ふぇええ。」


「なっ、もう!分かりました本を読めばいいのでしょう。」


 すると騒がれたくないメイドは嫌々本を読まざるを得ない。それを繰り返していく。

 最近では本をぺしっと叩くだけでメイドが飛んでくる。ちなみにメイドの名前はマーサという。どうでもいいけど。

 マーサは私を見るとヒッと引き攣った声を上げて怯えた顔を見せる。怖がられてなんかないよね。だってこんなにキュートな赤ちゃんなんだし。

 怯えた顔を見るたびに面白くって顔がニヤけるのは許してほしい。こうした積み重ねのおかげで文字や言葉、知識はどんどん増えていった。

 屋敷?かどうか外に出ないので分からないが家にあった本はすべて出尽くしたらしい。本はもうないとマーサが泣いて懇願してきた。うん。泣かなくてもいいのに。

 しかし子供は覚えるのが早いというけれど、それでも新しい言語を取得するには時間がかかる。ベースがあったから早かったものの、一から覚えるのは大変だ。

 なんせ最初文字を見たときは一体何の呪文だと思ったくらいだからだ。マスターするのに3年かかった。

 私の知能は普通の子供と大差ないらしい。ただ、知識量は屋敷中の本を読みつくしたとあってかなり記憶されているが。柔軟な子供の脳に感謝したい。

 一度ですんなり覚えることができるところが素晴らしい。3歳までに色んなことを経験させろというのはこういったことがあるからだろう。


 4歳になった私の行動範囲はかなり広くなった。

 お庭で散歩できるくらいに動けるって素晴らしい。ハイハイからよちよち歩き、そしてしっかりと歩けるようになるまでの苦労が報われる気分だ。

 今では自由に駆け回ることができるようになった。知識を粗方手に入れた私が次に着手したのは体を鍛えることと、魔法の鍛錬だ。とはいっても屋敷には魔道書的なものはなかった。

 そんなものがあるのかも分からないが、あっても貴重なものなのだろう。ではどうやって魔法を学ぶのか。これは単純だ。見るしかない。

 魔法を使っている人を観察してどうやるのかを見て盗む。これに限ると思っている。

 そして実際に体験すること。それを叶えることができるのがこの庭だ。

 庭には庭師のガドがいる。彼は平民ではあるが、その庭師としての手腕を買われてこの屋敷に努めているらしい。

 無視をしまくるメイドよりもよっぽど信頼できる人だ。仕事は丁寧。植物は繊細なので本当にやさしく接しているのだ。

 彼には私と同じくらいの年ごろの息子がいるらしい。いずれは庭師として仕事を教えていくつもりにしているそうだ。

 なんで私がガドの個人的なことを知っているのかというとお友達になったからだ。

 最初は仕事をしているガドに付きまとわっていただけだった。なにをするでもなく、仕事をする様子を眺めてついて行っていた。

 しばらくするとガドの仕事の内容がわかってくる。真似をして草むしりをしてみたり、魔法が使えないので水差しでお花に水をあげたりしてみた。

 慣れてくるとガドが色々と教えてくれるようになった。初めての友達兼、師匠だ。まぁ、植物の特性なんかは本で読んでいたので大きな失敗はなかったにしても、実際に行うことと知識とではやはり違いがある。

 そうこうしているとガド師匠から庭の一角を分けて貰えた。


「嬉しそうですねお嬢様は。」


「だって私の庭だもの。うれしいに決まっているじゃない。」


「そう言って貰えると準備した甲斐がありました。」


「ふふ。ガド師匠が色々教えてくれたから、これから実践が出来るのが嬉しいの。」


「何を植えるのですか?」


「ふふ。内緒よ。でもガド師匠ならすぐに分かってしまうわね。」


「では、完成した庭を楽しみにしていましょう。」


「趣味でやるから期待しないでね。」


 ガド師匠にはああ言ったけど、今何を植えているかというと薬草だ。

 植えたというより移し変えたと言ったほうが正しい。薬草はいたる所に生えている。

 前世の世界で言うとヨモギのようなものだ。

 ただ、その薬草は面白い特性があって、育った場所によって効果が全く違うものになるのだ。例えば火山地帯で育った薬草は、火属性を帯びた薬草となり火炎草と呼ばれる。

 擦ると火がつく不思議な草だ。もとは同じ薬草なのに、見た目も赤いラインが混じったものになるという。

 綺麗な水のそばで育った薬草は浄化草となり、汚れをはらう薬草となる。

 月の光のみを浴び続けた薬草は月光草となり、夜になると発行する。

 逆に日の光のみを浴び続けた薬草は日光草と呼ばれ日光で焼けた肌に良く効くという。実に面白い。

 せっかく庭をもらったので育てた薬草でいずれポーション作りでもしてみようかなと思う。


 ずっとガド師匠の周りをうろついていたので、師匠が水やりを魔法で行ったり、汚れた服を『クリーン』の魔法で綺麗にしたりするところを観察することができた。

 当然庭で遊びまわるので、こけて怪我をしたこともあったが、メイド長らしきエリーさんが『ヒール』で治してくれた。

 ちなみに、この屋敷でまともな人というのがもう一人いる。執事のアーネストだ。彼とエリー、ガドは数少ない私の信頼できる人たちだ。

 使用人の話は別にして、実際に魔法をかけて貰う為にこれまで大変でした。なんせ魔法を教えてなんてねだるわけにもいかないからね。

 もしかすると年齢制限があったりするかもしれません。幼い子供に魔法を教えるなんて暴挙と言わず何と言う。

 何に使われるか分かったものじゃない。という事なのでこっそり練習しているのだ。

 ただ前世には魔法なんて存在しない世界でしたのでこれがさっぱりで、その感覚を掴むのに苦労した。

 そしてやっと努力が実って魔力を体内に感じることができるようになってきたのだ。

 一度覚えたらスイスイ後は野となれ山となれだ。体に巡る血の流れのように魔力を循環させ、体に纏う。

 一部だけ魔力を集中させる、濃度を変化させるといった練習を繰り返し、今では魔力で鳥の形を作ったり、文字にしたりできるようになり変なところが器用なようだ。

 それをさらに繰り返して訓練し、思ったと同時に形にできるくらい鍛錬した。

 そして基礎練習はこのくらいにしてそろそろ実践を行いたいと考えている。


 わーい。


 生活魔法というのは便利だ。どんな魔法があるかというと、一杯分の水を出す『クリアウォーター』、着火の『イグニッション』、汚れを取り除く『クリーン』、小石を生み出す『ロック』がある。

 明かりを灯す『ライト』、重たいものを少しだけ軽くする『キャリー』とまぁ、ひとつだけよく分からないものが含まれているのだが、魔物に襲われて武器がないときなど投石に使うそうだ。

 生活魔法は平民でも使える唯一の魔法ということだ。それ以外は貴族でなければ使うことはできないとされている。

 その理由は魔力量の違いによるものだと思われるのだが、つまり生活魔法以上の魔法は平民には使えないほど魔力を必要とするということだろうか。


 うん。よく分かりませんね。とにかく色々と試して遊んでみようと思う。


 呪文を唱えると使えるそうだが、生活魔法を使う際の文言がある。最後にどの魔法か指定する感じ。

 ちなみに文言は『我が内なる魔力よ望みの形に変えたまえ』ちょっと恥ずかしい感じというか、これを毎回唱えるってかなり笑える。

 まぁ物は試しということで魔力を使う感触を掴めればいいかな。


 生活魔法を使いこなせるようになると、感覚だけでも魔法ができるようになってきた。

 何度も繰り返してうっかり魔力を枯渇させてしまったときは驚いたけど、その後に魔力量が変化しているのに気が付いて最近では枯渇させるのを毎日繰り返すようになった。

 ただ、突然倒れたらおかしいので基本は寝る前だけだけど。

 寝て起きたら1回分多く魔力が使えるようになっていた時はやっぱり枯渇させることで増えるという謎の知識は合っていたのかと思わず笑ってしまった。

 そうして何度も繰り返すうちに気絶しないで済むようになってきた。

 決して私はMではないと思いたい。ちょくちょく使い切って魔力を増やし続けている私が最近はまっているのは生活魔法を組み合わせること。

 魔力の感覚をつかんで使えるようになったからこそ出来るようになったのだけど、火と水の属性の魔力を使ってお湯を作ったり、氷を作ったりした。

 汚れを取り除くクリーンは風の属性だからそよ風も行けるのではと試してみたり、小石が出せるなら金属も出せるかもと試してみたり。

 エリーが使っていた『ヒール』も練習したかったので、わざと怪我をして自分で治すなんて事も当然行った。

 重力関係のキャリーを使って自在に体を浮かしてぷかぷかお風呂みたいに泳いでみたりしたのは楽しかった。

 でも端から見たらこれって悪魔の子と言われてもおかしくないよね。

 当然これだけで終わるわけがなく、前世の知識でおなじみの空間魔法なども試してみたら出来てしまった。

 空間把握に亜空間収納、転移。ただ転移は目視できるところか、はっきりと思い浮かべることが出来る場所か、一度行ったことがある場所。

 しかもその場所に障害物がないことが条件。障害物がある場合は転移が出来ないだけで石の中に居るなんて事は起こらないけど。

 空間系はかなりの魔力を使うので何度も使えないのがネックになっている。おそらく、自分の体重分の魔力は最低でも必要みたい。

 それもいずれ魔力が増えれば解決するのだろうけど。

 そして金属が魔法で生み出せることが分かったけれど、生活魔法で生み出したものはいずれ消える。

 では庭師のガドが水やりを魔法でできるのはなぜなのかを考えてみた。火を一度別のものに移したら消えない。水も消えない。でもなぜか『ロック』の魔法だけは消えてしまう。

 不思議現象だ。回収する手間がいらないのは便利だけれど、できれば残る方法を知りたい。そうすればアクセサリーを作ったりするのにも使えそうだからだ。

 そこで『ロック』で生み出す際にどこからその成分が来ているのかを意識してみた。

 するとただ『ロック』で作り出したものは時間が経つと消えてしまい、どこから取得するのかを意識して作り出したものは残った。

 いつまで残るのかを確認するのに一年隠しておいておいたが無事に残っている。成功だ。

 時間がたつと消える概念は分からなかったがまぁいいや。

 魔力量を調節して威力を変更したり、最小の魔力で最大の効果を出したり出来るように訓練を続けた。

 この時の私はこの世界での魔法が決まった魔法で決まった威力しかない事を知らない。

 自由に魔法を編む事ができるのは妖精族か魔族くらいだという事も。


 知らず知らずに常識外れの魔法使いになっている事もまだ知らない。

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